島春二十代句抄(9)
昭和三十五年(二十八歳) 時に汽車の汽笛が消しつ除夜の鐘 室ぬちの彩ぬくきこの我が春よ 鼻に入る空気寒星より流れ おでん屋で欠びが出でて別れけり おでん屋で医者らしき何やら話す 石蕗咲きぬこれ迄は黄の欠けし庭 池の面夜目に崩るる凍らんと 冬の雲見て居て大地傾き来 舌頭にあたたまる飴寒の月 朝刊を藺植の写真香はしむ 歯の痛み寒釣一里戻りしと 土を来て混凝土へ靴の凍て 眠る山越えて見舞に来りけり 皆着膨れテレビへあぐら組むは男 冬のせせらぎ起伏の水を重しとす 8ミリの眼に向ひ若草を歩む クローバの香に寝て斯しては居れず 椿挿して軽き花瓶と思ひけり 蝶の野に腕伸ばす地上六尺へ 雨過ぎし鉄棒匂ひ夏近し 石切場照りて蝶あり透くごとし 川が曲ってその果ての街陽炎へり 玲瓏の目薬さして花惜しむ 鼻寄せんとせしが牡丹に蜂眩し 触るるもの皆冷えて夜桜を去る 風の如く一人静の花了る 美しとも思ふ黒さや蝿生まる 松葉牡丹踏まれし傷なきは無かり 永病みの息の絹糸草に見ゆ 死んで映画は終り音楽氷菓子 夏の雨伝馬を黒う濡らしけり 雨寸時薄暑の陽射し粘りけり 五月鯉その上の丘失対工事 事務薄暑腕の全部を卓へ投げ 水底の陶片に夏到りけり ラジオより鉄砲百合へ合唱す 月に立つ路の埃や月見草 日盛りを坂に視界の半ばは空 烏賊料るくすぐるやうに指入れて 昼寝寸前蝿が目蓋を舐めにけり |
暑さ言うて指の関節も鳴らぬ 清水黒く道横切って海へ垂る 闇の岸壁から散る笑ひ夜光虫 泳ぎ上りてカレーライスに匙震ふ 将に日矢ダイビングせんとする腹に 虹へ振る杖に空気が音発す 雲丹棲めり三四つならずしかも動く 荼毘以前以後を蝉時雨がこめる 葬列が行くや夏野に声垂らし 荼毘の薪肩にし夏薊を見出で 人重く集ひ焼き場の蟻乱す 村童用の火葬の穴は苔の夏 焼き場巻く茂りにて吾等も巻かれ 樹下涼風手に手にす線香に赤し 棺穴へ下ろす蝉声拡散す 荼毘戻りの影かくも西日に細り 喪服脱いで梅酒が喉を粘り過ぐ 初秋や右向き左向き首が鳴る 髪刈って出て三日月に気力無し 宵闇の屋根より上を風音す 途中までは葡萄食べミステリー読了 肘まで濡らし梨の芯握る児よ 十月の街に馬見し久に見し 紫苑切れば野菊の如し野を思ふ 白粉の花と葉が成す真黒き種 電話のベル迫真すテレビの夜寒 活けし菊の匂ひ立つなる雨月哉 脂噴きもがれ新松子かくも青 十月の寒暖計を敢えて見る 扉の冷を越え吾子が声吾が腑衝く 産院の朝寒の月色は妻よ 満天の星澄み汝にウインクす 雲間なる一つ星澄み吾に意味 思惟する脳傾斜せり星澄み満ちて 星山へ偏りぬ海冷まじく 日の当るストーブにして汚れたり 日向ぼこ舌で動かし抜けたる歯 短日の晩飯一箸にて疲れ 冬の日の平たき石にして薄し 霜夜の湯深く沈むに猫鳴けり |