Moe 〜萌黄色の町〜

雪村奈津美SS#1  誰が為に鍋は鳴る


 注意1:このSSは、奈津美EDから2,3ヶ月後という設定です。

 注意2:まさかいないとは思いますが、食事をしながら見るのは控えた方が無難です(謎)

その2

 「・・・そりゃ、おまえが悪いんじゃないのか?」

 もぐもぐと昼食を食べながら達也が右手に持った箸で、びしっ!、と聡史を示す。

 その箸の先から避けるかのように体を少し反らせながら低く呻く聡史。

 「う〜ん・・・・・」

 「だってよ〜、奈津美ちゃんがわざわざおまえの為だけに作ってくれる料理だろ?

  それを感謝しないで“こんなの食えるか〜”って、偉そうに・・・まったく」

 そう言いながらも箸を休めずに弁当を食べる達也だが、ふと聡史がその弁当箱をよく見ると、

達也の横でおとなしく食べているくじらこ・・・じゃなくて諒子と同じデザインの箱だった。

 「そりゃ、諒子ちゃんみたいにいつも美味しい物作ってくれるんだったら歓迎なんだけどな」

 聡史が達也と諒子の同じ柄の弁当箱を指さしながら冷やかす様に低い声で呟くと、それに

反応するように二人の顔が赤くなった。

 「ま、まぁ、何だ。諒子ちゃんだって最初はそんなに凄い腕前じゃなかったんだぞ。

 特に、初めて作ってきた時はなぁ・・・」

 「あ! 達也さん、それは言っちゃ駄目ですってば!」

 聡史の方に口元に手を当ててささやく仕草をした達也を、慌てて諒子が止めようとする。

 「・・・・・」

 そんな二人の雰囲気に圧されてしまって、言葉が出なくなる聡史。

 横では、そんな聡史の事を忘れてしまっている達也と諒子が「ごめんごめん」とか「もぉ、酷いです」

と言い合いながらじゃれ合っていた。

 その様子を見ながら聡史が独りで考えたのは、あの、屋上での奈津美を巡っての壮絶な殴り合いの

事だった。あの一件の後、この目の前で聡史を忘れ去っている二人はつきあい始めた。

 (そして・・・俺は、奈津美と・・・)

 結局、あの一件の(というか、一夜)の後も奈津美との接し方が変わる事はなかった。

 いつも、怒鳴り怒鳴られ、殴られ、蹴っ飛ばされて・・・でも、あの騒動の時に感じたような、悲しい気持ちの

すれ違いはなくなっていたような気がしていた。

 正直、今回はちょっと言い過ぎたと思った部分が聡史にもあったので、本当は今日の朝、「悪かったな」と一言

奈津美に声を掛けようかと思って学校に登校した。

 けれども、奈津美は非常に冷たい目で一言

 「・・・それだけ? 他に何も言うことは無いの?」

 と返してきただけだった。

 その普段の喧嘩の後とはかなり違う奈津美の反応にどう対応して良いか解らないまま、午前中を終わって

しまい、そして奈津美は昼休みになると同時に自分の弁当箱を持ってどっかに行ってしまった。

 最近の昼食は聡史、奈津美、達也、諒子の4人で机を向き合わせて、とか、屋上などで一緒にすることが

多かったが、今日は聡史には無言で、そして、達也と諒子には「ちょっと用事があるから」と奈津美が

言い残してどこかに行ってしまった。

 ただ、あまり感情を隠すのが得意でない奈津美のその表情と、顔を腫らしている聡史を見て、達也と諒子は

直ぐに何があったのかを察して、二人は聡史から事情を聞き出そうとした。そして、その昨日の一件のあらすじを

聡史が不承不承説明した結果、帰ってきたコメントが最初の達也の言葉であった。

 (正直、何で奈津美がずっと怒ってるのか判らないんだよなぁ・・・)

 「まぁでも、なんか言っちゃいけないことでもおまえが言ったんだと俺は思うんだけどなぁ」

 いつのまにかじゃれ合うのをやめていた達也がテーブルに頬杖をつきながら言う。

 「やっぱりそうなのかなぁ・・・?」

 腕組みしながら首を捻る。聡史自身どうもそんな気がしないでも無いので、達也の言うこともまったくの

見当違いだと言うことは出来なかった。

 「いつも奈津美ちゃんを泣かしてるおまえにとって良い薬だ。悩め悩め」

 びしぃっ。

 にやにやしている達也の頭をはたきながらも、聡史の視線は主のいない奈津美の机に向けられていた。



 その日の夕方。

 いつもだったら正面切って喧嘩の際中に行く事は無いが、どうも今回は自分の方が悪いような気がするので、

ちょっとだけ様子を見に行くことにした。

 ガチャ、と来夢来人の扉を開けると、そこにいるのは親父さんだけだった。

 「いらっしゃ・・おお、聡史くんか」

 ちょっと驚いた後で、苦笑いの表情になった。

 「聡史くん、奈津美とはあれからまだ仲直りしてないだろ?」

 「え、ええまぁ・・・」

 何で判ったんだろうかと内心驚きながらも、思わずうなずいてしまう聡史。

 「それで、奈津美は帰って来てます?」

 「う〜ん、さっき帰ってきたんだけど、また“出かけてくるっ!”ってどっかに行っちまったよ。

  せっかく来てもらったのに、すまないねぇ」

 「そうなんですか。でも、特に急用というわけじゃないですから・・・」

 いつもなら夕方から忙しくなる店の手伝いに駆り出される筈の奈津美が、親父さんの公認(?)で

外出しているのだから、おそらくまだ普段の奈津美には戻っていないのだろう、と聡史は判断した。

 「ところで聡史くん。どうせだったらこのままここで夕飯食べてくかい?

  今日は俺が奢りでつくってあげるよ」

 「え、いいんですか?

  ・・・それじゃ、お言葉に甘えて・・・」

 来夢来人での夕食、というといつも壮絶な闘いのような記憶しかなかった聡史だけに、非常に珍しい機会だった。

 そのままカウンターについて、親父さんの作業を眺めていた。

 いつもの奈津美も手慣れた動きだったが、さすがにその奈津美に教え、さらにこの来夢来人の主人でもある

親父さんの手さばきは、本当に鮮やかだった。

 (俺も、いずれはあのくらいの腕前にならないといけないのかなぁ・・・)

 聡史の頭の中では、中華鍋を片手におろおろしている自分と、それを後ろから蹴っ飛ばす奈津美、そして

その姿を客側のカウンターから座って眺めている親父さんの姿が描かれていた。

 (けど、その前に解決しなきゃいけない問題も沢山有るんだよな)

 浮かんだ妄想に内心で笑いながらも、聡史の目はずっと親父さんの動きを追っていた。

 「はいお待たせ、聡史くん」

 そして、湯気を盛大に立てて出てきたのは、普通のラーメン・・・のように見えたが、どこか普通のものとは違って

聡史には見えた。

 「・・・あっ!」
 
 そして、その湯気の向こうからその形が見えた時に、思わず声をあげて驚いた。


 〜その2 終わり〜


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