現在、芸北地方で使用している衣装は、金糸・銀糸の刺繍が随所に施され、「龍」や「鷹」「獅子」「鶴」「亀」など、いわゆ る「生き物」が付いたものが多く用いられている。最近では、これらの衣裳に加え、比較的見栄えが良く、着用して軽い、金糸・ 銀糸を織り込んで図柄を表した「金襴」の衣装も多く用いられているが、このように、金糸・銀糸の刺繍を施した衣装が使用され はじめたのは明治末期頃といわれ、それ以前は、木綿地に染地形の大変に質素なものであったようである。
1 刺繍
生き物の刺繍は、和紙の台紙に「龍」や「鷹」「獅子」「鶴」「亀」などの図柄を描き、その上に図柄どおりに綿を乗せて固 め、金糸や銀糸で覆って製作される。
この技法は、例年10月に愛媛県西条市で行われる「西条祭り」において使用される御輿、太鼓台などと呼ばれる屋台に取り付 けられる幕などの製作技法を導入したともいわれ、これらの豪華・絢爛の衣装は、舞楽や能楽、歌舞伎の影響を多分に受けてい るものと思われる。
2 種類
(1) 狩衣
狩衣は、元は狩りなどの時に着用したことから、「狩衣」と呼ばれるようになったとされる。 古代・中世には、公家の略服として常用され、その後、神官の正装として用いられた。形状は、 胡服系の盤領で、脇を縫い合わせず前身頃と袖が離れて、袖には袖括りと袖露が付いている。 裾を袴の外へ出して着用する。狩衣は、神楽では主として神が着用する。
(2) 水干
本来、水干は、糊を使わないで水張りにして干した布で作った狩衣の一種で、形状は、盤領 の懸け合わせを組紐で結び留めるのを特色として、袖付けなどの縫い合わせ目が綻びないよう に、組紐で結んで菊綴とし、裾を袴の内に着込むものをいうが、芸北地方では、前述した狩衣 や後述する金糸・銀糸の刺繍が施され、生き物が付けられた鬼着(四天)を含めて、「水干」 と呼んでおり、木綿地の衣装を使用していた時代の名残と思われる。
(3) 千早
千早は、主として神に仕えたり、朝廷に仕える女官などが着用していた小忌衣と直垂を折衷 したような衣服で、身二幅、袖一幅の白色の単衣で、打掛けの形をし、水草、蝶、鳥などの模 様を山藍で擦りつけ、袖を縫わずに紙縒で括られている。神楽でも神に仕える女性などが着用 する。
(4) 鎧
鎧は、着用して身体の肩、胸、胴などを被護する武具の総称で、形状の特徴としては、表と裏を交互に編み連ねた、いわゆ る鎧編みとなっており、背の部分には組紐が付けられ、胴の部分には家紋などが金糸・銀糸で刺繍されている。神楽では主と して神、賊ともに合戦の時に着用する。
(5) 直垂
直垂は、垂領で衽がなく、組紐の菊綴じ、胸紐があり、袖括りを付けて袖露を垂らし、裾を袴の内に入れて着込むものをい い、元は庶民の平服であったが、鎌倉時代に武家の幕府出仕の服となり、近世は侍従以上の礼服とされた。神楽では神が主と して鎧の下に着用し、「鎧直垂」、あるいは「鎧直」などと呼ばれている。
(6) 鬼着(四天)
鬼着の呼称である四天は、本来、歌舞伎の衣装の名称で、金糸・銀糸の刺繍が随所に施され、 生き物が付けられたもので、広袖で裾の左右が切れ込んでおり、動きの激しい武勇を表す役な どに用いられている。神楽では主として神、賊又は鬼が着用し、前述したように、芸北地方で は、この鬼着も「水干」と呼んでいる。
(7) 肩切
肩切は、別名を「たまぬぎ」ともいい、肩から両袖先にかけて紐やボタンで留められた衣装 で、この紐やボタンを外すと、前後の布が垂れ、金糸・銀糸の刺繍を施した裏地の部分が現れ るようになっている。神楽では、曲目によっては、神、賊又は鬼ともに着用し、合戦の時に紐 やボタンを外し、豪華な裏地を見せることにより場面を盛り上げている。
(8) 打掛
打掛は、他の衣類の上から打ち掛けて着ることから「打掛」と呼ばれ、近世の武家女性の礼 服として着用された。舞楽の装束の一つで、長方形の錦の中にある穴に頭を入れ、胸部と背部 に当てて着用する「貫頭衣」も打掛と呼ばれている。神楽では姫が着用し、狩衣や鬼着と同様 に金糸・銀糸の刺繍や生き物が施されている。
(9) 大口袴
大口袴は、本来、束帯に用いる表袴の内側の袴であるが、袴の後に細い竹棒などを付けて、後部が左右に広がるようにされ ている。この竹棒などが付けてある理由はよく判らないが、能楽などでもこのような大口袴は用いられている。神楽では主と して神、賊又は鬼が着用する。
(10) 直衣
直衣(のうし)は、外見上は衣冠(いかん)とほとんど同じであるが、制服、礼服でない直の平 常服の意味で、平安時代以降に天子、摂家(せつけ)、大臣など高貴な人々が着用した服で、神 楽では専ら須佐之男命が着用する。
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