島春二十代句抄(5

 

昭和三十一年(二十四歳)

 

星を語り政治を語り恵方道

元日の午後永かりき尚もあり

ジングルベル老婆は凍に躓きさう

句に遠き花活け卒業試験に処す

月凍てて八方へ赤子泣き細る

腕時計が片頬に沁む夜半の寒

水鳥の挙動いちいち独り言

義務教育九年目である懐手

醜さも失せたる齢やちゃんちゃんこ

秘め事を思ひ出で居り焚火の輪

宵焚火話淫らで燃え細る

少女すぐさまお調子に乗る夜の焚火

涸れ沼の尚底で日を舐めてゐる

節分の終電の雑多なる人相

節分の洗ひし髪に風とほる

もの言ひさして木の芽へ背伸びする

手の届く木の芽は爪で弾きたく

春寒やあご杖のあご脈打てる

春よこいお菓子のやうな造花買ひ

石割られたり春の日はやも遊びゐる

吾が影のそっぽを向いて青き踏む

春の夜や吾が手吾が足傍白す

父の叱言椿打つ雨見つめゐる

椿落つるこんな静けさおそろしき

椿落ちんとする時見しが罪めいて

若葉ピカピカする路馬糞半乾き

老爺放つ煙草の煙鳥雲に

卒業記念樹を植う雲量は零

風光る池はどろんと上向いて

春風の鶏思ひ切り走れない

放埓の或る日眺めし水温む

春風の音無く吹けば師と在りぬ

芦の芽に腹這うて見ん全て悪し

芦の芽やここにまた何故の骨

春雨密かなり真上向いて泣く

春雨に耳たぶの濡れきってけり

春昼の少女の粘い笑ひの眼

草芳し少年老い易くして眠る

沈丁花少女ぎらぎら潤へる

春の夜のドラム乱打す白目かな

口紅の染みし小指や韮刻む

鉄棒にくるり回れば蝶通る

パンジーに話し掛けられゐる稚さ

温室を出て春風に花かゆき

かくもしみじみ足許を見る春の花圃

大いなる山桜一本の墓地

岩の面へ風間は散りぬ山桜

藤夕べ遊戯に負けて泣く子あり

畳なすクローバや歌に平和呼ぶ

虹を認むるに鈍なり老教授

蝉の中少女の声音憤る

道に大笑す青年春も果

籠の唖蝉死ぬ術知らずいつか死ぬ

崖に臨む額五月の日が熱す

万緑や老婆しっかり杖掴み

床擦れを言ひぬ雨蛙が鳴けば

梅雨茸を踏みも余さず先の人

蟻あまりに多き地とも気付きたり

桜の実しゃぶってゐるや美少年

解せぬ事ありアカシヤの花落尽さず

少年がヒクヒク笑ふ木下闇

蛇石を濡らし乾かぬままに暮れ

泳ぎ来し沖や睡さの漂へり

梅雨の部屋画中の翁瀑仰ぐ

滴りに義眼を洗ひ居たりけり

滴りに一つづつ足の指濡らす

古下駄に濁る世の梅雨茸の色

黒黴や毎日が不完全であり

一票を乞ふ騒音に苔繁る

黴の中脳懸命に使ひ住む

 

 

麦刈り終へてより原始的な風

向日葵に枯れ切った老人が住む

夕焼を見てゐる眼鏡器具めいて

病んで居て蚊や蝿の疲れを思ふ

作中人物暫く生きる宵の蝉

油照り息一つづつ覚え居り

月光の人らに遠き夜光虫

昼顔の径果てざりけり無用

昼顔や少年つまづき易く随く

蟻の地やガラスの破片日へ嘆き

向日葵と住み夕べ夕べの痩せに

悶えて野に蛇の味する唾湧く

煙る山脈おそらくは蝉に満ち

千古の滝のその一瞬に吾が礫

流れ行きしものや又この滝に見ゆ

夢の中の速さに雲の峰育ち

山路のいささか平ら蟻走り

着汚れし真赤な服や秋を言ふ

手花火に子らは子らの世遠くする

花野行く女の眼鏡反射せり

秋の夜の音の中なる人語かな

わが胸の中の景色の秋の海

あかつきの色震へをり秋の海

熟れてない無花果くらふ罪に似る

満月が曝す額で考へる

秋雲や真赤な羞恥身に満たし

閃々と空の乗り物秋の風

遊ぶ両手影持たぬ秋雲が越す

秋雲の下なる爪と歯の意識

事故現場銀河やうやく濃くなりつ

掌の中の汗新月へ開きたる

青年の時間露蹴り走るなり

人の輪にゐて星の色見分けつつ

朝顔老いぬ平熱を計る朝

鈴虫の鳴き絶えようともせぬ胃痛

こほろぎ飼ふコーヒー店に働く胃

客として赤き枕の夜の秋

赤い羽根母の息づかひで挿し呉れ

秋霖や新しきペン先きしむ

散乱す帰燕へただのけぞってゐる

風歯に沁み朝顔に爪ほどの花

笛吹き切って唇の冷まじき

蟲深く沈みインクに汚れし手

かの子らの幼き日のポプラが散れり

木枯や女の思いっきりの声

芦刈の戻りも風に腰かがめ

秋の暮薄荷パイプの味切れし

秋風に何か想ひを掬みをりぬ

藤の実をもぎ取り女やはらかし

むらさきの芦火の暮は家親し

わあわあと暮らして今日の鳥渡る

悔あれば夕日湛へし草紅葉

脳だます錠剤ぐっと秋の声

曼珠沙華打ち据ゑにけり或る少女

現象として高々と一ト枯葉

中風の腕の毛万年青熟れにけり

お勅語の水洟に溺れてゐしよ

「御名御璽」いとけなき咳噴きあがる

霜踏まれ消ゆ朝刊にいくさ跳ね

焚火太く少女等も直ぐ声嗄らす

枯野来る人へ吾行く照り陰り  

寒潮に服すこのあたり岩赤く

寒潮に獲し魚の日に白むなり

寒潮に藻が透ける深さの怖さ

寒星や波無限より走り次ぐ

寒星に点じしマッチ水が映す

もぞもぞと寒星へ吾が爪はあり

血に充つる一塊の腕氷柱打つ

寒星や夜の青空へ眼が渇く

年末の一天晴れし鼻を病み

戦後しか知らぬ霜柱をつぶす

 

 

 

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