島春二十代句抄(8

 

昭和三十四年(二十七歳)

 

邂逅の着膨れを羞ぢられにけり

寒の水に浸して爪の月が十

日向ぼこの一瞬眠りおそろしき

枯蔦の館より黒ずくめの親子

枯草に寝て爪先に住める街

赤銹のものへたらたら寒の雨

銭が漏る手と言はれ居る焚火哉

大焚火乾く瞼に唾呉れて

一樹の落葉そこここに規格住宅地

魚どもにさめざめ青き春日降る

淡雪にべたべた濡らし頬豊か

入学早々標準語にて発想し

蝶追ふ眼野の果ての白雲が撥ね

この夜春月を一岩塊と見る

春昼の桟橋匂ひだす無風

春雨にうごめき暁けて街汚る

月曜の道みしみしと芽の木々よ

春泥を来てラーメンに火照る耳

腕立伏せクローバの香に今一たび

眩暈せし記憶が鼻に藤仰ぐ

造花売らるる春泥の三尺上に

林中の辛夷は蝶の群るるとも

峠下りて人里は菜の花の照り

遠く来て美き声の蛙など言ひぬ

草餅や絣のものが着たくなる

坂に緩急ありて点ぜし蕗のとう

青麦に大いなる影暁けの吾

薔薇純白唇噛みしめて傷す

薔薇散るやその時の吾蘇り

庭石をぴょいぴょい跣花楓

大いなる石に跣を冷やしけり

戸外五月に瞳負けたり歯科医われ

波が打ち石垣が潮吹くに蟹

茂る中に一望千里の土恋へり

一匹を見て毛虫見る目を得たり

十薬の季語あり小鼻動きけり

 

撒水車過ぎて一人の他人と吾

目薬を取りに立ちたる端居哉

入道雲干竿のもの体操す

腹の底から笑ふそのあと虹見出す

炎天に覆はれ崖を覗き込む

色褪する闇また夢の明易き

澄める空なければ蝙蝠は散らばり

滝口の岩に貼り付き蝿三五

ひかがみに残る微音や滝を去る

日焼せし月曜の厚き皮膚背負ふ

泳ぎ上るやぶつかる如く桃齧る

ダイビング水面まで空気充満す

松風に見下せばくねくね泳げり

句帖置けば夏の虫けら這ひたがる

平和続く今年の空に蝿生まる

疎まるる一人蛇掴みたりしより

火取蟲力尽き傍へに溜まる

海月の全て背き去る舳に在れり

桐一葉覚め際のざらざらの夢

島嵌めし板と曇りぬ秋の海

足許を走る風見つ星月夜

うち見ては岩の蒼さや秋の山

木石の味合へる秋雨の音よ

秋風に額光れるをばにくむ

巌頭に来て秋風を強しとす

熱き茶に焼きし舌秋風へ出す

写真より浮かぶ木の実の落つる音

手相見が居て白し秋風の街

石榴裂きこぼすピアノの音の如

三角定規の穴に夜学の小指哉

秋暁のむらさきのまた夢に入る

初冬の今日も木々片濡れす雨

快晴の土滴らせ大根引く

焼藷屋指詰めて居て老深し

霜焼の手を足に敷き傾聴す

耳冷たければ友の肩にて擦りつ

 

 

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