話題のミスタートウジン出走だが、賛否両論ある。
「否」というのは要するにこういうことだ。勝ち目のない14歳が1頭出ることによって、チャンスを失う除外ぎりぎりの馬が出る。それは許されることなのかと。
確かに一理ある。
しかし、「最近の天龍源一郎は衰えたと嘆くのはもっともでも、最近のジャイアント馬場はどうなんだと非難するのは大人げない」という側面もある。14歳馬が走ることで話題になるのなら、そしてそれを是と受け止める人が(特に競馬無関心層にいるのなら)いるのなら、ミスタートウジンが走ることも無駄ではないだろう。
競馬をスポーツとして捕らえた場合、はっきり言ってミスタートウジンに価値は無い。しかし、例えば私のような立場のライターだと、彼をイジる方法は無限にある。
フェブラリーSひとつをとっても、
- 東京1600mの持ち時計ダントツ(しかもやけに速い)
- でも、それを出したのは8年前。メイセイオペラが生まれるより前。
- フェブラリーS出走経験豊富
- という以前に、「フェブラリーH」にも出てた
- 府中コースといえば、メジロマックイーンから不利を受けた因縁の地
などなど。ミスタートウジンが走るのが面白いかといえば、申し訳ないが面白い。
馬群からちぎれた惨めな競走をするようにならない限り、「ジャイアント馬場枠」はひとつくらいあってもいいのではないだろうか。ひとつってところが重要なので、そこは肝に銘じておきたいが。
そもそも、彼が走ったところで、我々になんの実害もないのである。ミスタートウジンを買わない権利は保障されている。私もはっきり言って、ゼニを出す気はない。ご祝儀で「マチカネワラウカドを枠で」くらいなら検討可能。
|