月姫 Short Story #2

  タイトル未定(おい)


 能書き、もとい、前書き。

 これは別に誰のED後、というものでは無かったりします。
 ・・・単に「誰とも結ばれなかった」結末なんてのがあったり
したとでも思っていただければ幸いです。(汗)


 タイトル未定

 第1話  はじまりはいつも唐突に


 いつもと変わらない朝が、遠野家を包み込もうとしていた。
 青く良く晴れた何気ない、どこにでもあるような朝の風景の中で、
部屋の主である志貴は、まだ眠りの中に身を置いていたりする。

 「・・・・・・・・・」

 「・・・・・・・・・」

 まるで呼吸をしていないのではないかと感じられるほどに、志貴の静かな
寝姿を、これまた同じくらいじっと静かに傍らに佇んでいるメイド服姿の
翡翠が見つめていた。

 「・・・・・・・・・」

 じっと、ただ、ひたすらにじっと、自分にとっての主人であり、さらに
それ以上に翡翠にとってはかけがえの無い存在の志貴を見つめている翡翠。

 その翡翠の眼は、何か暖かいものを眺めるような穏やかさに包まれていた。
 彼女にとって非常に残念なのは、一日の中でもっとも貴重なその時間が
数秒後までしか続かなかったことである。

 「おはよ、翡翠。・・・・・もう、アイツは起きた?」

 がらがらがら、と静かな空間にブルドーザーで突進するかの様に、けたたましい
音を立てながら2階の窓からアルクェイドが入り込んできた。

 「・・・・・・アルクェイド様、もう少し静かにお入りくださいませ。
  もうじき、志貴様がお目覚めになられるのですから」

 少し非難めいた視線を翡翠から受けながらも、アルクェィドは全く動じなかった。

 「あ、もうすぐ起きるんだ。じゃ、いまのうちに・・・」

 こそこそこそ、と何故か鼻のあたりにヒゲを生やしたように見えるアルクェイドは、
そのまま最後にぴょん、とジャンプしてまるで質量を持たないかのごとく静かに
音をほとんど立てずに志貴の脇に飛びこんだ。

 「えへへへへ・・・今日こそは・・・・・」

 何やら妙ににやけているアルクェイドが、そのまま顔を志貴のほうへとゆっくりと近づける。

 そして、そのままお目覚めの・・・かと思いきや、何故かアルクェイドの口元は志貴の
喉元へと向かっていたりする。

 さっきまでは不機嫌な表情でそれでも黙って見ていた翡翠が、あっ、と声をあげて近寄ろうと
するが、もう間に合わない。
 ゆっくりと、アルクェイドの口元に白く小さく見える牙が、まだ目を覚まさない志貴に・・・
刺さろうかというときに、バァン!、とドアが内側に開いた。

 いや、開いたのではなく、吹き飛んでいた。
 その証拠に、蝶番が部屋の中で宙に舞い、朝の日の光を受けて微かにキラキラと煌いている。

 さらにその吹き飛んだドアと同時に、影が部屋の中に入り込んでいた。

 ザクザクザクザクッ!!

 「ぎにゃぁぁぁぁっ!」

 何かが壁に突き刺さる音と、猫の断末魔の悲鳴がほとんど同時に部屋に響く。

 「まったく、朝からなにド外道な事企んでるんですかこの泥棒猫は!」

 「私以外の誰も兄さんの血を吸うことは許しません!」
 
 「あらあら。今日は見事に息の合った連携攻撃でしたね〜。
  秋葉様が壁に押さえつけたところをシエル様の黒鍵ですかぁ」

 部屋に飛びこんだシエルと秋葉の後ろから、琥珀がいつもの笑みのままドアの反対側にある
壁に昆虫標本のごとく張りつけられているアルクェイドを見上げながら両手をぽんと合わせた。
 
 「・・・う〜ん、今日はいけるかなと思ったんだけどなぁ・・・」

 身体中に剣を突き刺されたまま、何事も無かったかのようにアルクェイドは呟き、よいしょ、
と声をあげた。

 ガラガラガラ・・・

 すると、剣があっさりと身体から抜け落ち、そのまますとん、と静かに着地する。
 しかし、誰もそのことについて既に驚かなくなっている。が、効き目の無いことに対する
悔しさを攻撃を仕掛けた当の2人は露にする。

 「まったく・・・普通の吸血種だったら一撃で消滅しているというのに・・・」
 「くっ! 兄さんをあの魔手から救う術は無いというの!?」

 少しあきらめ感の出てるシエルとは違い、秋葉は心底悔しいらしく、赤くなった髪がゆらゆらと
風も無いのに動いていたりする。

 その影でぐっと握りこぶしを身体の脇で強く握っている翡翠と、後ろ手に何やら白い粉袋をそっと
握っている琥珀にはここにいるメンバーは気付いていない。


 「・・・・・・・ん・・・」

 そんなドタバタをやっているうちに、ここにいる全員の目標、もとい目的である志貴がゆっくりと
目覚めた。

 「おはようございます、志貴さま」 

 さっ、とそれこそもしかすると戦闘状態のアルクェイドと互角に渡り合えるかもしれないといった
スピードで、翡翠が真っ先に志貴の傍へと滑り込む。

 「おはよう、翡翠。今日も元気だね」

 「はい、有難うございます」

 どうも二人だけの世界を形成しているような気がしないでもない。

 にっこりと微笑む志貴と、その視線をひとり占めして幸せそうにしている翡翠を、完全に出遅れた
敗者組は羨ましそうに、というよりは恨めしそうに穴を開けそうなくらいに見つめている。

 ・・・いや、実際に物理的に穴を開けている姿もあった。

 手に持っていた黒鍵で床をぐりぐりとえぐるシエルと、その鋭い爪で壁をがりがりと削ってやりばの
無い(向けられない)怒りを発散させているアルクェィド。

 「・・・う〜ん、今日も良い天気なんだねぇ・・・」

 「はい」

 「でも、ちょっと・・・」

 そこですこしくんくん、と鼻を鳴らす志貴。

 「? いかがされました、志貴さま?」

 「うん、ちょっと匂いが、ね。
  ほら、毎日のように壁とかの修繕をしてるからさ、その壁のほうからなんか、ね」

 実際にはさっきまで行われていたやりとりも、全て志貴は判っていたのだが、あえて気が付かない様に見せた。
 ここで自分が口を挟むとさらに自体が混乱することを過去の経験から十分に学習して得た対処方法である。

 志貴に言われて、翡翠は志貴が向けている視線のほうへと顔を向ける。

 じっさい、今朝みたいな戦闘(?)は遠野家のこの部屋で、毎日のように発生している。
 そして、その度に翡翠が器用に壁をその日のうちに修繕し、志貴が帰ってくる夕方には
またもとのきれいな部屋に戻っていた。

 手軽な日曜大工の工具と、パテと接着剤と、きれいな壁紙。
 有馬の家は昔ながらの建物を大切に使っていたので、近代的な内装の、しかも修繕したての
部屋ではさすがに新しい部屋独特の化学物質臭が気になってしまう。

 「・・・あんまりこういう匂いになれていないからね。
  正直に言うとちょっときついけれど、まぁ、そのうちなれるんじゃないかな?」

 翡翠の所為じゃないんだから気にしなくて良いよ、という志貴の言葉にも、それでも申し訳無さそうに
俯く翡翠。
 その姿を見て、さすがに根っからの悪人ではない居合せた他の娘達も気まずそうにそれぞれに視線をそらした。

 
 ただ、志貴はこの時気がつかなかった。
 この一言で、明日からはこの対処方法が使えなくなるということに。

 第1話 終わり



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