島春二十代句抄(6

 

昭和三十二年(二十五歳)

 

若水の塩素フッ素の街に住む

行き違ふ面影を霰が均す

柳眉じっと凍雲強う吹かるるよ

舌頭に智歯ほのと萌ゆ寒の星

寒夕べ牛馬ときどき振る尾あり

眼球を揉み寒の水飲みにけり

画集披いて彩り弾む霜夜かな

枯野風の中なれば囁かでよし

寒夕焼港は音の浮き沈み

冬草に罵られ居て影薄し

雨の日の冬草は人踏まぬ色

歯茎むず痒く冬草力で踏み

お下げ長過ぎるスケート倒れて止む

造花買ふ少女あたかも春の頬

駅前に松くねり老ゆ春の雪

若草を見下し遠く責めらるる

胸冷たくチクチク堅き木の芽あり

嘘といふ言葉春泥踏みつつ吐く

春雲へ飛礫打ちたる肩だるし

師に見ゆべく春塵の髪梳る

春眠足らずと京の水眩しむ

梅咲き満ちて風なき夜の濁り

春月に朝の駅たり人満ちゆく

矮きたんぽぽに明るさは浮く

蝌蚪ちらばる田水に力流れ居り

異常乾燥啓蟄の蜘蛛やたら走る

瞼まで冷えてゐたりし花の冷

春の夜の唾のたまりしハーモニカ

船乗の目鼻陽炎ひ上陸り来し

埋葬やだぶつき咲ける八重桜

空を見て愚かなる夜や春の星

星朧夜鳥神話に似たり消ゆ

紅い燈や垣若葉血の色の黒

打撲せしあと紫や薔薇嗅ぐ鼻

黄金週間壁の破れに千代紙貼り

乾き崩る崖の泥炭層の初夏

冷奴くづるこの世を呪ふ箸

墓地雨去り蛞蝓生まれ真赤な夕

水飲んで夜の眼パッチリ蛙憑く

服脱ぎ散らし花瓶花枯れ昼蛙

若葉照りガラス戸の渇きに堪えず

沖行く船の速さに若葉雨はるる

湯疲れや若葉に雀声尖り

虹まぶし細雨海より吹かれつつ

五月雨を溜めし巌面へ潮満ち来

工業都市白けて五月山を負ふ

古風に住ひ咲き昇り行く花葵

瑠璃色を着て鼻尖る風薫る

 

 

 

卑屈なる汗と知りつつ喉に冷ゆ

梅雨暗き寒暖計の赤が澄む

隠寮に見下す蝌蚪と蛙かな

板ひびく此処に毛虫ら虹粧ふ

禅林の若楓脳天へ照る

色テープ撒きたしさつき咲く山辺

蛇逃ぐる寄る辺多くて子ら焦る

疲れ汚れてとぐろの蛇に光られ

硬き朝の入道雲に誓ふなり

眼澄む赤子にじとじと咲く汗疹

気で病んでゐて青空と月見草

魚屋の指ぬらぬらと蝿に舞ふ

蝉風に澄み幹幹は力篭め

蝉絶えし今頬杖の肘しびれ

蝉に薄曇りこってりと山肌

日の出どろりと咲き草臥れしカンナ

ろうろうと日射鳴るなり沖泳ぎ

病む吾に張るべく蜘蛛の糸漂ふ

死ぬや忽ち暑き夜の燈は傍観す

永梅雨に汚れ西洋の神信じ

羽蟻舞ひ出で初めつ深爪を切られ

稲妻や燈の中に人らは笑ふ

舌の如きもの稲妻の中に見し

秋を生れし蝿の朱眼に眼が止る

月光を脱いで入り込み舌滑らか

髪薄き者らの良夜とは別に

蛍光灯の瞬くは憂し梨を剥く

足音のおもしろきかな秋の浜

暮れてゐる案山子めっぽう顔白し

悪しき日に連なり曼珠沙華盛り

小鯊釣り溜める必死の一少年

名を持てる人と犬と秋風の松

顔大いなる人と対ふに秋の風

砂澄みて坐せば磯波じんじんと

稲刈り奉仕の切創十年の艶

星の白さ言葉が澄みて留まれる

酔ひし面を吸ふ空や明日は霜

枯木山の昼月首がコキコキ鳴る

一樹ありてバス停留所木枯す

崖に対ひ霜の飛礫を打つが常

馬を駆る少年霜色の大気

息白く神と語って来しばかり

思ひ屈す冬波が岸近く透く

寒灯のモールの彩に汐に延ぶ

そこら枯れて残る碑叩く子の礫

霜の朝の遊ぶところは光輝無し

沼涸れ残しきらびやかなる反射

せせらぎの密度ある音枯木立

 

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