Moe 〜萌黄色の町〜

雪村奈津美SS#1  誰が為に鍋は鳴る


 注意1:このSSは、奈津美EDから2,3ヶ月後という設定です。

 注意2:まさかいないとは思いますが、食事をしながら見るのは控えた方が無難です(謎)

その3

 「・・・あっ!」

 そのラーメンを見た瞬間に、ある一つの光景が蘇ってきた。

 ドンブリの中からあふれそうな程に盛り上がった麺。けれど、その中央部に山の様に盛られた麺は、

そうめん並に幅の細いものから、きしめんよりも幅広の異様なものまで見事なまでに混在していた。

 さらに、そのスープは東京の立ち食いうどん屋のかけうどんのようなまでに黒く、一体何味のものなのか

パッと見には普通の人は判らないに違いない。

 仕上げに、その麺の山と黒いスープの海の合間に、まるで岩礁のように大きなチャーシュー(の塊)がのっかって、

いや、そびえ立っていた。

 そのあまりの異様なこのドンブリを普通の客がみたら、間違いなくみんな“何だコレは?”といって変な顔をするか、

あるいは[“馬鹿にしてるのか!”と怒りだしてしまうに違いない。

 ただ、聡史がコレを見るのは・・・初めてではなかった。

 「これ・・・そうか」

 大きく一つ息を吐いてから静かに呟く聡史。

 「ホントは子供のケンカに親が出るなんてのは良くないっていうのは判ってるんだけどな。

  ただ、今回はちょっとだけ、って事で勘弁してくれないか」

 親父さんは、そんな聡史を申し訳なさそうに見ながらも謝った。

 「そんな、何言ってんですか。

  勘弁するも何も、悪いのは全部僕じゃないですか」

 「ホントは聡史君に昔のことを思い出して貰うのも辛いんだよな。

  あの頃は家の事とかで大変だったと思うし、忘れてしまった方がいいかも知れないとは思う、けどな」

  こんな事しておきながら、と付け加えて頭に被っていた白い帽子を取って髪を掻き上げる。

 その間、聡史はずっとその目の前に置かれた器の中をじっと見ていた。

 これと同じ物を作ってもらった事が、ずっと昔にあった。



 まだ奈津美と知り合って間もない頃。

 たまたま親が出かけてしまって独りで食事をする事になった時に、人見知りをしてた自分が

ようやく仲良くなった数少ない友達の奈津美にその事を話すと、なぜか奈津美は嬉しそうだった。

 「だったら、ウチで一緒にご飯食べない?」

 「え、でもそれって迷惑なんじゃないの?」

 「そんなこと無いって。ウチは中華料理屋だから、独り分くらい増えたって全然関係ないよ。

  だから、行こっ?」

 結局、強引に奈津美に腕を引っ張られるままに来夢来人に連れて行かれた。(結局この構図は昔かららしい)

 「じゃ、そこに座ってててね」

 てっきり親父さんが作るのを二人して待つのかと思いきや、奈津美が嬉しそうに厨房の方に入っていって、

まだ新しい白いエプロンを身につけた。

 そして、まだまだ慣れない手つきで作ってくれたのがこのラーメンだった。

 後日親父さんから聞いた話では、ウチの親から留守にする事を2,3日前にたまたま聴いた奈津美が、前もって

念入りに準備までしていたらしい。

 普通は買っている麺もわざわざこねるところから始め(といってもさすがに小さい奈津美には無理だったので

親父さんにこの作業はやってもらったらしい)、それを慣れない手つきで細く(のつもりで太くもあり)切って、

さらに特製のやたら濃いスープ(中身は親父さんもよく判らなく、奈津美が手近な材料を片っ端から入れたらしい)

を作り、特製の大きなチャーシュー(というより大きな塊そのままを丸ごと)を添えて、といった作業を奈津美が

小さい体でちょこまかと厨房で動きながら作ったものだった。

 「はい、食べてみてね☆」

 額に汗を光らせながらも何故か嬉しそうにしている奈津美のその笑顔が凄く綺麗だった。

 今考えれば、あの頃から奈津美はもしかしたら自分の中では「近所のケンカ友達」から「幼なじみの女の子」

という様な感覚に変わったのかも知れない。

 確かに味自体は親父さんの普通に注文すれば出てくるラーメンとは比較にならなかったけれども・・・・

 ただ、横で嬉しそうにテーブルに両手で頬杖をつきながらこちらを見ている奈津美が、舌が伝えるそれ以上の

何かを味あわせてくれたような気がした。

 そして食べ終わった後に、不安そうに上目遣いにこちらを見ている奈津美に対して言った言葉が蘇ってきた。

 「おいしかったよ。

  奈津美が作ってくれる料理だったらなんでも美味しいんだろうな」

 「そ、そうかな?

  まだまだ練習してないからそんなにうまくないんだけどね」

 「もっと美味しいのを作れるようになる?

  だったら、僕を練習台に使って良いからね」

 「え、本当!?

  ホントに私の作ったの食べてくれるの?」

 隣に座っていた奈津美がイスから飛び降りて両手を胸の前で握りしめ、全身でうれしさを表している。

 「うん、何でもどんどん作ってよ」

 今考えるとなんと命知らずな事を言ったのかとも思うが、このときは嬉しそうにする奈津美の笑顔で自然と

この言葉が飛び出していた。

 もっとも、まさか現在のようなメニューが出てくるなどとは誰も想像できなかったと言うこともあるが。

 「一生懸命頑張るから、また絶対に食べてね!」

 この一件から、時々奈津美は自分の作った料理を食べさせてくれるようになった。

 それがいつの頃から手の込んだ(?)創作料理になっていったのかはよく覚えていない。

 ただ、はっきりと思い出した事がある。

 “どんどん作ってよ”、こう自分で奈津美に言ってた事。

 そして、あの時は“頼みもしないのに”という一言で奈津美が激怒したという事。

 「有り難うございました」

 親父さんに謝ってから、財布の中の小銭を聡史が探そうとすると、親父さんが苦笑いをしながら手を振って

それを制した。

 「お代はいらないよ。そのかわり、頼みが有るんだが・・・

  家の手伝いもしないでどこかをほっつき歩いている不良娘を捜してきてくれないかな?」

 「・・・・・わかりました」

 もう一度深くお辞儀をしてから、奈津美を捜す為に来夢来人を後にした。


 「すまないねぇ、聡史君、親バカ・・・、いや、バカ親で。

  ただ、聡史君が倅になるのもこれからの楽しみの一つなんだよ・・・」

 そういって客のいない店内で、たった今聡史が出ていったドアの方を眺めるその姿は、本当に父親としての

やさしい姿だった。



 〜その3 終わり〜


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