怪盗ルパンの館のトップへ戻る

☆漫画にみる怪盗ルパン

おまけ企画
モンキー・パンチ「ルパン三世」とおじいちゃん

☆はじめに
 このサイトのトップに掲げた文章にもありますように、「怪盗ルパン」になじみの深い日本においても「ルパン」と聞くと「ルパン三世」のほうをまず連想してしまう人が圧倒的であるようです。僕なんか小学生上級から「一世」の方のファンだったもので、「ルパン」といえば「三世」のこととしか思わない周囲の友人たちに絶望的な気分になったもんです(笑)。「ルパン三世」は特にアニメ版によって世界的にも広く知られているため、こうした現象は日本だけではないようです。
 というわけで、「一世」のファンとしてはどうしても「三世」には若干の恨みもあるのですけど、「三世」から「一世」の存在を知った人も少なくないですし、「三世」そのものも「一世」の強い影響下にある、いわば「派生作品」であることも間違いありません。そして漫画版、アニメ版を良く見ていけば、そこかしこに「一世」とのつながりが見つかります。このコーナーでは「ルパン三世」ワールドにおける「アルセーヌ・ルパン」を紹介・検証してみたいと思います。



☆そもそも「ルパン三世」とは何か?

 「ルパン三世」といえば、怪盗アルセーヌ・ルパンの孫…というのは「常識」でありましょう。ただこの設定は最初からそうと決まっていたわけではないようです。
 原作者のモンキー・パンチ氏がポプラ文庫版「奇巌城」の解説に書かれた文章によりますと、そもそも「漫画アクション」誌創刊の一年前(1966年)、その巻頭に何か書かせてやると編集者に言われ「即答しないと仕事がもらえない」と思い、パッと思いついたキャラクターを口にした、それが中学時代以来ハマっていたアルセーヌ・ルパンだった(もう一人、「怪人二十面相」の名も挙げたそうです)。無国籍タッチの自分の絵には外国ものがいいだろうと「ルパン」を描くことに決めたが、「ルパンの三代目ぐらいがちょうどいいだろう」と考えて(恐らく現代を舞台にするため)、「ルパン三世」というタイトルを決定した。ただし当初は本物の「ルパンの孫」ということではなく、あくまで現代に出現したルパンのような怪盗ということでついた「あだ名」という設定だったといいます。しかし編集者から「面倒くさいから本当に孫にしろ」と言われ、「アルセーヌ・ルパンの孫=ルパン三世」ということに落ち着いた、ということです。
 モンキー・パンチ氏が他のところで語っていたものでは、「最初は元祖のアルセーヌ・ルパンを漫画にする気だったが、青年誌の連載ということもあって孫に変更した」とするものを見かけたこともあります。どちらが真相というよりそれらが複合した事情だったのでしょう。

 なお「ルパンの孫だからルパン三世」という名乗りは本来は誤りで、ナポレオン三世だのルイ16世だのを見てもわかるように本来はファーストネームに「○世」とつけるもの。このため欧米圏では「ルパン三世」について「アルセーヌ・ルパン三世」と表現し、従って「三世」のファーストネームも「アルセーヌ」ということにされているようです。


☆三世と一世のつながりは?

 さて楽屋話を離れて、「ルパン三世」と初代ルパンのつながりを作品世界のなかで検証してみましょう。
 初代のアルセーヌ=ルパンは1874年の生まれ。ルブランが書いた小説の中で確認できるルパンの子供は三人おり、いずれもルパンが20代から30代にかけて、つまり1890年代から1900年代に生まれた子供です。そのさらに子供、孫となると1920年代〜30年代に生まれてそうな気がします。ルパン三世の生年月日については原作漫画でも全く不明ですが(三世自身が「知らない」と言ってます)、1960年代後半に連載が始まった時点で仮に20代〜30代と仮定すると1930年代〜1940年代生まれとなります。

 原作漫画では宿敵の銭形警部が同じ大学の「三年上の先輩」という設定が出て来ます。アニメ版のみの設定なのですが銭形警部は「昭和一ケタ」(「カリオストロの城」)であり「戦中派」(TV第2シリーズ「南十字星にダイヤが見えた」)とされています。これを信じると銭形の推定生年は1930年前後、三世は1930年代前半生まれという推定が出来ます。ただし「1937年12月25日生まれ」と明記されたケース(スペシャル「バイバイ・リバティー危機一発」)もあり、これを採用すると1940年生まれまで遅らせることも可能。どのみちアニメ版は製作された時期により設定がまちまちになってますから参考程度に留めておいた方がよさそうです。
 
 さてルパン三世はルパンの子どものうち、誰の子なのか。これは一世三世双方のファンがあれこれ推理を楽しんでいるもので、シリーズ中ルパンの息子として印象が強いジャンの子供か、とみる声が多いようです。ところが原作者のモンキー・パンチ氏が「ルパン三世の伝記作者」の立場で三世とのなれそめを書いた「夢を食う冒険児ルパン三世」という一文(名探偵読本7「怪盗ルパン」、パシフィカ、1979刊に掲載)の中で、以下のようなことが書かれてるんですね。

 「ルパン三世自身、自分の出生の経路がはっきりとはよくわかっていないようだ。ルパンの娘の子として生まれ、アルセーヌ・ルパンの三代目、ということぐらいしか知らない。(中略)物心ついたころには、すでに母は亡くなっていた。もちろん父も覚えていない。日本人であったようだが、ルパンの娘が、父である日本人とめぐりあった道すじなど知りようもない」

 あららら、実は原作者はルパン三世当人から聞いた話としてハッキリ明記していたんですね。そう、「三世」はルパンの娘の子、つまり女系の三代目だったのです。しかも父親は日本人で「日仏ハーフ」。原作漫画でもアニメでも三世にはそこかしこに「日本人」としか思えない発言や行動が見られますから、ルパンの孫でありながら日本人、ということになると、「ルパンの娘の子の日仏ハーフ」という設定にせざるを得なかったのだと思えます。
 
 だとすると、ルパン三世の母親は、『813』に登場したジュヌビエーブなのでしょうか?当サイトの『続813』のネタばれ雑談での考察ではジュヌビエーブは1894年生まれと推定されています。その彼女が1930年代後半以降に出産をするのは不可能ではないけれどもちょっと…という気もするところ。しかも彼女は自分の父親がアルセーヌ・ルパンだということを知らぬままでいたようですから、日本人を婿養子「ルパン二世」として結婚するというのも不自然。
 まぁあっちこっちに落としダネがいそうなアルセーヌのことですから、ルブラン作品に登場しなかった娘がどっかにいたのかもしれませんが。

 その一方で、実はアルセーヌ・ルパンその人にすでに日本人の血が入っていた…という驚きの設定が出てくる話もあります。第83話「能ある悪党は牙を隠す(3)」はタイムマシンを操る怪人・魔毛狂介が登場しアニメ化もされた有名なエピソードですが、この中でルパン三世の祖先に「川向うの次郎吉」なる人物がいて、彼がフランス人ミレーヌ・ルパンと結婚して「次郎吉・ルパン」となったという話が出てきます。その結婚が嘉永3年(1850)のことだと言いますから、これはアルセーヌ・ルパンの祖父、すなわちテオフラスト・ルパンの父だと考えるとつじつまが合う。そういえばテオフラストはまだ幼児のアルセーヌに柔道と思われる「日本式武術」を仕込んだ、というかなり不自然な話『カリオストロ伯爵夫人』に出てくるのですが(フランスに柔道が紹介されたのは1889年。詳しくは当サイトのネタばれ雑談参照)、テオフラストが日仏ハーフだったとすると問題は解決しちゃうのです!


☆初期作品にみる「祖父」の影

 モンキー・パンチ氏が実際に当初「初代を描きたい」と考えておられたらしいことは、「三世」の連載初期に「一世」の物語をほうふつとさせるエピソードが多いことにもうかがえます。
 「ルパン三世」の記念すべき第一作「ルパン三世颯爽登場」はもちろんルパン三世の初登場作品ですが、それだけに読者はルパン三世の顔を知らない。限られた空間内で起こる事件のなか、「誰がルパン三世なのか」が読ませどころ。そして最後に正体を現したルパン三世は逮捕され、刑務所に送られるところで話が終わります。全然違う話と言えばそうなんですが、構造的には「祖父」の初登場作品「ルパン逮捕される」に非常によく似ています。なお、逮捕するのはルパン三世の宿敵銭形警部ではなく(この人もこの第一作から登場します)、なんと老人の姿で登場する明智小五郎です。

 そして続く第二作が「脱獄」。これまた「ルパンの脱獄」とよく似た構造を持っています。この一編はTVアニメ第一シリーズでもほぼそのままアニメ化されているので知ってる方も多いと思いますが、核心のトリックはまったく異なるものの、獄中で時間をかけて「別人」になりすます用意をする、ルパンは脱獄するに違いないという先入観の利用、というところに共通点が見出せます。
 さらに第8話の「フウテン探偵」。ルパン三世から新発明のマシンをいただくと予告された研究者が、近くに銭形警部が休養にやって来ていると新聞記事で知って彼に協力を求め…という、まさにどこかで聞いたようなお話で、これは核心部分のトリックまでがほとんど「原作」と同じ。翻案といっていいレベルのものだと思います。

 しかし、こうした「一世」をほうふつとさせるエピソードは以上のものに限られ、以後はより荒唐無稽で無国籍、エッチでコミカルな独特の「ルパン三世ワールド」が全開となって行きます。祖父の物語の影がちらつくのは「ルパン三世」の世界観が固まるまでの一時的現象だった、ということだと思います。


☆一世、二世、そして三世

 そして、「ルパン三世」の中に「祖父」その人が登場するエピソードがあります。そのタイトルもずばり「ルパン三世とアルセーヌ・ルパンの対決」(第37話)です。この第37話から4話は三世が自分の少年時代を告白した内容になっていて、その最初の一話が祖父・アルセーヌ・ルパンとの「対決」になっています。
 ただし、「対決」といってもこの話に出てくるアルセーヌはベッドに寝込んで死を間近に控えた老人(それでも美女たちを侍らせてる)。アルセーヌは高校生と思われる詰襟学生服姿の三世をベッドに呼びつけて命をかけたある試練を与え、それをクリアできたら莫大な遺産を譲ってやるともちかけます(下図)。三世はその試練を見事にクリアすることになるのですが、その裏ではアルセーヌのひどい陰謀が…という話で、未読の方のためにネタばれは避けましょう。
少年三世と老人一世

 この「対決」の話ではアルセーヌが死ななかったようにも思えるのですが、続く第38話「遺産7200億」ではアルセーヌが亡くなり、その遺産分配をめぐるエピソードになっています。このエピソードで三世はアルセーヌが著した泥棒の虎の巻『盗術』を遺産として受け継ぎ、これを学ぶことによってアルセーヌの莫大な遺産を引き継ぎ、祖父にも劣らぬ泥棒テクニックを身につけることになります。このアルセーヌ・ルパンの著書『盗術』はその後もしばしば漫画中に登場しています。

 第40話「ジャリ」では三世の父「ルパン二世」が登場。三世は祖父から父は死んだと聞かされていましたが、実は死刑囚として生きており、この話で脱獄し、息子三世と初対面します。ここでは本当に二世と三世の直接対決となりまして、二世は三世を「まだルパンの名を継ぐにはいたっていない」とか「ルパンらしくなってきた」と評しています。どうも「ルパン」というのはその血筋のみならず実力で「襲名」される歌舞伎の名跡みたいなもののようです(笑)。
 ところでこの「ルパン二世」、脱獄時の報道で「アルセーヌ・ルパンの子といわれている」と説明されています。だとするとアルセーヌの実の息子なのか?しかし「いわれている」とあるので「婿養子」であっても矛盾はないでしょう。原作者もあまり深く設定してなかったのだとも思えます。
 この「ルパン二世」、第11話「健在ルパン帝国」によるとルパン一家の活動を支える巨大組織「ルパン帝国」を建設しましたが、この話の中で「殺された」ことになっています。ただこの一話では次元大介に妹がいるとか、峰不二子の父が出てくるとか「この話限り」の設定が多く、初期段階の「ルパン三世」では各話ごとに設定がころころ変わってますので、ルパン二世が本当に殺されて死んだのかどうか分からないと言えば分からない。

車椅子一世と三世 漫画連載のひとまずの最終回となった第94話「さらば愛しきルパン!」は少々扱いに困る話。久しぶりに「ルパン帝国」に戻って来た三世は、死んだはずの父・二世と涙の再会をします。おまけにこれまた死んだはずと思われる三世の母も登場、三世はそれこそ子供のように泣きじゃくります。するとそこへ「なんじゃめそめそと!」と、これまたとっくに死んだはずの「アルセーヌおジイチャン」までが車椅子で登場。相変わらず美女を多数侍らせ、たくさんのお子様まで登場します(左図)。仮に雑誌掲載の時点、1969年の話とするとアルセーヌ=ルパンは御年95歳です。作者が意識したかどうかはわかりませんが、見た目には100歳近くの老人のように見えます。
 扱いに困る、と書いたのは、この一話では死んだことになっていたはずのルパンの家族がゾロゾロ出てくるためで、しかも「ルパン三世」の次回作「パンドラ」への橋渡しのためのストーリーということもあって、全体的に現実感に乏しいのです。失われた「家族」を求める三世の白昼夢なのではないか、との解釈も出ています(豊原きこう「ルパン三世はなぜ盗むのか?」。この本では本項同様にルパン三世の年齢や出自の推理を詳細にしてますので、未読の方はぜひ)


☆モンキー・パンチ版「アルセーヌ・ルパン」

 「ルパン三世」の中に登場するのとは別に、モンキー・パンチ氏自身の手により「一世」のほうの漫画が描かれたことがあります。もっとも独立した漫画作品ではなく、『ジュニアチャンピオンコース 推理クイズ 名探偵登場』(学習研究社、1974)という児童向ミステリクイズ本の巻頭の「おまけ」として描かれた短いものです。この本は古典ミステリからクイズが出題されていて、ルパン・シリーズからは「人間消失事件」として「麦わらのストロー」が採り上げられています。
 
 モンキー・パンチ氏が描いたのは「巻頭推理漫画ホームズ対ルパン ダイヤのビーナス」という16ページカラー作品。これは「ルパン対ホームズ」の漫画化ではなく全くのオリジナルで、しかも舞台は現代日本。国立美術館にある「ダイヤのビーナス」を盗み出すとルパンが予告状を出し、実際に変装術を駆使してまんまと盗みだしてしまう(この辺は「三世」っぽい)。ビーナスを手に車に乗り高らかに笑うルパンでしたが、運転手がなんとルパンを追って来たシャーロック=ホームズ。これは「ルパン対ホームズ」の例のシーンのひっくり返しですね。一人で戦うホームズに対し、ルパンは子分たちを引き連れて集団で行動している、という点も「ルパン対ホームズ」を思い起こします。
 わずかなページ数のうちに状況は二転三転し、結果からいえばホームズが勝利して終わりますが、去り際にルパンは暗号メッセージを残してゆきます。この暗号解読が読者に挑戦するクイズとなっていまして、完全に日本語による暗号となってます。あれ、やっぱりルパンって日本人の血が入ってるのか?(笑)

 この漫画で描かれるルパンとホームズは、どちらもよくある定番の姿ではなく、かなり独特。ルパンは素顔かどうかはともかくロングヘアにちょび髭でなかなか悪党ヅラ。ホームズの方はどう見てもルパンより年下にしか見えない、少年にしか見えない童顔です(下図)。
もちろん左がホームズ、右がルパン
 この漫画ではひとまずホームズの勝利で終わりますが、「だが、ふたたび、ふたりが対決する日は近い。はたしてこんどは…」と続きがありそうなナレーションと共にしめくくられています。残念ながらこのモンキー・パンチ版「ルパン対ホームズ」に続きはありませんでした。「三世」の生みの親による、「一世」の漫画は後にも先にも例がなく、これが非常に貴重な一冊となっています。

 では、次のページではアニメ版「ルパン三世」における「一世」について見て行きましょう。

「その2」へ続く


怪盗ルパンの館のトップへ戻る