月姫 Short Story

  料理の鉄人!?


  第1話


 注:これは、基本的には「シエルグッドED」後として考えはいますが、
   あまり厳密ではなかったりします。(おい
   「月姫PLUSDISC」をプレイされた方は判ると思いますが、
   アレ(閑話2話)と同じようなことと思ってください。



 それは、ある木曜日の夕方の事だった。

 翡翠に朝に言った通り、夕暮れ時に遠野家の門をくぐり帰宅した時に、はしごに登って大きな窓を

せっせと掃除する琥珀さんの背中を見つけた。

 「・・・あれ? 琥珀さん、何やってるんですか」

 二つに逆Vの字に組む梯子を使うならともかく、まっすぐ一本に伸ばした梯子を壁にかけ、すこし

ふらふらしながら窓をふきふきと掃除する姿は見ていてかなり危なかった。

 しかもさすがに遠野家の代々が住んでいた家、一家の窓でも高さは優に琥珀の身長の倍以上まである。

 「あ、お帰りなさい志貴さん。

  何って、窓掃除に決まってるじゃありませんか。夕食の準備に見えますか?」

 あはは、とさすがにバランスを取るのが難しいのか、こちらを振り返らずに琥珀さんは答えた。

 一瞬、「その辺の虫を捕まえて材料にでもするかもしれないと思ったから」と言おうとしたが、

後でホントに何を出されるか判ったものではないので黙っていた。

 「でも、それはいつも来てくれる掃除の業者さんにお願いしてませんでしたっけ?」

 「う〜ん、ほんとはそうなんですけど、ちょっと汚れが気になっちゃって。

  次に業者さんが来るまでまだしばらくありますんで、ちょっと自分でやってみようかと」

 その間も微妙にバランスを取りながらふきふきと窓を琥珀さんは拭きつづけている。

 しかし、やはりちょっと見ていて怖い。

 やめさせたほうが良いのか、そばで支えていたほうが良いのかすこし考えていると、背後から

さくさくと足音が近づいてきた。

 「志貴さま、お帰りになってたんです・・ね・・」

 そういってこちらに頭を下げかけた翡翠が、こちらをみて凍りついた。

 おそらく、自分の後ろで懸命に掃除をしている姉の姿を見て。

 「ね、姉さん! ちょっと何をしてるんですか!?

  危ないから直ぐにやめてくださいっ!」

 翡翠の悲鳴じみた声にも、当の琥珀はまったく動じなかった。

 「あら。 翡翠ちゃんも志貴さまと同じ事を言うのね。

  大丈夫だって、私は大丈夫ですよ〜」

 などと、すこしなぜか嬉しそうだった。

 「別に私は姉さんのことを心配してるんじゃありません。

  姉さんがそんな事をしたら、窓が壊れるじゃないですか!」

 「「あ・・・・」」

 がく、と翡翠のコメントに琥珀と共々ずっこけた。

 ・・・って、自分はともかく、琥珀は梯子の上の人。そんな動きをすると・・・・・

 「え? あらら・・・?」

 大きく傾き、そのまま梯子から落ち始める琥珀の体。

 それより先に、すでに自分の体は動いていた。

 が、琥珀さんまでは距離がありすぎるっ!

 そのままでは間に合わないのを悟り、学生服も何も気にしないで思いっきりダイビング。

 驚いたままの琥珀さんが地面に激突する寸前、その細い腰の下に腕を伸ばしてクッション代わりにする。

 そして、ものすごい衝撃。(そんな事を言うと「私は重くないですよ、めっ!」と怒られそうだが)

 「いたた・・・琥珀さん、大丈夫?」

 ダイビングレシーブをしたそのままの格好で、腕の上に横たわる琥珀さんに問い掛ける。

 「あ、志貴、さん?」

 一瞬、何が起こったのか判らないで眼をぱちくりとしていた琥珀さんが、驚いた様子でこちらを見た。

 「大丈夫ですか?」

 「あ、ありがとうございます」

 ちょっと恥ずかしそうに首をすくめながらも頷く所を見ると、どうやら大怪我の類はしていない。

 「志貴さま! 姉さん!」

 慌ててぱたぱと翡翠が近づいてくる。

 「あ、ごめん翡翠。制服、また駄目にしちゃった・・・」

 「そんなことは気になさらないで下さい。それで、お怪我のほうは!?」

 普段はあまり感情をはっきりとは表さない翡翠がものすごく慌てている。

 「う〜んと、僕のほうは大丈夫だよ。

  琥珀さんも・・・だいじょう・・・げっ」

 ゆっくりと琥珀さんの体を眼で追ってみると・・・

 当の琥珀さんも、翡翠も同じと所に視線が集まっていた。

 「・・・・・・あははは〜」

 少しぺろっと舌をだして笑って誤魔化そうとした琥珀さんの右手が、かなり奇妙な角度に曲がっていた。



 「・・・・・で、結局右手を骨折、と」

 ソファーに座って、輸血用の血液パックにストローをさしてちゅーちゅーと吸った後で、秋葉が呆れた

声で言った。

 慌てていつも世話になっている医者を呼び、琥珀の手当てを終えた後で、秋葉、琥珀さん、翡翠と

そして自分の4人が居間に集まった。

 「はい。本当に申し訳ありません」

 右手を白い布で吊るした格好で深々と頭を下げる琥珀さん。
 
 「で、なんだって今日に限ってあなたが窓の掃除なんてしてるのよ」

 「え、えっと・・・・」

 「・・・・・・・で?」

 「・・・・・・・・・」

 「・・・・・・・琥珀」

 くしゃ、と今まで吸っていたパックを握りつぶす秋葉。あ、かなり怒ってる。

 「・・・・・えっとですね、あの窓がちょっと虫か何かで汚れてたんですよ。

  それでほら、あの窓からだと正門が良く見えるじゃないですか。だからいつもは

 秋葉様と同じように、あそこからいつも志貴様の帰りを見てたんですが・・・」

 「わかりましたわかりましたからもう結構ですっ」

 何か慌てたように琥珀の説明をさえぎる秋葉。

 「まぁ過ぎてしまったことは仕方がありませんね。琥珀が治るまでの間は、翡翠に少し

 頑張っていただくしかありません。いまさら他の者を雇うつもりもありませんし」

 「かしこまりました」

 当然、というような態度で一礼する翡翠。

 翡翠も、だれか新しい人を入れるよりは自分でなんとかしたいらしい。

 「ただ・・・」

 「翡翠、何かあるの?」

 すこし言いかけて止まった翡翠に、不思議そうに秋葉が問い掛ける。

 「秋葉様、ひとつだけ問題が・・・」

 「何、いってごらんなさい」

 「食事の件なんですが、いかがいたしましょう。

  琥珀姉さんができない現状では、だれかが変わらなければならないと思うのですが・・・」

 「「あ・・・」」

 今度は秋葉と自分の声が重なった。

 「幸い今日の分は既に準備ができてますので問題は無いのですが、明日以降については

 いかがいたしましょうか」

 ・・・これは非常に重大な問題だ。

 翡翠の料理は前に経験済だし、秋葉はまずできないとおもって良いだろう。

 となると自分の出番なんだが、あいにく前の家でもそのあたりのことはさせてもらえなかった。

 う〜む。弱った。

 「あ、そのことなら良い考えがあるんですよ〜」

 と、それまで控えていた琥珀が、元気なほうの左手を挙げてアピールした。

 「何、琥珀。その良い考えというのは」

 そう秋葉に尋ねられた琥珀の表情に一瞬、妖しい光が見えたような気がした。

 ・・・なんとなく、嫌な予感のする夕暮れだった。



 第1話 終わり



  <NOVEL PAGEへ戻る>  <第2話へ続く>