トライアングル!


 
第1話    日常あるいは平凡な日々の終焉


 「ふぅ・・・・・」

 今日はもう何度目になるか判らないほどの溜息をついた。

 嵐のような誕生日パーティー事件から、もう2週間が過ぎていた。

 今思い出しても、冷や汗がどっと出てくるような気がする。

 先輩、いや、いまはもう恋人同士だから芹香、と呼ぼう。その芹香が純白の

ドレス姿で家まで来てくれたあの日。公園で抱き合っていた頃、来須川家では

主賓のお嬢様が行方不明になって上を下への大騒動だったらしい。

 さては誘拐か!、ということで両親が警察まで連絡しようとした所で、妹の綾香が

おそらく俺の所に行っているのではないか、と推測した為に来須川家の人達が揃って

家まで押し掛けてきた。

 いつまでも公園にいると冷えてしまうから、という事で芹香を家に誘って休んで

いた時に、セバスチャンを始め、ご両親や綾香がやって来た。

 そこで初めておれ達がつきあっていることを正直に説明した。予測通り、最初は

まったく相手にされなかった。はっきりとは言わないものの、生きる世界が違う、

そういった事を理由に認めようとはしなかった。

 それでも俺は諦めなかった。いままでどんなに芹香が好きだったか、そして、

これからもその気持ちは決して変わることの無いことを正面から話した。

 ・・・横で聞いてた芹香は顔を真っ赤にしてうつむきながら、また、綾香は

ほとんど呆れながら話を聞いていた。

 このまま平行線のまま話が進むのかと思った時、綾香が両親に向かって

 「小さい頃からずっと何年も放っておいて、いまさらなに言ってるのよ」

 その一言で、勝敗は決してしまった。

 その日は芹香も家族と一緒に帰っていったのだが、次の日の朝、彼女は

トランクを引きずって俺の家にやってきた。

 ・・・・・来須川の家を出て来ました、と言って・・・・・



 そして、その芹香は今、ソファで俺の横に座って紅茶を飲んでいた。

 彼女が飲んでいると、安物のティーパックで作った紅茶も高級そうに見えるから

不思議だ。

 今日は日曜日、とりあえず平穏な一日になりそうだ。

 僕が視線を向けているのに気が付いたのか、芹香はニュースを流していたテレビから

こちらへと顔を寄せた。

 「・・・・・」

 「え? 私の顔に何か付いていますかって?」

 こくん。ちょっと不思議そうに僕を見つめる。

 「いや、嬉しいな、と思って。

 こんな日曜日の朝から、芹香と一緒にいられるなんて。」

 そう言うと、彼女は俯いてうっすらと頬を赤らめた。その仕草がまた可愛い。

 思わず両方に手を廻して抱きしめる。

 「・・・あ・・・」

 ちょっと驚いたものの、そのまま僕に目を閉じてもたれかかってきた。

 「芹香・・・」

 「・・・・・さん・・・・・」

 そして、お互いの顔が重なろうとした瞬間。

 ぴんぽぉ〜〜ん

 甘い雰囲気を根底から破壊した間の抜けたチャイム音がした。

 思わず顔をくっつけたまま同時に目を開けた。

 そして、すぐに第2弾が。

 ぴんぽ、ぴんぽぉ〜〜ん。

 せっかくのいい雰囲気を崩されてしまい、脱力感が全身を襲ってくる。

 (う〜ん、何か新聞の勧誘とかの可能性が高いし・・・出なくっても良いか)

 芹香はその音など耳に入って無いかの様に、目を閉じたまま僕にもたれている。

 再び気を取り直して彼女の髪を優しく撫でて、それから・・・

 ぴんぽ、ぴんぽぴんぽぴんぽぴんぽぴんぽぉ〜〜〜ん

 さすがにこの連続攻撃にはお互い目を開けてキョトンとしてしまった。

 「なんか・・新聞の勧誘にしてはたちが悪いな」

 「・・・・・・」(こくん)

 同感です、という様子の芹香。

 ガンガンガンガン・・・

 続いてドアを叩く音が聞こえてきた。

 「ちょっと、姉さ〜ん、いるんでしょう?

 私よ、早く開けてよ」

 どうやらチャイム攻撃は綾香の仕業だったようだ。

 「え、綾香が何の用事できたんだろう?」

 「・・・・・・」(ふるふるふる)

 首を振りながら知りません、と呟いた。

 「姉さ〜ん、何してるの〜ぉ?

 まさか朝っぱらからHな事でもしてるんじゃないでしょうねぇ?」

 ズダダダダダダダダダ・・・

 僕は慌てて走り出し、玄関のドアを思いきり開けて怒鳴った。

 「何誤解を受けそうなことを大声で言ってるんだぁ〜!!」

 そこにいたのは、外見こそ芹香とよく似ているものの、性格はまるっきし

カケラほども似ていない妹、綾香だった。

 その綾香は僕の大声にも全く動じていなかった。

 「なんだ、やっぱりいるんじゃない。

 いるんならもっと早く出てきなさいよ」

 「あ、あのなぁ・・・・・」

 「あれ? 口紅が付いてるわよ、口元に」

 「え、うそっ!?」

 慌て口元を手で拭ったところで、騙されたことに気が付いた。

 両手を腰にあてながら呆れ顔の綾香。

 「ホントにしてたの? まったく、朝からお熱いことで」

 (したかったんだけど、お前が来たから出来なかったんだよ!)

 ホントは思いっきり言いたかったけれど、さすがにこれ以上ボロを出すと

 ろくな事にならないのは明らかなので何も言わなかった。

 「それにしても・・・一体朝から何の用なんだ?」

 制服姿の綾香を不審そうに見つめた。

 「何の用って・・・引っ越しよ☆」

 お茶目にもウィンクを寄越した。芹香と双子のようによく似ている分だけ、可愛い。

 それだけに、本気で怒れない自分がちょっと情けない。

 ただ、綾香の発した単語に、言い様のない不安感を憶えた。

 「おい・・・何だ、引っ越しってのは?」

 僕の問いかけに、ちょっと怒ったような表情をする。そして、僕の耳を細い指で

引っ張りながら、顔を近づけて怒鳴った。

 「よく聞こえなかったかしら?

 引っ越しよ、引・っ・越・し!」

 「イテテテテ。痛いって!

 判ったから耳を引っ張るなっての!」

 来栖川家のお嬢様でありながら、異種格闘技選手権「エクストリーム」の初代

チャンピオンの綾香には、僕が振るった腕など難なくかわされてしまう。

 「ま、いいわ。

 判ったんなら、荷物を入れるの手伝ってよ。さすがに人手が足りなくって

 困ってたんだから。か弱い女の子には辛いのよ、荷物を運ぶのって」

 「誰がか弱いんだって? 僕なんか比較にならないくらいに強いくせに」

 聞こえないようにぼそっと呟いたつもりだったけれど、耳聡い彼女には聞かれてた

ようで、すかさず脇腹に肘打ちが入った。動きがほとんど見えなかったところといい、

さすがに武術にかけてはすごいものがある。

 「・・・結構、力を入れなかったか・・・?」

 「いくら何でも女の子に面と向かっていう台詞じゃないわよ☆」

 たしなめるように少し笑みを浮かべながら僕に指をさす。

 呼吸に詰まって脂汗を流しながら苦しんでいると、その脇腹にそっと手が置かれた。

 僕の様子を見かねてか、心配顔で芹香が近寄ってきていた。

 (なでなでなで・・・・・)

 「え? 大丈夫ですかって・・・?

 ・・・大丈夫、芹香がこうやってくれたから・・・」

 不安な表情を見せる芹香にちょっとひきつった笑みを浮かべながら、脇腹に置かれた

白い手に自分の手を重ねた。

 「・・・・・・・」(じぃ〜〜っ)

 上目使いに僕を見つめる芹香の温かい眼差し。そこには、「まだ痛い筈なのに」って

言葉が込められているようだ。

 「はいはいはいはい! そこまでそこまで!」

 また二人だけの世界に入ろうとした所で、綾香が強引に割って入ってきた。言葉通り

芹香と僕の間に体を入れて。
 
 「まったく、これじゃ話が進まないでしょ!

 ・・・とにかく、荷物運ぶの手伝ってよね」

 そういって綾香は振り返って道路を指さした。するとそこには、山が出来ていた。

 家財道具一式、どうやって運んできたのかは知らないが、見事に並んでいる。

 「これ、全部・・・・・・?」

 呆れ返って綾香を見ると、彼女は当然でしょ、と頷いた。

 「女の子が二人、生活していくのよ。これくらいは必要じゃないかしら?」

 「でも、どこにこんだけの荷物を入れろっていうんだ?」

 「あ、その点は問題無いわよ。あなたの御母様に聞いたら

 「「息子の部屋を使っていいわよ」って言われたけど」

 僕は目が点になった。綾香がそこまで手を回しているとは思わなかった。

 「俺の部屋はど〜なるんだよ?」

 「ご両親の部屋を使うように、って言ってたわよ☆」

 「・・・・・・・」(僕)

 「・・・・・・・」(芹香)

 この時、芹香が何を言いたかったのかはかなり複雑な表情だったので僕にも

ちょっと判らなかった。

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 これで、芹香との甘い生活は終わりを告げた。

 〜〜〜〜第1話 終〜〜〜〜

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