月姫 Short Story

  料理の鉄人!?


  第6話


 注:これは、基本的には「シエルグッドED」後として考えはいますが、
   あまり厳密ではなかったりします。(おい
   「月姫PLUSDISC」をプレイされた方は判ると思いますが、
   アレ(閑話2話)と同じようなことと思ってください。

 「・・・・・・・」

 「次は・・・翡翠か」

 琥珀さんの脇で、じっと何も言わずにこちらを見る翡翠。

 一見傍から見ると無表情の翡翠だが、実はちゃんと感情を表現していることに気がついたのは、遠野の家に

もどってからそれほど間も無い内に判るようになった。

 ただ、それが普通の人と比べてちょっと控えめなだけだったりする。

 実際に、今だってよくみると腕とか足元とかが微妙に揺れていたり、いつもよりもすこし顔がこわばってたり

するのが判ったので、「あ、ちょっと緊張しているんだ」なんてわかったりする。

 「あ、翡翠ちゃん、緊張してますね〜」などと、一番翡翠のことが判っている琥珀さんが、大きな声で言ったり

するものだから、言われた瞬間、顔を赤くして翡翠が俯いてしまう。

 「ね、姉さん!」

 「だって本当のことでしょ? 昨日の夜遅くまで頑張って練習までして。

  志貴さんに食べてもらうんだから、とか言ってほとんど徹夜で・・・・・」

 「・・・・・・」

 「・・・・・・」

 さっきよりもさらに顔を赤くして俯いている翡翠を見る。

 そこまでして来てもらったことに嬉しくないはずが無いが、こう言うときにうまい言葉が思いつかなかったりする

自分がちょっと情けない。

 だから秋葉にも、”兄さんは相手に対する思いやりが足りない”などと言われてしまうのだろうか。

 「あ、ということは、今回のも琥珀さんが手伝ったの?」

 「いえいえ。さすがにそれはいけませんから、今回お出しする分に付いては一切かかわってないですよ」

 だから正真正銘の翡翠ちゃんだけのの愛の篭ったものですよ〜、と、間を取ろうとした質問にさらに突っ込みを入れられ、

ますます間に流れる空気がおかしなものになる。

 「姉さん!」

 「いいじゃないの。ここが翡翠ちゃんにとってのチャンスなのよ。

  普段はご主人様とそのご主人様のことを愛しながらも決してそのことを口に出せないメイド、という立場なんだから。

  ここで、料理に愛情を込めて訴えれば、たとえきっと鈍くて鈍感で朴念仁なご主人様でも気付くと思うのよ」

 ・・・・・お願いだから琥珀さん、その当のご主人様の前で堂々と悪口を言うのはやめて欲しいと思ったりする。

 あ、翡翠の顔が湯気でも出しそうなほどに赤くなってる。

 そこで、いま琥珀さんが言った言葉が頭の中でリピートされた。
 
 ”愛しながらも・・・って、もしかして翡翠って・・・え?”

 今、琥珀さんがそう言って、で、翡翠はそれに反論しなかったわけで・・・・・・・

 一瞬、なぜか有彦のアパートで見たパソコンゲームの、地下室で主人の前に跪くメイド服の女の子の姿が目の前の

翡翠と重なってしまった。

 そんな事を想像してしまった事にちょっと自己嫌悪。

 そんな頭の中までも見透かされているんじゃないかという琥珀さんのニコニコ笑顔にさらされているこの時間が辛い。
 
 「ちょっと〜、はやく始めようよ〜。後だってつかえてるんだから〜」

 普段は邪魔に感じることが多いアルクェイドが、今回ばかりは助けの神のように見えた。

 このままちょっと変なことを考えてしまったら、それこそ何故かヒトの考えてることが良くわかったりする

シエル先輩とか秋葉とかに何を言われるか判ったものではない。

 「あ、はいはい。わかりました〜」

 翡翠と僕をニコニコと見ていた琥珀さんが、アルクェイドの催促に一瞬間を置いてから返事をした。

 「お待たせいたしました。これが琥珀ちゃんの作品です」

 ぱかり、と可愛らしい音と共に開いた中には・・・お菓子がたくさんあったりする。
 
 「・・・デザート?」

 見たままの感想。

 「まぁ、そう言うことになりますねぇ。

  さすがに一夜漬けで料理を覚える、なんて事は絶対にできませんから・・・」

 できるだけ作り易いものを琥珀さんが選んでアドバイスした、ということだろう。

 クッキーとケーキ。そして紅茶。見事な定番が並んでいたりする。

 「・・・・・」

 さっきまで顔を真っ赤にして俯いていた翡翠は、ようやく立ち直ったのかこちらをじっと見ていた。

 今度は不安の眼差しで。

 ここで、さっき弓塚にはとんでもないコーヒーを飲ませられたことが蘇る。

 せっかくおいしいデザートを食べても、最後にまた砂糖水ではたまらないと思い、まず先に今回は紅茶を選んだ。

 そして、一口その紅茶を飲んだら・・・おいしかった。

 「あ、おいしい」

 その一言で、不安そうだった翡翠の表情がぱぁっと一気に明るくなった。

 そのまま、次にケーキを一口・・・齧ったところで止まった。

 なんとなく、”まさかそんなお約束を”とは思っていたが・・・

 「・・・・・塩」

 あわてて紅茶を一気に飲む。

 「あれ? どうしたんですか、志貴さん」

 さすがに不思議に思ったのか、琥珀さんが聞いてくる。

 「・・・・お約束だけど、砂糖と塩が・・・・」

 それだけで、琥珀さんはあははと困りながらも笑い、翡翠は蒼白になり慌ててこっちまで駆け寄り、その

白い指先でケーキのまわりのクリームを掬い、口に運んで・・・固まった。

 このようすからすると、さすがに翡翠が狙ってやったことでは無いだろうが。

 翡翠の横にいる姉は・・・表情からでは何を考えているのか判らないが。

 さすがに嫌な予感がしたので、クッキーを調べてみたら、ベーゴマとも戦えるだけの強度があることがわかり、

さすがに申し訳無かったが、こちらは遠慮することにした。

 翡翠はいまにも泣き出しそうな・・・というか、すでに瞳が潤んでいたりする。

 「本当に申し訳ありません。お口を汚すような代物を作ってしまい・・・」

 そして、深々と頭を下げるその体も、ちょっと震えている。

 「あ、いいんだよ翡翠。料理が大の苦手だった翡翠が、一生懸命頑張ったんだから」

 外野から「嘘吐き」だの「外道」だの「いつか刺されるよ」という声が聞こえたような気もするが、気付いていないフリをする。

 「志貴さま・・・」

 てっきり怒られるとでも思っていたのか、そんな言葉をかけられて驚いた様子で翡翠はこちらを見上げる。

 「怒らないのですか? 美味しくないものを食べさせられたというのに」

 「別に怒ったりなんかしないって。すごく嬉しいくらいだから。

  翡翠がやってみようと思ったんだから、いつかは美味しいものが食べられるんじゃないかと思うよ」

 そう言うと、今度は嬉しそうに胸の前で両手を組んで、こちらをまぶしそうにこちらをみた。

 「ありがとうございます・・・一からまた頑張って、こんどこそ美味しいものを作れるようにいたします」

 そういって妙に気合が入ったまま、翡翠はまた部屋の隅へと戻っていった。

 ”期待してるから”、とその背中に心の中でエールを送りながらも、”今はまだ30点”と記入した。



 「・・・さて、次は秋葉さまです」

 その琥珀のアナウンスと共に入ってきた秋葉の格好に、その場にいた全員が凍りついた。

 その、予想すら付かなかった展開に。

 「・・・・・秋葉?」

 「秋葉さま。これはまた考えましたねぇ・・・」

 「妹、ずるいぞ〜」

 僕、琥珀、アルクェイドの感想がほぼ同時に出た。

 ・・・翡翠と同じ、メイド服をきっちりと着込んだ秋葉に対して。

 いつの間に用意したのかはわからないが、自分用に合わせて作っているらしくサイズもぴったりだったりする。

 しかし、当の秋葉はさすがにソレくらいの外野からの抗議ではまったく動じなかった。

 「兄さん。・・・お持ちいたしました」

 まったく音を立てずに、本来なら琥珀さんが持ってくるはずだったお盆を何故か自分で持ってこちらに歩いてくる。

 その、見ていて非の打ち所の無い流れるような秋葉の仕草に、琥珀さんまでもが言葉もなく見つめている。

 コトリ、とわずかに小さな音だけを残し、テーブルにお盆を載せ、その中から、ゆっくりと、けれども少しの無駄も無い

動きで取り出したのは・・・ほかほかに湯気の立っているおかゆだった。

 「・・・おかゆ?」

 「はい。正真正銘の、おかゆです」

 少し失礼かなとは思いつつも、その湯気の中を覗きこんだりする。

 ・・・見た目と匂い的には、特に危険な気配は漂っていなかったりする。

 「酷いですね。私だって、いくらなんでもこれくらいはできます」

 すこし怒った声でこちらを睨む秋葉。

 「兄さんは覚えていないかもしれませんが、シキとの出来事の後、お父様の目を盗んでこうやってこっそりと

 おかゆを持ってきたことがあるんですよ」

 やっぱり覚えていないんですね、とすこし斜めにかまえてさらにこちらをじろりと秋葉は睨んでくる。

 「・・・ごめん」

 下手な言い訳を始めたりするとさらに怒りだすのを知っているだけに、こういう時は素直に謝る。

 「まぁ仕方がありません。兄さんが酷いのは今に始まったわけではないですから」

 そう言って肩を竦めてから、すっと秋葉がいつの間に用意していたのか、椅子を取り出し、ちょうどこちらと正面に

向かい合うように座った。

 そして・・・その熱く湯気のでているスプーンの先を、秋葉はまず自分の口元に持っていき、そこでふぅっ、と息をかける。

 何回か息をかけ、すこしその登る湯気が少し弱くなったのを見計らって、秋葉が今度はそのスプーンをこちらの

口元へと持ってきた。

 「さ、どうぞ」

 そういって顔を近づけてようやく判ったが、秋葉の顔もすこし赤かったりする。

 「あ〜! 妹、それ反則!」「味で勝てないからって・・・やはり吸血系は腹黒いですね」とアルクェイドとシエル先輩が

さっきよりも大きな声で文句を言ってきた。

 「失礼な・・・これも、あ、愛情のひとつですっ!」

 最後の部分はちょっとどもりながらも、秋葉はきっぱりと言い返す。

 そして、何事も無かったかのようにまたスプーンをこちらへと向けてきた。

 「さ、兄さん、どうぞ」

 「・・・・あ、ああ」

 先程までの見事な身のこなし方からすると、こんどは妙にぎこちなく見える。

 すこしスプーンが揺れて・・・というよりは、秋葉全体が揺れているらしい。

 それでも、中身をこぼさずに待っていられるのは、やはり秋葉の凄いところかもしれない。

 その可愛い妹の照れた様子を見ながら食べたおかゆは・・・ちゃんと食べることができたりする。

 正直、秋葉の料理だから一体どんなものが出てくるかかなり怖かったが、さすがにおかゆくらい質素なものになると、

危険な反応を起こす要素も無いために何とか作ることができるのかもしれない。

 「まぁ、美味しくは無いでしょうが、ちゃんと食べられるものだったでしょ?」

 「あ、ああ。でも正直言ってちょっと驚いたかな?」

 「あとはこれからの努力次第、というところでしょうか。

  ・・・いつも傍に私の作った料理を食べてくれる相手がいれば・・・いずれ上達はすると思いますが?」

 そういってじっとこちらを見る秋葉。

 お兄ちゃんとしては、たまにみせるこういう秋葉が可愛らしくて気に入っていたりする。

 なかなか見ることのできない光景を見せてもらったことを考えると、琥珀さんの企画した今回みたいな

イベントも、悪くないんじゃないかと思ったりするのは、やはり自分も”妹離れ”ができていないんだろうか。

 内心で、琥珀さんに感謝。

 ただ、そんなときでも”60点”とつけた自分は・・・やっぱりちょっとお兄ちゃんとしては厳しいのかもしれない。

 第6話 終わり



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