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◆今週の記事

◆それはゲーム機の名前じゃなくて

 リズ=トラスといえば、イギリスの前首相。保守党の政治家で、2022年9月に首相の座に就くものの、わずか49日で辞任という、イギリス政治史上の最短記録を作ってしまった。ただ、その短い間に女王エリザベス2世の死去とチャールズ3世即位というビッグイベントがあり、そのことだけで歴史に残ったような運がいいんだか悪いんだか分からないところも。短命政権で終わったのは就任直後からその経済政策方針が市場の混乱を招いて与党支持率を一気に低下させたから、というのが通説だ。

 このトラス前首相が、2月下旬にアメリカの保守メディア、FOXニュースに寄稿して、「自分が短期政権で終わったのはディープ・ステートのせい」という趣旨の主張をしてちょっとした騒ぎになっている。
 知らん人にはさっぱり分からないこの「ディープ・ステート」、略して「DS」という言葉、これは表の国家・政府あるいは国際社会を裏から動かしている闇の勢力、影の政府を意味し、要するに典型的な陰謀論用語である。そりゃまぁ、どこの政府だって国際組織だって、それを支持したり支援したり影響を与えたりする勢力はあるが、ここでいう「DS」というのは実に曖昧かつ空想的で、陰謀論大好きのアメリカではローマ教皇庁やらイギリス王室、はたまたロスチャイルド家に代表されるユダヤ資本家、あるいは世界的な大企業や大富豪などなど、あれもこれも「DS」を構成するものとされている。まぁ要は、主張する人が嫌ってる者はなんでもDS扱いできちゃうわけで。
 この手の「ディープ・ステート」の発想自体は昔からあるものだが、近年というかここ数年はこれがトランプ前大統領を熱狂的に支持する人々(Qアノン系)の陰謀論と結びついて、いっそうカオスに、さらにスピリチュアル志向とも深くつながって、アセンションするだの次元上昇するだの新地球へ転移するだの銀河連合やらプレアデス星人やらまで登場する、ほとんどカルト宗教状態となってしまっている。

 トラス前首相が「ディープ・ステート」という陰謀論用語を、どこまで本気で使ったかはわからないが、2月22日にアメリカのメリーランド州で行われた保守派の集会に登壇してやはり「政治権力が政治家の手からディープ・ステートに移った」と主張、この集会は親トランプが多く集まったとされるだけに、トラスさん、かなり深めの陰謀論にハマっているように見える(受けを狙った可能性もあるけど)。そのあとトランプ氏の元側近バノン氏とTV番組で対談して、英紙「フィナンシャル・タイムズ」を手にして「ディープ・ステートの友人」呼ばわりしたというから、かなりトランプ支持の陰謀論者を意識して発言してるようにも見える。

 この一連の発言に対し、イギリスの野党・労働党党のスターマー党首は「保守党はいつから政治をあきらめて地球平面協会の政治部になったんだ」とイギリス流に皮肉った。「地球平面協会」というのは、アメリカに存在する団体で、地球は球体ではなく平らな円盤状であり、中心に北極があって円盤の円周部分に南極大陸が広がって、その円盤の上空には「天蓋」という大きな蓋が覆っている、と考える人々が集っている。中世以前の世界観かよ、と驚かされるが、アメリカってあれでキリスト教原理主義が強い国で、地球平面説や進化論否定説などが想像以上に跋扈している。で、こうした世界観を持ってる人が「ディープ・ステート」説を信じる陰謀論者と大きく重なっていて(DSにイギリス王室やバチカンを持ち出すのはアメリカ宗教右派ならでは)、だからスターマー党首の発言につながったわけ。トラス氏の議員辞職を求める声や、スナク首相も党籍剥奪を検討してるとか報道も見かけたが、今のところそこまでの事態にはなっていないっぽい。トラスさん、四月に回想録を出すそうだが…

 この話が出た後、共同通信が日本における同様の陰謀論の取材記事を出していて、福井県議会議長までつとめた斎藤新緑氏とか、立憲民主党の衆議院議員・原口一博氏がインタビューされていた。前者の斎藤氏はアメリカ由来の陰謀論にどっぷりハマって、反ワクチン説だけでなくケネディJr.やマイケル=ジャクソン、ダイアナ元妃が実は生きていて再登場するといった珍説まで全部信じて自身の広報誌で主張、そのせいか選挙で落選し、近頃は完全に宗教がかった活動に走っている。後者の原口氏はハマり程度はそこまでではなさそうだがやはり反ワクチンで親トランプ、ディープ・ステートの存在も信じていた。

 僕自身も2020年のアメリカ大統領選挙の際の日本の保守文化人に広がった陰謀論にかなり興味を抱いて、以来この手の話をずっとネット上でウォッチしているのだが、あの時の保守系文化人の陰謀論者たちはバイデン大統領が就任式をしたあたりで大半が手を引いたが(でも自分が間違っていたとは認めてない)、その後はかなりディープにオカルト・スピリチュアルの色が濃い陰謀論者たちがあきらめることなく主張を続けている。彼らは毎月二度か三度は日付指定で「いよいよ世の中がひっくり返る」と騒ぐのだが、この三年間何も起こらないまま。それでもめげることなく主張を続けてる連中がいるのも驚き呆れれるが、さすがに昨年あたりから「疲れた」と脱落者も出てきてるようだ。
 彼らの主張はホントに多岐にわたっていて、まず全世界のディープ・ステートとその協力者が根こそぎ大量逮捕される、いや逮捕は現実に進んでいる、というのがある。彼らの言う「光側」「アライアンス」「ホワイトハット」などと呼ばれる正義の味方たちが世界中の政治家・企業家・官僚・芸能人などなどを逮捕し裁判にかけていることになっていて、日本でも岸田文雄首相はじめ国会議員や高級官僚の大半、なぜか芸能人まで大量逮捕されてることになっている。それなのに彼らが普通にメディアに露出して活動していることについては、それは「ゴムマスク」をつけた演者(彼らはこれを「2.0」と呼ぶ)であり、全てスタジオで撮影されたフェイク映像と主張している。これはアメリカの陰謀論者たちが「トランプは今も大統領としてホワイトハウスの主であり、バイデンの様子はゴムマスクをかぶったニセモノによるフェイク映像」と主張してるのをマネたものだ。

 それだけでなく、世界的な金融崩壊が起こって、「金本位制」「量子金融システム」によりお金もいらず働く必要もない社会になるとの主張もある。その前座として「為替レート見直し(RV)」なるものが実施されるとかで、イラクのディナール、ベトナムのドンの価値が上昇するぞと金儲けをそそのかす話もそれこそ何度も流れているが、いつまでたっても現実にならない。さらには隠された超技術が公開されるというおなじみの陰謀論もついていて、フリーエネルギーだのあらゆる病気を治しちゃうメドベッドなるものまで登場すると三年間ずっと主張されてるが、もちろん一度として形になったことはない。

 これら一連の「隠された事実」が、ある日突然電波ジャックによる「世界緊急放送(EBS)」によって世界中に暴露される、というのも彼らの主張の定番で、これもこの三年間、予定日を何百回聞いたかわからない(笑)。だいたい月末に近づくと来月の初めにある、という話になるのがお約束で、現在でも4月1日説。、4月8日説が性懲りもなく主張されている。とにかく彼らにとってこの「世界緊急放送」こそが最大の希望で、これが放送されれば今まで自分たちを嘲笑っていた人々が仰天して自分たちの正しさを思い知るその時をワクワクと待っている。なかなかあきらめないのもその辺の理由があるんだろうな。

 こうした陰謀論はだいたいアメリカ由来で、日本のQアノン系陰謀論者はその受け売りが大半なんだけど、日本陰謀論者独自の主張は、「EBSや量子金融実現後の新地球では日本が世界のリーダーになる」という、非常に図々しいものである(笑)。また日本のDSとされるのは実はみんな在日朝鮮人、というこれまた古い陰謀論も融合していて、世界人類の愛を説いてるくせに彼らに対しては容赦なく排斥する姿勢だ。おおむね右翼的主張なんだけど、なぜか天皇・皇室については「ニセモノ」扱いしてDS勢力のラスボス扱い、最終的排除対象とするのが独自性といえば独自性。なんかこの辺、自称南朝子孫とか、伏見宮系旧皇族(自称含む)なんかが陰謀論を唱えていることとリンクするのか気になるところ。
 ただ、やや救いなのはこうした陰謀論者たち、自分たちが率先して何かをする気は毛頭なく、「トラさん(トランプ氏のこと)」「光側」「アライアンス」はたまた「銀河連合」といった正義の味方達が全部やってくれる、という能天気な他力本願なので何かをやらかすようには見えない。さらに言えば50代以上の年配者が圧倒的多数で若い世代の人はごく少数(これは陰謀論者たち自身が嘆いていたので確からしい)であることも安心材料(?)に挙げられる。彼らは自分たちを先覚者として、世間一般を「まだ目覚めない子羊たち」などと嘲っているんだけど、だいたい50、60過ぎてから「目覚めた!」とか急に言い出す人は頭の回線のどっかがショートしたものと考えた方がいい。

 で、話をトラスさんの話に戻すと、首相経験者である彼女が「ディープ・ステート」を口にしたからさぞ日本の陰謀論者たちは喜ぶだろうと見ていたら、意外にも言及してる人がほとんどいなかった。、彼ら、メディアを敵視してるし記事も目につかなかったかな、とも思えるが、ひとつ考えたのは、彼らの陰謀論ではディープ・ステートはもはや虫の息というところまで追いつめられていて、すぐにも世の中がひっくり返る、という主張にトラスさんの発言がマッチしなかったからではないか、というもの。彼らとにかく楽天的で、「ネガティブなことを考えると波動が下がって願いが実現しなくなる」という考えなので、トラスさんの言ったような強大なDSじゃ都合悪かったんじゃないかと。、



◆化けがはがれりゃただの石

 「化石」の話題、しかも億単位の昔が関わる話なんだけど、実のところ「科学史」というレッキとした歴史分野の話になる。

 今から93年前の1931年にアルプス山中で発見された、およそ2億8000万年前と推定される爬虫類の化石標本が、イタリアのパドバ大学自然博物館に収蔵されていた。2億8000万年前といえば、いわゆる「恐竜」の時代より前になり、地質年代では古生代ペルム紀に入る。このペルム紀の終わりに地球史上最大の大量絶滅が起こり、その後の時代が恐竜に代表される爬虫類が栄えた「中生代」となる。したがってこの時期の爬虫類はその初期のものであり、しかも黒っぽい皮膚組織の残留物のようなものまでくっついているという貴重な標本と見なされ、「トリデンティノサウルス・アンティクウス」という学名もつけられて、この一世紀近くのあい各種研究でたびたびとりあげられる存在となっていたという。

 ところが。この化石、実は真っ赤なニセモノであったということが判明しちまったのである!”
 いつからかは知らないが、この化石標本に疑念の声はあがっていたらしい。そもそもトカゲっぽい輪郭を残したこの標本と同じような化石が他に一切確認されていない。研究が進むなかでこの化石標本が進化過程から考えておかしいという見方も出てきたし、実は標本そのものをちゃんと調査したことがなかった。そんなこんなで、ようやく2021年にになってこの標本の本格的調査をすることになったわけだ。
 調査は標本の紫外線撮影から始まり、顕微鏡を使ってさまざまな波長により分析を行って、この標本の「正体」に迫った。その結果、この標本は岩の上に刻んだトカゲ様の輪郭に黒い物質を塗りこんだものであり、その黒い物質は「獣炭」と呼ばれる顔料にすぎないことが判明した。「獣炭」は動物の骨を燃やしてつくる顔料で、この「化石」が発見された当時は普通に市販され容易に入手できるものだったそうで、これでこの「化石」は当時の人間によって偽造されたものと断定されたのだ。

 誰がなんでそんなことを、と首をかしげるところだが、入手経緯がよくわからないので何とも言えない。発掘された現地住民が売り込むために作ったのか、はたまた成果を挙げようとした研究者による巧みな偽造か。これだけ長いあいだバレなかったくらいなので後者の可能性が高い気もするんだけど。
 古生物学史上ではこの手の話は時々あって、僕もこのニュースに接したときに最初に連想した有名な例がイギリスにおける「ピルトダウン人捏造事件」だ。これは1911年に「発見」された化石人骨の頭部に現生人類の特徴と類人猿の特徴の両方が認められ、人類進化の過程を示す最古の化石人類とされたもので、1949年になって実は現生人類の骨とオランウータンの骨を合体・加工して作った捏造化石と断定された、というもの。これも犯人が誰なのか確定はしていないのだが、今回のケースと似たところがあったんじゃないかな、と感じている。

 さらに連想になるが、我が国で起こった「旧石器捏造事件」も発覚から四半世紀に近づいている。当時の「史点」でもとり上げた話題なので興味のある方は過去ログを探しだしていただきたいが、あの大騒動も知らない人が多くなってきてるよなぁ。



◆世界ふしぎ発掘!

 38年も続いていた歴史系TV番組「世界ふしぎ発見!」もとうとう終了した。僕も歴史番組の一種としてかなりの期間習慣的に視聴していたんだが、ここ十数年くらいは見ていなかった。面白いといえば面白かったんだけど、いつからか面白さ優先、少々無理のあるクイズ仕立てが鼻についたせいもある。ま、終わると聞けばやはり惜しいものではあり、ここにそのタイトルをパロらせていただいた。

 3月4日にエジプトの観光・考古省が発表したところによると、エジプト中部のミニヤ県アシュムネインの遺跡を調査していたエジプト・アメリカ合同チームが、古代エジプトでもっとも有名なファラオ・ラムセス2世(前1303頃-前1213頃)の彫像の上半身を発見した。ラムセス2世といえば旧約聖書のモーセによる出エジプトのころのファラオとされ、映画「十戒」などでカタキ役として登場することも多い人物だが、その治世にエジプトは大変に繁栄し、数多くの神殿など建造物を建てまくった名君と言われている。有名なアブシンベル神殿も彼が建てさせたもので、その正面に並ぶ四つの巨大な座像は全部ラムセス2世の姿である。一つの神殿にもその調子だから、彼の彫像自体はたくさん見つかるようなのだが、今回発見されたものはちょっと変わっていた。

 上記のように今回発見されたのは彫像の上半身だけ、それでも3.8mはあるというシロモノだったのだが、実はこの彫像の下半身は実に94年前の19340年にドイツの調査隊により発掘されていた。上半身と下半身はぴったりと合わさることが確認されたそうで(直接つなげたかどうかは報道では不明)、全身像は約7mもの高さになるという。
 いやぁ、凄い話だなぁと思いつつ、上の記事の最後に触れた「旧石器捏造事件」のなかで「何十kmも離れて見つかった石器の破片二つがピッタリと合った」という例を思い出してしまい…もちろんあれも捏造だったと断じられているのだが、こういう彫像ではそんな工作も難しいだろうな。


 さて一方、日本の古都・奈良の平城京の遺跡から、大量の木簡が発掘され、これらの中に「大嘗祭」(天皇が即位後初めて行う新嘗祭)に関係する文言が見えることから、奈良の大仏創建で知られる聖武天皇(701-756)の大嘗祭の時の遺物ではないかと話題になっている。
 大量の木簡が見つかったのは平城京の正門である「朱雀門」から南東に200mほどいったところ。そこに2.8m×2.5mの方形の穴が見つかり、そこに一千点におよぶ木簡が水に浸かった状態で出てきたのだ。木簡とは紙が貴重だった時代に書きつけ用に使われた細長い板で、今回みつかったものは判読できた文字から大嘗祭に使用するため各地から都に運び込まれてきた品々の「荷札」であったと思われる。数点に「大嘗」の文字が読み取れたほか、「神亀元年」という年号も確認された。神亀元年とは西暦724年、まさしく聖武天皇が大嘗祭を行った年だったというわけ。これらの荷札木簡は、当時は大嘗祭が終わってしまえば特に価値もない、集めて穴掘って捨てちゃった、ということのようた。
 
 もちろん現在ではこれら木簡は研究者にとって「宝の山」。内容が秘密にされている大嘗祭の実態に迫れると期待の声もあった。それにしてもその大嘗祭から今年でちょうど1300年、というのが凄い偶然。今やってる大河「光る君へ」がおよそ1000年前の古い時代を扱った大河なんだけど、こちらはさらにそこから300年も昔の話なんだよなぁ。そんな昔の「荷札」がゴソッと出てくる、というところに歴史好きはゾクゾクしちゃうのだ。


 お次は発掘といえば発掘なんだけど、実際に土から掘りだしたという話ではない。
 アメリカはマサチューセッツ州の民家の屋根裏にあった元軍人の遺品の中から、東アジア系の巻物や古地図、陶磁器など22点が発見された。見つけた遺族はこれは何やら貴重なものだと判断、売りに出すのではなくFBIに通報した。つまり、これはどうも盗品なのではないかと疑ったわけだ。FBIの美術品盗難捜査班が調査したところ、予想通り、日本から盗難美術品リストに挙げられていた品も含まれていた。なかでも巻物類をスミソニアン博物館で開いてみたところ、琉球国王・尚敬王(第13代)と尚育王(第18代)の肖像画(「御後絵(おごえ)」と呼ばれる)が確認され、これらは戦前に撮影された白黒写真で存在が確認されていたが戦後行方不明になっていたものだったのだ。

 太平洋戦争末期の沖縄戦では首里城はじめ琉球王国の文化財の多くが失われ、あるいは混乱の中で勝手に国外に持ち出されていた。今回発見された文化財を持っていた元軍人は沖縄戦への従軍はなかったといい、文化財に添えられた手紙により他の誰かから入手したものと見られている。
 こうした略奪文化財を元の国に返還するというのは最近よく聞く話で、「御後絵」をはじめとするこれらの品物も沖縄県へと返還された。白黒写真しか残っていなかった「御後絵」がカラー写真で公開されていたが、少し色あせた感じがするのは戦前の時点でそうだったのか、アメリカでの保管中にそうなったのかはこれから解明するとのこと。
 沖縄の研究者たちは「令和の大発見」とまで言ってるそうだが、略奪文化財はまだいくつかあると見られているそうで、いずれまたどこからか見つかるのかもしれない。



◆んちゃ、ばいちゃ

 近年、僕自身も子どもの時から親しんでいた漫画家さんが次々と亡くなっている。年齢的なことからいえば自然な流れではあるんだけど、次々と聞くとやはり寂しいものではある。ここんとこ漫画家にしては平均寿命並みに生きた方が続いていた気もするのだが、3月1日に亡くなった鳥山明さんについては、さすがに「早すぎる」と驚かされ、いろいろと漫画史的な意味でも感慨を深く抱きもした。大ヒットを飛ばした漫画家は数々いるが、この人はいろんな意味で突出した存在、ともすれば異端児的な人でもあり、なおかつ「Dr.スランプ」「ドラゴンボール」の超ヒット作を連打して、実のところそれ以外は…そもそも漫画執筆自体から離れてしまった、という、果たしていち漫画家としてどうだったんだろうと思ってしまうところもあった人だ。

 鳥山明氏は1955年生まれ。68歳という若さで亡くなってしまい、漫画家短命説をさらに補強する例となってしまった。アニメの声優さんの訃報に接した時もそうなのだが、子どもの時に慣れ親しんだけど本人のお顔を見たことがない、という人ってずっと若いイメージを持ってしまいがちで、鳥山さんの訃報に接した時も「早死に」と思いつつ「もう70近かったんだ」と驚きもした。
 漫画家デビューは1978年。最初から漫画家志望だったわけでもなく、高校まではデザインを学び、デザイン関係の会社に就職したが「朝に弱くて遅刻が多かった」とかですぐに退職。定職につかぬままブラブラしてると金に困ってしまい、たまたま喫茶店で見かけた少年マガジンに新人賞募集が載っていたので賞金目当てで応募することに。しかし描き上げたら締め切りを過ぎていたため、毎月新人賞ががある少年ジャンプに応募、受賞はできなかったものの(パロディ作品だったので対象外にされたとも言われる)描き文字がアルファベットであるなど独得のバタ臭い絵のタッチやセンスがあの鳥嶋和彦編集者の目に留まり、漫画を描き続けることを勧められる。

 鳥嶋氏によれば、鳥山氏は「漫画の描き方をほとんど知らなかった」という。またご本人も漫画を熱心に読んでいたのは小学生までで、「鉄腕アトム」「鉄人28号」あたりで漫画の知識も止まっていたという。のちに「Dr.スタンプ」が「ドラえもん」に似てるといわれた時も鳥山氏本人は「ドラえもん」すら知らなかったとか。あのバタ臭い独得の絵(特に初期)も、日本の漫画よりもディズニーアニメやアメコミの模写をしていたためと言われている。一方で映画やドラマなど多くの映像作品は見まくっていて、それが結果的に漫画家として役立つ蓄積になっていたのだろう。
 鳥嶋氏に大量のボツを食らいつつ修行した末に読み切り短編で少年ジャンプにデビュー(この逸話、漫画編集者は新人漫画家によく言って聞かせるそうで)、いくつか短編を描くも特に人気は出なかったが、1980年に連載開始となった「Dr.スランプ」が爆発的ヒット、社会現象になるほどのオバケ作品となる。これだって連載初回掲載号は表紙のどこにもその姿がない扱いであり、鳥山・鳥嶋両氏も「次は何をやろうか」と次回作の相談をしていたくらいだという。

 先述のように鳥山明作品の絵は当時としてはかなり独得で、日本漫画史上「絵」で革新を起こした例として、手塚治虫大友克洋と並び称せられることもある。鳥山明の絵はギャグ漫画として大きくデフォルメされながら異様に細かい書き込み、ちゃんと3次元的に描かれているのが大きな特徴で(これは最初期の投稿作品からそうだったといい、のちにドラクエが3D化した際に再認識される)、最初から漫画家ではなくデザイナーを目指していたからでもあり、日本の漫画より欧米のアニメ・コミックの影響を受けたために「突然変異」のように現れたように思える。もちろん絵だけでなくギャグやストーリーつくりの才能も突出していたからこそあれだけの人気作を作れたわけだ。
 新しい才能が出てくると必ずチェックして嫉妬するほど意識することで有名だった手塚治虫も、大友克洋と並んで鳥山明を強く意識し、「大当たりする鳥山明のパターンが漫画の姿なのか…、鳥山明にはかなわんです」というコメントも残している。鳥山明も知らなかttあ「ドラえもん」の1話に「ドクターストップ・アバレちゃん」なるギャグ漫画を描いて時間の余裕がなく苦しむ人気漫画家が出てくる話があって、藤子・F・不二雄も相当に意識していたということなんだろう。

 大人気となった「Dr.スランプ」だが、連載3年ほどで鳥山氏はネタに苦しむようになり、ジャンプ編集長に連載終了を直訴までしている。しかし人気があるうちは絶対にやめさせないのが少年ジャンプ、編集長は「Dr.スランプ」より面白いものが描けるなら」と応じた。結局連載四年で「Dr.スランプ」は終了(いま考えると大ヒット作の割に短期だが)、さして間を置かず次作「ドラゴンボール」の連載を開始する。
 これも結構有名な話だが、「ドラゴンボール」は結構難産で、主人公・孫悟空のデザインに担当編集者の鳥嶋氏がOKを出すまでかなりのボツ案の山が築かれた。連載開始後しばらくは人気が低迷し、唐突に前作「Dr.スランプ」のペンギン村に迷い込む展開になったのもテコ入れ策だったのだろう(ずっとあとで地球が崩壊しかけるくらいの展開のなか、ペンギン村の皆さんはどうしてたんだろうとずっと気がかりで…)。当初西遊記パロディな、結構下ネタもあるギャグ路線だったのが、「天下一武闘会」をはじめとするバトル漫画へ路線変更、これが盛大に当たって、「ドラゴンボール」は日本のみならず全世界的な大ヒット漫画へと変貌した。「北斗の拳」のせいでもあるんだろうけど、このころのジャンプ連載漫画はみんなバトル漫画化していたっけなぁ。

 そのうちに主人公の悟空が一気に長身に成長するというサプライズもあり、バトルものの常で話が進むにつれ敵の設定もインフレが進み、宇宙まで舞台は拡大、一番受けていたのがこのころだと思うし、鳥山氏自身もこのころが一番ノッて描いていたとコメントしているのだが、この時期にはギャグはほぼなくなってシリアスで派手だが殺伐とも思えるバトルの連続に、僕なんかはあまりノれなかった。個人的には初期のほんわかムード、ギャグ路線の方が鳥山明の本領ではないかなぁ、と思っていたのだ。
 「もうちょびっと続くんじゃ」というのがこのころの区切りごとの決まり文句になっていたけど、「ドラゴンボール」は休むことなく次々と新章に突入し、延々と連載が続けられた。正直なところ鳥山氏ももっと早く終わらせたかったらしいのだが、世界的に人気絶大な「ドラゴンボール」はジャンプ編集部だけでなくアニメ会社など各種企業の利益に関わるコンテンツになっていて、やめようにもやめられなくなってしまっていた。のちに鳥嶋氏も「フリーザ編で終わるべきだった」と言ってるくらいなのだが、連載は続けられた。アニメ制作の進行の都合で下書きをアニメ側にも見せなきゃいけない事態にもなっていたそうで、さすがの鳥山氏も限界に達し、これでひとまず連載終了という約束をとったうえで「魔人ブゥ編」を描き上げ、連載は終了となった。この「ブゥ編」は連載開始当初のほんわかギャグ路線がちょっと戻ってきた感じもあって僕は好きだったりする。

 「DB」連載終了後、鳥山明は漫画執筆から遠ざかる。あまりに無理やり描いたせいか、あんなに絵を描くのが好きだった人が、ペンを握って紙に向かうとアレルギーを起こすほどになってしまったのだ。これは絵描きとしては大変な悲劇とも思うんだけど、幸い鳥山氏はぼちぼち漫画家たちの間に広まっていたパソコンによる漫画製作に取り組み始め、漫画描きを再開できるようになった。それでも長期連載は一切しなくなり、「DB」の続きも他作家に任せて監修にとどめ、「ドラクエ」等のゲームやメカのデザインの合間に短い作品を時々発表するにとどめていた。まぁ十分すぎるほど稼いじゃったろうし、メガヒットを2作も出せば漫画化としてはレジェンド級の大成功の部類、手塚治虫みたいにひたすら量産し続けるほうが異常なんだろう。鳥山氏はもともと「面倒くさがり」と自認していて、悠々自適なマイペース状態はよかったのかもしれない。読み手としての僕は、もっといろいろ描いてほしい気分だったのでそんな状態はちと残念だったのだけど。

 「DB」がハリウッドでハチャメチャな実写映画化をされ、それについて直接的な文句は言ってなかった気がするが、その後で製作された劇場版アニメ「DB」には原作者としての意地といった姿勢を示して脚本作りから積極的に参加していた。今となってはそれが晩年の仕事ということになってしまったのだけど。今年秋からまた「DB」TVアニメもやるそうで、その関係の仕事が最後であったみたい。亡くなった経緯の詳細は知らないが、昨年のうちに脳腫瘍が見つかっていて今年2月の手術することに決まっていたという。報道で見た昨年時点での当人の口ぶりだとまさか急逝することになるとはまったく思っていなかった様子だ。もちろん実際どうだったのかは分からない。

 「鳥山明」の訃報は一週間後に公表され、世界的なニュースとなった。その知名度の高さは「DB」によるところがほとんどだったように思える。中国政府外交部の報道官も鳥山明死去に言及し、中国でも広く読まれたとして追悼の意を示していたが、思えば「Dr.スランプ」の後半の摘さん一家とか(あの漢字ギャグは中国語訳不可能だろうふが)、「DB」はそもそもが西遊記由来だったので特に初期に中国的要素は多く、掲載誌の欄外のファンレター呼びかけに「『信』(中国語では手紙のことをこうかく)」とあったりと、あの時期の少年たちに与えた「中国」イメージの影響って結構大きかったんじゃないかと。
 このほかにもフランスのマクロン大統領が直筆サインをネット上で披露したり(鳥山氏は2019年にフランス芸術文化勲章を授与されている。日本の漫画家では松本零士・大友克洋・永井豪・高橋留美子が授与されている)、アルゼンチンではファンが広場に集まって「アキラー!」と絶叫して追悼するなど、その世界的存在感を改めて思い知らされた。日本政府も官房長官が会見で言及はしてたけど、ネット上で噂された国民栄誉賞って話にはならなかったみたい。国民栄誉賞を受けた漫画家は今のところ「サザエさん」の長谷川町子だけである。

 とりとめもなくいろいろ書き並べたが、これがまた一つ「時代の終わり」なのかもしれない。これまでも「史点」では漫画家の訃報を何度か扱ってきたけど、今回はまたいっそう「自分の世代」が重なることもあって思うところをザザザッと書いてしまった。


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