島春二十代句抄(7

 

昭和三十三年(二十六歳)

 

年酒の座句を作る血が首昇る

ふんわりと若さ初髪飴色に

寒星殖えつつ口に没頭する吾は

母の背に雪を来し歯の血膿出す

手水鉢凍る日々義歯なじみ来し

蓮の骨見て居てガムの味なくす

寒の月斜めに駆りて来て夢路

寝違ひの首曲げて風花に居つ

雪眩しにきびの一つ膿を持ち

麦踏むや村内放送に耳を抱き

雪の椿見しは朝夜も働きて

石三四置きしが墳墓蕗のとう

人が泣くに遭ひしが雪の暮れ勝る

朽ち舟板葺きて住み霜活き活きと

漣を見るに堪えざり雪降る沼

スケートに疲れ女狐の眼となんぬ

黒き淵にひらめく夕日冬終る

柿芽吹く魚臭ふ車が置かれ

木の芽眼近に気にとめて空深し

朧夜の坂深く下り来て灯され

二ン月や舐めしが如き道此処ら

野の闇を辿り来て恋猫の村

冴え返る風に健気に安指輪

東風の道綿くずに似て行きにけり

眼は宙に浮かんで東風の坂下る

春の日を赤子眩しむ眉薄し

霞む野を来て足首の白膨れ

蝶の道弾み弾んで疲れし児

寝るだけの室にチューリップの余命

囲る山ふわふわ円む彼岸かな

車中にて奇遇はっさく食べろといふ

花の千光寺を背に造花赤き駅

丘朱けに崩され燕舞ひ上がる

花三分散り五分散りて肩凝らす

腕振って血を躍らしむ春の昼

生きものの粘さ夜の花しんしんと

蛙聴き沈むに湿る足の裏

昼蛙肌着着替へんとするに

初袷裸電灯厭ひけり

唇しかと結びラムネの栓堅し

春雨傘ふり返らぬは思ひ充ちて

競技熱し来たるに蟻をふと見てゐし

鼻血出る前の快感雲の峰

色ごった渦巻く港夏の雨

街裏の初夏犬の目を持つ男

麦秋の放課後の演劇部がわめく

夏雲や空手稽古のけんけん跳び

鮎走る水澄みて盛る石の上

もの買うて忽ち暑き夜店かな

短夜や掛け鏡揺れ部屋動く

蝉近く鳴き叱らるる声軽し

 

 

融け合はぬ頭蝉降る公民館

子らの影散る手花火に遠き闇

夜光虫思ひ惹かれてくしゃみかな

初秋を目覚めし頬に皺がある

初秋の耳に寄る風音も無し

笑った後の野の赤とんぼが密に

病みて鉛の爪を見せられ梨を剥く

夏深し襟より起こる吾が温気

芋虫の掘り出され死ぬ勿体な

葡萄吸ふ熱き鼻息疲れし身

ぺらぺらと夜の庭池蟲に浮く

鶏頭を活けて一週間は経ぬ

活け難き大鶏頭を切り惜しみ

露草の径張りのある風吹かす

萩こぼす風舌頭に味を生む

木犀を嗅ぎたくてこの道をとる

墓満つる丘の白さや星月夜

省るや曼珠沙華今日朽ちて消ぬ

こほろぎに家周る湿りに堪えず

石榴咬む幼女の白眼青雲へ

芒枯れて壷の如くに疲れし眼

広告燐寸が抽斗一ぱい扇置く

秋陰の瀑が唱うる声太し

欄の手につく銹やそぞろ寒

雑踏に徒手空拳や秋の雲

冷まじく駅の他人の中にあり

波止場にて制服の一団澄めり

脚組んで腕組んで夜寒の背中

舞へる雲ありしがぽんと秋の暮

山砂の赤らむ露を踏みしめて

霧の中子足らぬ脳が浮いてゆく

歯を剥き出す秋風に眼も開くなり

銹噴きし剃刀があり秋日射す

柳散りつくせり背らにて笑はれ

鉄瓶の湯気彩と立つ冬日なり

丘の錦の盆の底なる池と家

短日やわめく子母が抱きしめ来

あんま膏薬貼りて涙の頬悴み

真赤な襟巻に秘めて頬腫らす

咬合診査霜焼の手を膝に置き

低き冬日の薬瓶にカーテンを引く

寒灯に屈み一粒の金溶かす

傍観者として襟巻に埋もる眼

白色の街枯蔦の岩の眼下

下校の寂しさ草枯れ水溜まり

初冬や蝋の如くに照る小石

立ち止まる遠き焚火が頬掠め

新築うどん屋霜消ゆる迄鎖し

仕事場へ着き霜消えて刻到る

射ち猪を負ひ下ろす道墓地抜ける

行く年の滔々と足しびらせる話

 

 

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