島春句自解

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平成141月号

島春句自解

二万五千五百余日の身の春や

 

二月には満七十歳を迎える新春所感。正確には生を享けて25523日目のおらが春である。

 

帰り花が連れて行きたる目が戻る

 

帰り花を見つけて立ち止まった。しばらくは目が留まっていた。そのことにふと気づいて歩き出す。

 

地震後の惨雨つぎつぎ石蕗の花

 

3月の芸予地震の後始末も、街中で目立たなくなってきた昨今である。悲風惨雨の語を思う。

 

落葉してお寺の甍光るころ

 

小春日和で、近くのお寺に人を案内した。茂りから紅葉を経て、今日は境内も日の光に満ちている。

 

ぶらんこの下の窪みの落葉どき

 

途中、町内の遊園地を近道してよぎる。最近は子供の数がめっきり減って、寒い朝などは無人だ。

 

寺小春浅井に空が置いてある

 

傾斜になった墓所の入り口に井戸がある。煙色の山水がすれすれいっぱいである。

 

しもやけの膨れ取り出し挙手の礼

 

栄養が足りて、しもやけにならない時代になった。青洟たらしている子もない。

 

大枯野帰って来しが生卵

 

枯れ色の野道を戻ってきた。アツアツのご飯に生卵。生まが良い。

 

往き往けば枯野の月が山潜り

 

傾いた月を見ながらゆくと、小山に入ってしまった。少しゆくうちに月がまた反対側に出てくる。

 

村を巻く秋の煙は谷出でず

 

高速道から見下ろしてゆくと、谷間谷間に夕べの煙が漂っている。暮らしがあり、人間関係があるのだ。

 

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 平成142月号

島春句自解

川口は奔馬の風や凧を抱く

お年玉貰ひ騎馬集団が去る

 

午年だからの句。前句、凧揚げに来た子が強風にすくんでいる。後句、車で家族でどやとやと回礼に来た。

 

御降の粒を松の葉かがりつつ

 

元日は雨だった。松の葉、蘇鉄の葉、薔薇の刺。

 

先考を句碑に温ねつ初社

 

瀧の宮神社に、父正氣の句碑がある。平成八年九月の建立であった。歳月の色にある。

 

お笑い番組俵重ねて米こぼす

 

寝ッ転がっておふざけのテレビを見ている。おかしくって涙が出たのである。

 

飴を頬にあづけて御慶返しけり

 

出会いがしらに丁寧な口上を受けてしまった。

 

箱の蜜柑が正月色に廊下かな

 

瀬戸内の島の蜜柑、長崎いきりきの蜜柑。豊かな明るさの気分である。

 

年の市旅中のこころ内攻す

 

遠出して賑やかな街中に居る。旅人心地。

 

無骨なる柚子よ首まで漬かるとき

 

冬至風呂。島に畑を持つ知人から一杯頂いた。

 

冬山家遠いいくさにテレビ点け

 

リアルタイムに、アフガンの戦い。不思議な光景ではなくなった。

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平成143月号

島春句自解

置炬燵子機汗ばんで返事待つ

 

電話も便利になって、部屋の中でもコードに繋がれなくてもいい。折り返しの電話を炬燵の中で待っている。

 

息潜め闇が氷柱を飼うてをり

 

山里の夜が更けて、寒さも増した。闇は息を飲み、ひっそりと氷柱が育ちつつある。

 

暖房の屋外機の上雪兔

雪兔二つ作れば相対ひ

 

狭い街中の空間である。そんなに積もっていない雪だが、雪兔が作れれば楽しい。

 

寒声や押し寄せる波呑み下し

 

海岸へ出る。思い切って、岬のほうまで向かうことにする。

 

二人ほど雲が攫ひぬ日向ぼこ

 

雲が来て日が翳った。暫く経って又日が射し始めたときには、連れが少なくなって居たようだ。

 

歌詞いつもここで欠落日向ぼこ

 

うろ覚えでの懐かしのメロディ。ここまで唄っていつもまた鼻歌になる。

 

下宿間に活けた水仙石化する

 

夜以外は、いつも空っぽで、火の気のない部屋。花弁がやや黄ばんで透いて、形がいつまでも。

 

枯れ果てて厠で樹てる謀りごと

 

四方が枯れた風景で、雨とも風ともぱらぱらと音。どうしょうかと考えている。

 

飴といふ語感も舐めて寒の雨

 

俳人。寒の雨という言葉で、雨の日を捉えている。そうすると、口中の飴もそのように言葉で意識される。

 

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平成144月号

島春句自解

雨喫し啓蟄の野の上気せり

 

老人大学の生徒さんたちと吟行に行った日は、啓蟄だった。予報では朝の間に晴れるのが、山中では昼までかかった。雨を吸うて野は膨らんでいた。

 

春郊や名指されてゐる雨をとこ

 

秋の吟行には、海岸端だったが、やはり雨が昼過ぎまで続いた。雨の景色をも喜ぶのは俳人だからである。

 

俳人ら路傍の春を攫ひをる

 

どやどやと俳人たちが来て、あいにくの天気で、そこら中から季語を見つけては俳句にしてゐる。

 

黒砂糖のやうな土よりはこべ萌ゆ

 

さ緑のはこべ。この指が染まりそうな黒さの土は、いろんな成分の滋養を含んでいる。

 

猫額の地に春菊も韮も萌え

 

家周りの少しばかりの空き地。花苗たちにまじって、これは春菊、これは韮。

 

雑踏の端に顔詰め苗木市

 

三原神明祭り。道の両側に露店が並ぶが、この一角は片側が植木市である。ぞろぞろと見てゆく人たちの顔が人込みからはみ出している。

 

朝顔にうまくスピンを掛けて蒔く

 

種を蒔くのに、朝顔を意識している。

 

なぞへより爪立ち梅に会はんとす

 

荒れた傾斜の地から、のけぞって開き初めた梅を仰いでいる。

 

梅園や靴太らする雨の土

 

旅先の梅の名園。梅にもいろんな種類が多くて、一つ一つ名札を見ながら園を巡る。

 

邂逅や光が動き水温む

 

これを劃して、何かが始まるような気がした。

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平成145月号

島春句自解

望月が花時の山黒塗りに

 

今年は、花の満開と十五夜が重なった。ひんやりとした暁に、意外な山の黒さ。

 

城跡のこの混みやうに花の瀑

 

あっという間に今年の落花。城跡も、いつもは人影まばらなのだが。

 

病院の桜が妙に赤い朝

 

近くの病院。これとは関係ないが、この辺、近頃鴉の鳴き声がうるさくなった。

 

門灯が艶っぽくなり花満枝

 

近くの男子寮の門前。花満ちて、門灯に艶を持たせる。

 

この施設村に過分で東風を堰く

 

何かと思ったら、聳え立つ民活の老人施設の立派なこと。

 

起きがけを点描しつつ木の芽山

 

朝の光の中の点描法。

 

地虫出て句の狩人にゲットさる

 

土筆とか地虫とか、射止める。

 

沈丁花晴れのち雨に香りけり

 

雨が呉れた。

 

耳朶穿孔菜の花畑の中帰る

 

ピアスという親不孝をして、菜の花を見ながら帰り道。

 

島々が霞んでしまひ波ばかり

 

波だけが取り残されている。

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平成146月号

島春句自解

花色の声で語らん桜餅

 

桜色に染まった息同士で話して居るのである。

 

衆が囲む炭酸瓦斯や白牡丹

 

見事な牡丹の周りに人が群がって居る。吐く息の姦しいこと。

 

川上が霞み吟行遡る

 

バス路線は川沿いに、次いで支流沿いに進み、終点で下車してさらに細くなった流れの傍を歩く。

 

躓いて膝が目を剥く野の霞

 

腰をかばい、川土手を田の畦まで下りるのに、滑って膝を擦りむいた。アイテテ。

 

筍に学校完全五日制

 

当地では今日の土曜日から、完全施行されることになった。一日の雨で伸びた筍を掘りながら思う也。

 

筍の土に撃たれし尾骶骨

 

実は、この朝家を出る前に夏帽を出そうとしてすってんころりんしたのである。句女史の前だし,筍掘りは初めてなのでハッスルした。

 

筍の大将首を提げ戻る

 

大将の首級を挙げたかのごとく、意気揚揚と藪から田の道を戻ったが、重かったこと。

 

沈吟は春睡に似て野の日差

 

筍掘りは良かったが疲れて、吟行の嘱目の句の締め切りが来て居た。

 

風が息ついて鶯濃厚に

 

風が一息ついている間の里の景色は静まっている。

 

山の鼻に違和感のあり藤の頃

 

里山の緑の木々。突き出た部分をよく見ると、もう藤の色が懸かっている。

 

 

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平成147月号

島春句自解

座敷縮む鐘馗の軸を掛けしより

 

八方睨み。画家の腕前充分。

 

金太郎飾ったる夜を大食ひに

 

今夜は、不思議と食がすすむのである。

 

碌でもないニュース兜にも折れぬ

 

大見出しのついた新聞を使って紙兜を折る。

 

柿の花まみれ立ち退き肯んぜず

 

計画道路。小うるさくて、何年も頑張っている。

 

グッピーに餌や世相を鼻の先

 

世相は鼻先にして、熱帯魚には親切である。

 

熱帯魚満艦飾に店は閑

 

明々とした大水槽に、何種類かの、何色かの珍魚が遊弋しているが、お客はさっぱり。

 

青竹を踏んで五月の足の裏

 

健康法。この時期には良い。

 

公園にあれば五月の日が凝視め

 

高いところから、まじまじと何かに見られているような気がする。

 

三日三晩籠蛍見て過ぎにけり

 

泣き通したというわけではないが。

 

灰皿をかなぶんに伏せ休煙す

 

手持ち無沙汰。煙草のことは他人事だが。

 

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平成148月号

島春句自解

 

黒い街裏返しにし梅雨の霧

 

梅雨某日の朝、視界が白くなって居た。朝日が白銅貨のように直視出来た。

 

出航や梅雨の街並一揺すり

 

桟橋を離れ、向きを換えて出てゆく船上から街を見ていると、街がぐらりとする。

 

梅天や黄の看板の食文化

 

梅雨の街、異国の食文化が深く浸透しているのを感じる。

 

白玉や籠の小鳥は水を飲む

 

眺めやつていると、そうした。

 

紫陽花の鞠若くサクサクと雨

 

まだ帯黄白色の球体に急雨。

 

あぢさゐの面々侍る庭の闇

 

縁に出ると、宿直の侍たちの如くである。

 

梅酒飲み下し双肩軽うせり

 

一つのことが終わった。次のことまでの閑。

 

バルコンに大酔夜間飛行燈

 

「夜間飛行」という言葉。

 

汗の珠場外馬券買ふための

 

珠玉の汗を惜しみなく、か。

 

不漁の日西瓜は黙し黍騒ぐ

 

島の昼間はけっこう永かった。浜まで行って、向かいの小豆島を眺めて戻った。

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平成149月号

島春句自解

民宿の猫がまぶしむ大裸

 

戦中卒業の国民学校のクラス会で、牛窓からフェリーで行く小島の民宿へ行った。魚尽くしで飲んで、尺八のうまいのがいてそれを聴いたり、晩くまでカラオケで、雑魚寝同然だった。

 

受付の夏痩せ小さい美術館

 

昼飯に赤穂まで行き、帰りに日生の魚市を覗いたらもう何もなかった。受付のほかに人気のない森下美術館で、古代中南米のコレクションを観た。つと入りで、よかった。

 

玉葱のスライス晴の日曇の日

新キャベツごっそりと食べ髭伸びる

 

句会での、夏の野菜、という題詠。

 

せせらぎの石遡る大暑かな

 

じっと見つづけていた。

 

くっきりと樹間を禰宜や青東風す

 

句碑の除幕は、土用の二日目、今年の梅雨明けの日だった。よく晴れてくれた。

 

嬌声に尻軽の風鈴が乗る

 

わあっと、笑いと話とが一緒になったような声。

 

簾巻けば首ひん曲げて塀の猫

 

二階から見下ろせば、どこかの猫がチラチラこちらを見上げている。また見てもやはり。

 

麻暖簾ごはんの時は顔揃ふ

 

そんなに広い家の中というわけではないが。

 

海を脱け耳栓を取り蝉に飯

 

泳ぎ上がって、濡れたまま、木陰の桟敷で昼飯を食べることにする。

 

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平成1410月号

島春句自解

ヘリが来てビヤガーデンの空引掻く

 

まだ日のある時間に会議が済んだ。ホテル屋上のビアガーデン、ヘリの轟音。もうすぐあのビルに夕日が隠れると陰になって涼しくなりますよと案内された。

 

ラムネ干す絵馬に様々書き込んで

 

境内は観光客で混んでいる。受験とか良縁とか、絵馬が重なり合って揺れている。人並みに書いてから、さて売店で一休み。

 

魔女が飛ぶ風過ぎりけり箒草

 

箒草の上を、風の影がよぎったのである。

 

彼方向いて御供の蓮の花托かな

 

蓮の実の詰まっている花托を二つ活けた。どれも、その面が空の彼方を向いている。

 

露草や国民学校女子児童

水に顔を漬けたるやうや露草も

露草や共に屈めば影が寄る

 

句会での露草の題詠である。

 

朝顔や勤め仕へて早飯に

 

勤め勤めて、朝飯の早いのは、長年の習癖になっているという。

 

新聞休みの鉢朝顔に花無き日

 

たまの新聞休刊日の朝は、手持ち無沙汰、もの見無沙汰である。朝顔にもお休みがあるのに気付いたりする。

 

新涼の鴉なりけり喨々と

 

芸もないが、この日の朝の爽涼に、なんとも高らかな調子の鴉の声であつた。

 

 

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平成1411月号

島春句自解

 

山澄んで裸の寺が置いてある

 

古い城下町ということで、四囲の山々には寺が多い。山寺とはこんな感じだ。

 

露けさに口びると無花果が遭ひ

 

やわらかい唇とつめたい無花果との出遭いがある朝。

 

楠の実の芳香踏んでお百度す

 

境内の石畳に、大楠が落とす実が散らばっている。踏まれて潰れたのもある。拝礼すると、芳香に包まれる。

 

藪蘭を挿し替へ挿し替へ壷の良き

 

昔、子供がクラブ活動で作った小さな分厚い壷に、庭に何ぼでも花をつける藪蘭を入れれば、格好になる。

 

バス行けば家走り稔田歩き

 

道路の傍に家が散在していて、そのずっと先の山裾まで稲田が広がっている。そこを走るバスの窓からの景色。

 

トンネルの出口緑光秋彼岸

 

山を貫通してバイパスが出来た。この時季、前方を見て走ると、出口の形に緑光がある。トンネルとトンネルの間には山あいの空があり、木々が繁っているのだ。

 

小豆蕎麦咲き栗が落ち古墳まで

 

全く久しぶりに御年代古墳を訪う。うろ覚えの畠の中の小道を行くと、小豆や蕎麦の花が珍しい。古墳の入り口へと坂を登れば、栗が落ちていた。石棺の上にも供えてあった。

 

落ちてもう土の顔する零余子かな

 

庭のあちこちに山芋の蔓が絡んでいて、秋は黄葉してむかごがたわわに実る。毎年抜いても抜いても、拾い残りのむかごから芽が出てくる。

 

口取のむかご二粒滝とどろ

 

瀧見茶屋といいたいが、この宿の、池や水車のある広い庭に、やはり人工の滝がかかっている。お昼の膳の口取りに、松葉に挿したむかご二粒。

 

待宵や漉く紙ほどに空濁り

 

待宵を意識していたからか、とろりと白く薄曇りした今宵の空の様子である。

 

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平成1412月号

島春句自解

 

古屋敷稲田すこしと養樹園

 

稔った田んぼの中に一軒の古家がある。人が住んでいるのかどうか。いろんな種類の庭木が雑然と植えられているが、手入れの様子は見える。

 

蟹歩きして大輪の菊いくつ

 

見事な菊の鉢が並んでいる。一つ一つ端から順に見てゆく。足を停めることはない。

 

剣客のごと白妙の菊を前

 

眼光。大輪の菊の鉢と対峙するように。

 

影踏みに影が見ゆるや菊の鉢

 

影踏みごっこするときには、日ごろは見えていないものの影が見えてくるものだ。

 

秋雲離々「次の出口は淡路島」

 

明石大橋への道路入り口の表示。よく晴れた日だった。

 

肯んずるおのころ島の猫じゃらし

 

淡路島の路傍の草である。

 

イベントが果て秋も去るコンクリ塊

 

花博跡地が荒れているというのではない。立派な施設が残っていて、バスも来ている。感じである。

 

海峡の秋の深さを俯瞰する

 

高台にあって鳴門海峡が見える、南淡のリゾートホテルにて。

 

蓮根田つづき夕日の反射角

 

鳴門大橋を渡って四国に入る。ここら蓮根の多産地とか。

 

屋島然として秋天を挙上する

 

道に沿って走る車窓に場所はあちこちするが,それと見ても屋島とわかる姿をしている。そこだけ天が持ち上がっている。

 

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