島春二十代句抄(10

 

昭和三十六年(二十九歳)

 

海へ遥か礫す若さ初日待つ

或る日の台所にちょんと寒雀

寒に活けて鮮血の花永う保つ

梟が半ば眠りしこめかみ撫で

両腰にピストル光る竹馬よ

汁粉屋の盆梅ばねのある声浴び

この年忌月斗全集無き淋し

医業に痩せたり踏青に目くらみて

芽ぐむ土に熱せし足の指吸はす

春風と思ふ夜の映画館の前

下宿替へて飼鶯を聴く目覚め

海を覗く崖春風の膝軽し

島山霞み一片の海が親し

沸く如く庭椿昨日今日多忙

椿落ちて緋鯉の色の古びけり

詠まれたる人詠みし人梅白し

以後の春言はん方なく爛漫たり

春陰や小石踏んだる膝たるむ

例ふるに口語調の詩春の夢

水温み眼凝らせば魚出で来

蒲公英の尺余の茎の花へ鞭

新樹光むやみと鼻の先痒し

巌動くかに山藤の日曇りし

熱き女の手に折られ躑躅はしをれ

藤の房揺れて意外に猛き日矢

吟行の俳人が占めバス夏めく

未だ硬き雲の峰夕べを覗く

頭重き日の薔薇に汚れを認む

笑窪にも似て吾が咲かせたる薔薇よ

薔薇園にて空の青さを嘆じたり

一坪の庭の立方五月雨

百合今や水気を弾き去る盛り

百合活けて窓を開くに山匂ふ

緑陰に青き血が透く腕まくる

鼻の尖に蛇触るるかに蛇の話

強肝錠も催眠錠も黴びてゐる

行水の五体赤チンの傷幾つ

やがて浮いてくる孑孑に息詰める

青桐の下の空気にニュースなし

意識地に密着するに蟻無数

泳ぎ上りゼリーこの世のものならず

風鈴を背らに顧みることなし

ラムネ飲むとき顎の下日が奪ふ

西部劇めく通りにてラムネ飲む

 

 

 

鼻痛きまで沖蒼きボート哉

岬波白ければボート向ひけり

汽車高きを走るや朝の夏の海

喪の梨を噛んでゐる顎骨の音

羅の腰振りバーの木に止まる

ご先祖の俗名親し墓洗ふ

梨買うて風呂敷も影長きかな

梨買うて尻ポケットには入り難し

梨持てば抛りたき衝動の硬さ

夕刊トップ記事を葡萄に歯が尖る

吾に向はぬ風にある黍大揺れに

朝富士の金の笠雲鳥渡る

護摩焚くと硬貨差し出す秋麗

彼岸過ぎての老婆に玉砂利の熱さ

彼岸花窓に旅塵の眉拭ふ

神宮外苑の秋傍観す靴の埃

月今宵里帰りして妻幼な

散髪の鏡右胸赤い羽根

彼岸花緑の昼をけぶるなり

残る蚊に唇桜桃ほど刺され

露草の茎長く朝日寸時の地

庭の地面に動くは蓑虫の不快

線路沿ひに草紅葉して野が残る

湯町の朝の登校の子ら散る柳

有料道路の霧に湯町の燈がホップ

秋の日の明暗を直立する岩石

昼間見し紅葉は闇に川の音

つまづきし瞬間白熱せる銀河

血が脳へ寒夜八方真空に

銅臭の巷に冬の汗散らす

大いなる巌の大いなる冷に触れ

向島しぐれ今しの鳶見えず

山畑は風大根の首暮れず

松風の桜紅葉に来て軽し

鋼鉄の色の小島や冬の海

島の上なる海照りて冬空低し

帰り花顧みる目を日がひたと

枯れ色の山看板の白も枯れ

冬は冬の臭ひの動物園に入る

梟を聴く首起こすポキと鳴る

朝の甍は濡れて遠山冬霞

三方山の一方海の冬霞

頭上鳶の日和で冬霞は澱み

(了)

 

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