今でもモモをアパートに連れ帰った時の胸の高まりを思い出す。初めての子育てに対する不安と興奮と喜びの入り混じったあの気持ちを。
わたしの不安を吹き飛ばすように彼女は日一日と大きくなり、胸と四肢の先が白い美しい猫に育っていった。少し短足だったけれどジャンプ力は凄かった。リビングとキッチンの仕切り扉上の欄間に飛び乗ろうとした時など、ガラスがはめ込んであるので上に乗れず、さんに前足をひっかけ頑張っていたが、そのうちわたしの顔の上に落ちてきて、額に赤い一本線をつけてくれたこともあった。

そのうち、「少しでも楽しい猫生を」と思い庭に出したのがキッカケで外に出たがるようになり、つい日に何回か出してしまうようになった。
その日も会社から帰るとあまりにも外に出たがるので出してあげたのが一生の悔いを残す結果となった。いつもは2〜3時間で帰ってくるのに、いつまで経っても戻ってこない。眠れない一夜が明け、モモの名を呼びながら早朝から歩き回った。その途中、お腹をすかせた三毛の子猫に会ったがそれどころではない。「もう会社に行かなきゃ・・」と諦めかけた時、坂の下の広い道路の路肩に横たわる茶色の固まりが目に飛び込んできた。絶対に彼女ではないと心の中で祈りながらも、頭でははっきりそうだと認識していた。
悲惨な最期だった。
即死だったらしいのがせめてもの慰めだった。両眼は飛び出し、舌はだらりと垂れて、内臓も飛び出していた。たった一年半の命。思い出すたびに涙が止まらない。もうごはんが欲しいと顔をなめてくれることもないのだ。

今、モモを捜し回った日に出会ったあの三毛猫と暮らしている。きっと神様がわたしに恵んでくれたのだと思いメグ≠ニ名づけた。モモの生まれ変わりだと思っている。いたいけな子猫を捨てる人間、動物をひき殺して平気な人間がこの世からいなくなることを祈らずにはいられない。

Kellyさん、つらい思い出をお話してくれて、どうもありがとう。
わたしも子供の頃飼っていた猫を交通事故で失った経験があります。あんな死に方ほど後味の悪いものはありませんでした…。短い一生だったけど、モモはKellyさんと出会えて幸せだったと思います。それは写真を見れば分かります。メグに遭えたのも「わたしの代わりに今度はこの仔を幸せにして」というモモからのメッセージだったのかもしれません。どうぞメグを大事にしてあげてください。

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