AIR Short Story


  翼人伝・邪説



  第1話 継承



 もう、この結界に閉ざされた暗闇にだれも来ることはないと思っていました。

 この地に来るのは、わが身を闘いへと駆り立てる、欲に目が眩み、人間とはとても呼べぬ悪鬼と

成り果てた、愚かな生き物だけ。

 権力、金銭、名声、そういったものを目の色を変えて求め続け・・・

 そして、私を住んでいた地から連れだし、この高野の結界に封じ込め・・・

 力を貸すことを拒んだこの身を呪い、穢し、そして、己の欲の為に我らのような翼持つ一族だけで

なく、同じ人間達までも平気で踏みにじろうとする、本当に愚かな者たち。

 だからこそ、このわが身に持つ力など与えるわけにはいきません。

 われらの一族だけでなく、共にに過ごしてきた心優しき人間達の為にも、決してこの身の持つ力を

愚かな者どもに与える事などあってはなりません。

 本来ならば、囚われの身になった時に、この生を自ら絶ってしまえば、このような場所に

長きに渡り閉じこめられずに済んでいたのでしょう。



神奈・・・



 まだ乳飲み子であった頃の顔しか脳裏には蘇ることが無い、実の娘。

 あの子が、まだこの大地のどこかで同じ時を過ごしている。

 泣いているのか、笑っているのか、怒っているのか、幸せなのか、辛いのか・・・

 それは全く知ることが出来ないけれども、あの子は、神奈は間違いなくこの世で生きている。

 この世に最後に生まれた、背に真白き翼を持つ子。

 最後に生まれたが故に、最後にはわれらの種族の努めを一手に受ける事を運命付けられた、

あまりに不憫な子。

 そして、今になってしまえば、最後になるがゆえにこの母親の身に受けた呪いまでも

全て受ける事までも負わされる、わが娘。

 その、神奈に課せられた辛い運命を逃れる方法は、たった一つ・・・

 神奈が生き続ける限り、この身も生き続けるという事。



 もしも、この大地に住む人間とは違う、自分の翼持つ者としての努めを知ったとき、神奈、

あなたはこの母を恨むかも知れませんね。

 それでも、たとえあなたに恨まれたとしても、私はあなたをこの世界に出したかった。

 この、青い空に包まれた大地を見て欲しかった。

 それは、翼持つ者としての使命とかではなく、自分の娘に、私が愛した人間との間に生まれくる子を

見たかったという、私の、そしてあの人との身勝手な我が儘です。

 私をこの地に閉じこめ、悪用しようというのも人間なら、この穢れた身を人間の娘と同じように

愛してくれたのも、また人間。

 だとしたら、神奈、あなたの周りに現れるのは、果たしてどんな人間達でしょうか?

 もしかしたら、今までの翼人と人間の絆を、変えるようなことを成し遂げるかも知れません。

 あるいは、私よりも惨めな運命を辿ることもあるのかも知れません。

 全ては神が・・・いえ、翼人と人間の、心が決めることでしょう。

 神ではなく、我々のようなこの世の大地に生きて行く者が自分で、決めることですから・・・

 「神など無し」・・・そう思っていて欲しい。

 だから「神奈」と、そう、あなたに名前を付けました。



 しかし、大きく立派になったあなたを見たときは、本当に嬉しかった。

 あなたのその輝く翼に照らし出された瞳を見てすぐに判りました。

 ああ、あなたを産んだのは決して間違いではなかった、と本当に思いました。

 裏葉・・・柳也・・・

 この2人の優しい人間と出会えたことは、本当にあなたにとって幸せな事です。



 もし、ここに来たのが、あなたを人殺しに利用しようとする者であったならば、たとえ

我が子とはいえ、この場でその人間もろとも・・・・・この手で殺めるつもりでした。

 それが・・・私の、母親としての、そして、翼を持つ者の最後の継承者としての役目。

 我らの一族が持つその知識、力・・・それはあまりにも今の人間には危険すぎます。

 しかし、もし、あなたの側にいる者達のような心を持った人間が世に多く現れるように

なれば、ともに助け合い生きていくことが出来るのかも知れませんね。



 「神奈様と、末永く幸せに暮らして頂きます」



 この一言が、私にどれほどの嬉しさを与えてくれたことでしょうか。

 昔、共に暮らしていた者達の姿が脳裏に鮮明に蘇りました。

 私が過ごした、翼人も人間も関係無く、共に暖かく暮らしていたあの時の光景が。

 そして、私に向けられた、あの人の温かい眼差しが。

 我らの一族と、人間との間にできた初めての子・・・それが、あなたなのです。

 神奈、あなたはどういった生き方をするのか、それは誰にも判りません。

 もしかしたら、あなたの生き方が、この星に生きる全ての未来まで変えてしまうのかも

しれません。



 だから、何としてでもこの地から逃したかった。

 その為には・・・重荷となる身は不要。そして、少しでも追手を減らさないといけなかった。

 おそらく、この包囲を突破するのは非常に困難でしょう。

 あなた達を逃がすためなら、あなた達の未来の為なら、この胸を貫く矢の痛みなど・・・この命など

本当に安いものです。

 ただ・・・ここから逃れるためには・・・私を置いていっただけではとても無理でしょう。

 だから・・・今こそ、この“力”を・・・神奈、あなたに授けます。

 この私にかけられた呪いと使命を引き換えに、この“力”を。

 たとえこの力を手に入れとしても、これから先は楽な道では決してないでしょう。



 「母を、ゆるしてくださいね。

  これこそが、わらわたちの努めなのです・・・」



 あなた達なら・・・側にいる、この優しい人間達となら、きっとこの呪いを解く方法が

いつか見つかるはずです。

 それが・・・あなた達に最後に課された過酷な運命・・・

 でも、私は信じています。

 いつの日か、この大地と青空の下で、満面の笑みを浮かべるあなた達の姿があることを。

 その時、我らの一族と人間が一緒になれる・・・我らの使命が終わりを告げる日でしょう・・・



 「これでもう、思い残すことは・・・ありません。

  ただ・・・分かち合いたかった」



 あ、そういえば一つだけ残念な事がありました・・・



 「この子と・・・翼を、重ね・・・」

  夏空を・・・心のままに・・・」



 あなたと一緒に・・・あの人と過ごした場所で、一緒に青い空のなかで風を切って飛びたかった。

 あの人の笑顔と、あなたの笑顔がそばにあって・・・・・そんな日を過ごしたかった・・・・・



 それは叶わなかったけれど、でも、こんなにも大きく、そして心優しく育ってくれたあなたを

見ることができて、私は本当に幸せ者です。

 上にのぼったら・・・まず最初にあの人に報告しないと。

 「ねぇ・・・神奈は、私たちの子はいい娘に育ちましたよ、って」



 神奈・・・あとは、その自分の力と、側で支えてくれる人達の力で、頑張ってごらんなさい。



 大丈夫、きっとあなた達なら・・・



 第1話 終わり



  <NOVEL PAGEへ戻る>  <第2話へ続く>