馬ヶ城浄水場

 所在地:愛知県瀬戸市
 竣 工:昭和11年6月
 設 計:

 12世紀頃、良質の陶土(粘土)を求めて陶工が瀬戸に移り住みました。期待通りの粘土が見つかり、常滑や信楽などの古窯に並び栄えました。後に衰退、復興を繰り返しましたが、磁器の生産も始めた19世紀には全国に販路を拡げ「セトモノ」の名を確かなものにしました。
 良質の粘土に反して、井戸水に頼っていた水のほとんどは飲料に適さないものでした。渓流水を原水とする簡易水道がいくつかありましたが、飲料水を充分に供給出来ないばかりか、四六時中窯に火をくべるこの町の火災への不安をぬぐい去れるものではありませんでした。
 昭和4年4月、町議会(6月から市制施行)にて馬ヶ城に堰堤を築造し貯水池を設けて浄水場で浄化・配水することが議決しました。昭和6年12月に着工し、昭和8年12月には通水が始まり、昭和11年6月には全工事が完了しました。

 私が撮影した画像は使いものにならないので(^^;)後回しにしていたところ、瀬戸市浄水課の稲熊さんから画像(上が管理事務所で下が緩速濾過池全景)を提供して頂きました。現在の状況は稲熊さんのホームページを参照して下さい(^^)。

 私は高校(某工業高校の電子工学科でしたが、瀬戸窯業高校の電子材料科も気になっていました)を卒業するまで名鉄瀬戸線の沿線に住んでいました。幼い頃、父か母かは憶えていませんが貨車に向かって「あれにはいっぱいセトモノが載っている」と言ったことは憶えています。近所のおばちゃんが、あの緑や赤の電車を「セトデン」と呼んでいましたが、その理由が判ったのは最近のことなのです(^^ゞ。
 「瀬戸」をキーワードに検索すると「瀬戸朝香」がよくひっかかりますが、これは偶然ではなく、その家田恵美(本名)さんは瀬戸市の出身なのです。
 せともの祭りには呼ばないのかな・・・



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