トライアングル!


 
第4話   共同戦線?

 

 「・・・・・・・・・・」

 綾香が走り去った後も、僕は独り、そのまま部屋の中に立っていた。

 泣かれるよりも、むしろ思いっきりひっぱたかれた方が気が楽だったかも知れない。

 「甘えてた、かな?」

 誰にともなく、呟く。

 芹香と綾香、そして自分。ここしばらくの生活が、とても温かく、何か

ずっと忘れていた物を思い起こさせてくれたような気がしていた。

 そして、今のままを壊したくないと言う気持ち。

 しかし、それが非常に脆かったという事を判っていたけれど、でも、その事に

目をずっと背けてきた。

 僕と芹香の同居生活。そして、来栖川家から飛び出してきた綾香。

 綾香は、来栖川家の生活から逃げてきたんではなく、芹香と同じ気持ちで、

この家に来た・・・・・。

 だから、それは非常に不安定な均衡の上に成り立っていた生活だった。

 そして、遂にその均衡が崩れた。自分の何気ない一言の結果で。

 「・・・・・・・・・・さん・・・・・・」

 「芹香?」

 細い声で、いつの間にか部屋の中に入ってきていた芹香が呼んでいた。

 振り返ると、漆黒の瞳がまっすぐに僕を捉えていた。

 その瞳は、責めるようでも、怒っているようでも無かった。

 ただ、何か諭すような、そんな穏やかなものだった。

 「・・・・・・・・・」

 

 それから数分後、僕は夜の街を走っていた。

 (綾香を追いかけてあげてください・・・)

 芹香が語った一言が、頭の中にはっきりと残っていた。

 (綾香の気持ちは、最初から判っていました。知っていて、知っていながらも

私は今のこの生活がとても好きで、壊したくありませんでした)

 かすかにそういって俯いた芹香の瞳には、深い悲しみが広がっていた。

 (私は、あなたと・・・、あなたと結ばれるために、綾香や、あかりさん達に

ものすごく助けられています。それがあったから、今、こうしてあなたと同じ時間を

過ごしていることができるんです。

 それを、助けて貰った綾香に、邪魔をして欲しくないなんて、そんなこと言える

資格は私には・・・ありません)

 「芹香・・・」

 俯いた彼女の肩に手をかけようと手を伸ばした。

 しかし、その手を芹香の白くて細い手が、僕の腕を肩に届く前にそっと掴んだ。

 (私、綾香があなたに惹かれた理由が判ります。もし私が綾香と同じ立場なら、

きっと私も綾香と同じ様な事をすると思います。

 嫉妬しているんですよ、私。)

 そう言って顔を上げた彼女は、とても穏やかに微笑んでいた。

 そう、まるで母親のように・・・・・



 おそらく1年分くらいは言葉を出したのではないだろうかという芹香を家に残し、

夜の駅前を綾香を探して走る。

 電話でセバスチャンにこっそり聞いたところでは、来栖川家には帰っていないという

事だった。とすると、まだこの街のどこかにいるという可能性が高い。

 (私は、あなたの恋人の前に、あの子の姉です・・・・妹を、綾香をお願いします)

 微笑みながら、頭を下げた芹香。

 芹香の優しさと、そして姉妹の絆。兄妹のいない身としては、凄く羨ましかった。

 綾香が心配なのは自分自身も当然だけど、彼女の気持ちの為にも、一刻も早く

見つけたかった。



 もしかしたら繁華街にでも行っているのかも知れない、と考えて街に向かった。

 「・・・・・・このぉっ!」

 駅の近くの、飲み屋などが多い路地から、なにやら言い争う声が聞こえた。

 「いいじゃないか。今はやりの援助交際だろう?

 お小遣いだって足りないんじゃないのかい・・・」

 「大きなお世話よ! それより、どいてちょうだいよ、そこ」

 聞き覚えのある声が夜の街に響く。

 慌てて駆けつけてみると、綾香が5,6人の酔っぱらった男達に囲まれていた。

 作業着姿の、わりと若い男達が妖しい笑みを浮かべながら綾香を見ていた。

 まだ日付が変わるまでには時間があるので、全く人気がないわけではないが、

そこに居合わせている通行人は、厄介事を避ける気持ちと好奇心が半分づつブレンド

されている表情で、なりゆきを見ていた。

 確かに、寺女の制服を着ているので女子高校生というのが一目で判ってしまうが、

それ以上に、綾香はハイレベルな容姿なだけに、人目を引きやすかった。

 「なぁ、いいじゃないか、どうせいつもこういうことしているんだろう?」

 「そうそう、コレもかけひきなんだろ、なぁ」

 「ちょっと・・・、そこいらのアーパー女と一緒にしないでよ」

 絡んでいる男達は、まさか綾香が本当は本気になったら一撃で自分がKOされる

格闘技の達人だとは思ってもいないだろう。

 ただ、格闘家としての信条として、試合以外の場所で、しかもど素人相手に

拳を構えることはできないのであろう。綾香は、酔っぱらい相手に攻撃をしようとは

しなかった。

 しかし、あいては酔っぱらっていても、若い男数人。まともに組み合った場合には、

非常に危険である。とりあえず、綾香と男達を引き離そうとその中心に入っていった。

 「おいおい、綾香。こんなところで何やってるんだよ」

 綾香との間に壁のように割って入りながら、声をかける。

 「・・っ! ・・・・・いまさら何しに来たのよ」

 一瞬驚きの表情を浮かべながらも、すぐに怒った表情になって冷たく返された。

 「なんだぁ、兄ちゃん。この子としりあいなのかぁ?」

 「でも、なんか嫌われているみたいだなぁ、とっとと帰んな。」

 絡んでいた男達が馬鹿にしたような口調で掴み掛かってくる。

 「・・・帰るぞ、綾香。」

 そんな男達の腕を振り払い、綾香の手を掴む。

 「帰るって、あの家に帰れっていうの?

 嫌よ。あの家はあなたと姉さんで・・・私の居場所なんて無いじゃない・・・」

 綾香が怒ったような、でも泣いているような震えた声で呟く。

 「・・・・・・・・」

 その彼女の言葉に、とっさに何て言って良いのか判らなかった。

 普段の飄々とした綾香ではなく、本当の綾香の姿を見たような気がした。

 エクストリームの女王という強さの裏側には、年相応の女の子のかよわさ、

そして恋をしている時の少女そのものの姿が・・・あった。

 「綾香・・・」

 次の瞬間、背中に激痛が走った。

 だれかに後ろから蹴られたらしい、と判ったときには握っていた綾香の手は

離れ、自分自身はアスファルトに崩れ落ちていた。

 そして、倒れたところにあちこちから蹴りが入ってきた。

 起きあがる間もなく、激痛が襲う。

 「かっこつけてんじゃねぇよ、このガキが。」

 「みせつけてくれるじゃねぇか、まったく。」

 あちこちから罵声を投げられながら、次第に意識が遠くなりかける。

 (結局、かっこつけられないんだよなぁ・・・)

 こんな時にそう言う事を考える自分に少し苦笑していた。

 (とりあえず、綾香だけでも逃げてくれればいいんだけどなぁ・・・)

 そう思っていると、急に襲ってくる蹴りがとまっていた。

 朦朧とする意識の中、目を周りに配ると、さっきまで自分を蹴っていた男のうち、

一人が今の自分と同じように、地面に倒れていた。

 その倒れた男の前には、試合の時と同じ構えをした綾香の姿があった。

 「・・・・許さないわよ。」

 その姿には、ついさっきまでのかよわさは微塵もみられなかった。

 「うるせぇっ! こうなったら力づくでやってやるぜ!

 男の中でも血の気が多そうな2人が同時に、綾香に飛びかかる。

 そして、掴み掛かってくる4本の腕を全て素早くにかわし、カウンターで

顔と急所にそれぞれしなった足が綺麗にヒットする。

 これで残りは2人。しかし、今の様子を見て、酔いも冷めたのか、綾香とは逆の

方向に逃げ出した。

 ・・・が、その二人の足が急に止まった。いや、何かに見えない物に止められた。

 「お、おい、足が動かねぇっ!?」

 「何だ、何が起こったんだよ?」

 自分の足を見下ろし慌てる男の前に、暗闇から人影が現れた。強烈な冷気を持って。

 「・・・・・・・・・」

 「姉さん?」

 気配に気付いたのか、綾香がその人影に声をかける。

 「芹香?」

 全身の痛みに耐えながら、ようやく立ち上がって道路の向こうを見た。

 おそらく何となく予知みたいなものでもあったのだろう、家で待っているはずの

芹香がそこに立っていた。

 ・・・・・その後のことは、あまり思い出したくない。

 ただ、芹香を本気で怒らせるのだけはやめておこう、と決意した。

 〜〜〜第4話 終わり〜〜〜


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