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 舞殿の宇宙観

  神楽を奉納する「舞殿」は、陰陽五行思想の法則を体系的に取り入れ、自然界の諸現象を表現していると考えられ、舞殿の中
 央を中心に、東、南、西、北の方位や春、夏、秋、冬の季節を明確にし、舞殿の下部は大地を表し、上部は天空を表している。
 つまり、舞殿は、宇宙の森羅万象の様々な意味を組み合わせて、雄大な宇宙の秩序を再現しているものと思われる。

1 方位
  古代中国の天文学では、天の北極星を中心とする部分が天の中心と考えられ、ここを「中宮」
 と呼んだとされる。中宮は、北極星及びその周囲にある星座から成立し、北極星の神霊化が最高
 の天神「太一」であって、その太一の居所は北極中枢付近の最も明るい星とされる。これらの思
 想が、陰陽五行思想とともに日本に伝播し、神道などに取り入れられた。
  神道では、神棚の位置は、家の中でも清らかな、家族がいつも居るようなところが最も相応し
 いとされ、北側の位置、つまり、神が南面するのが最良であるとされる。しかし、神社や舞殿は、
 その土地の地形や地物などの事情により、必ずしもそのように設置されるとは限らず、実際の方
 位とは異なる場合が多い。このため、神の位置する方角を北に仮定して、その他の東、南、西の
 方角を定めることとなる。つまり、後述する「天蓋」や「切り飾り」などによって、その場所を
 方位と正しく向き合わせることである。
  このような考え方は、家を建てる際の地鎮祭にも取り入れられている。地鎮祭は、その土地の
 神を祀り、建築工事の安全を祈願するものであるが、その地鎮祭の後の地曳祭で、土地の中央及
 び東、南、西、北の方角に、吉方から取り寄せた黄土、青土、赤土、白土、黒土の清い土が盛ら
 れる。いわゆる陰陽道にいう「四神相応」と同様な意味が存在するものと思われる。
  芸北地方の古い神社の中には、拝殿内の中央に独立した4本の柱が建てられ、その内側の一段
 高い部分が舞殿とされる構造のものが見られるが、これは、相撲の土俵と同様な考え方である。
  両国国技館に設置される土俵上部の神明造りの吊り屋根は、当初、土俵の4隅に4本の柱を建てて屋根を取り付けていたものを、
 昭和27年9月場所から4本の柱を取り払って、現在のような形にしたとされる。吊り屋根の4正、4隅には青、赤、白、黒の4色の
 「揚巻」「房」が取り付けられ、それぞれの色が、春、夏、秋、冬の四季と青龍神、朱雀神、白虎神、玄武神の天の四神獣を表
 し、五穀豊穰を祈念しているともいわれている。

2 天蓋
  舞殿中央の天井には、縦横12本(地域によって相違)ずつの竹を組み合わせ、黄、緑
 (青の代用?)、赤、白、紫(黒の代用?)の垂を無数に垂らした、一面が一間半(地
 域によって相違)の枠が取り付けられる。この枠は、「雲」と呼ばれ、一般家庭で、神
 棚の上の天井に「天」とか、「雲」とか書いた紙を貼るのと同様な意味で、物理的に遮
 る何も存在しない状態の天空を意味しているものと思われる。
  天井に取り付けられた雲には、中央に「六角天蓋」が、また、東、南、西、北の四方
 (地域によっては、南東、南西、北西、北東を加えた八方)に「小天蓋」が吊され、中
 央の六角天蓋には、波邇夜須毘古神(土の神)、また東、南、西、北の四方の小天蓋に
 は、久久能智神(木の神)、火之迦具土神(火の神)、金山毘古神(金の神)、弥都波
 能売神(水の神)の「古事記」に登場する五方の神が充てられている。この五方の神は、
 方位や季節を表すとともに、人間が生活するうえで、必要不可欠な物質の生成を意味す
 るものと思われる。
  なお、9個の天蓋が吊される意味は、陰陽五行思想の「九星」の考え方が取り入れられているものと思われ、方位は、東、西、
 南、北の四つの正位とその間の東南、西南、西北、東北の四隅からなり、この四正四隅に中央を加えると九方位となる。このよ
 うに細分化した方位の九区画には、それぞれ一白、二黒、三碧、四緑、五黄、六白、七赤、八白、九紫の色彩名が割り当てられ
 たが、それが「九星図」、あるいは「九気図」である。また、九星図を方形にしたものが「洛書」と呼ばれ、「5」を中心にし
 て、縦、横、斜のどの方向から数えても総和は必ず15となる。いわゆる「魔法陣」である。「9」は、陰陽道では最も極まった
 数字、あるいは最大の数字で、この洛書に見られる数の配置は、天地の運行の順を示したものとされる。

3 切り飾り
  「切り飾り」は、一般的には「切り紙」と呼ばれている。この切り紙は、祭祀用として発生し
 たといわれ、正月飾りの切り紙、小正月や盆、祭礼に用いられる切り紙、神楽や延年の舞の舞殿
 を飾る切り紙などに大別される。切り紙の呼称は地域によって異なり、「切り飾り」「ざせち」
 「袴紙」「切り透かし」「きりこ」「えりもの」「垂れ紙」などと呼ばれ、白い和紙のその清浄
 なる美しさと祈りを込めた手技とが相まって、独特の荘厳な世界が作り出されている。
  中国の切り紙は、正しく鋏で切り抜いたものが剪紙と呼ばれ、小刀などで彫り刻んだものが刻
 紙と呼ばれている。このほかにも撒紙(指でちぎって形にしたもの)、剪影(シルエットの形に
 したもの)などがあるが、最も一般的なものは剪紙とされている。中国の剪紙も日本と同様に祭
 祀用として発生したとされ、その起源は紀元前に遡るといわれている。
  雲から吊り下げられた天蓋枠には、中央、東、南、西、北や春、夏、秋、冬の文字を切り抜い
 た「切り飾り」が貼られ、また、舞殿の周囲にも、春、夏、秋、冬の文字を切り抜いた切り飾り
 が同様に貼られる。これは、前述したように、単に舞殿の装飾のためだけに配置されるのではな
 く、陰陽五行思想の法則に基づき、最も重要視される時間、空間である春、夏、秋、冬の四季や
 中央、東、南、西、北の方位を、文字や草花などで表し、舞殿を雄大な宇宙の秩序と合致させる
 ための手段、方法と思われる。
  なお、季節を表す切り飾りは、桜の背景に春の文字、花菖蒲の背景に夏の文字、菊や紅葉の背景に秋の文字、笹や竹の背景に
 冬の文字などが切り抜かれ、「東方」に春の切り飾り、「南方」に夏の切り飾り、「西方」に秋の切り飾り、「北方」に冬の切
 り飾りが、それぞれ配置される。

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