GoGoウェイトレス!

  第4話  テルミドール


 (ほんとうに、あの手紙にはなんてかいてあったのかしら・・・)

 涼子がPiaキャロットから帰ってきて、遅めの夜食を準備しながら考えるのは

昼間のあの光景だった。

 遠くからだったので顔までは良く判らなかったけど、なんとなくおとなしめそうな雰囲気の娘だった。

 黒いストレートヘアが遠目で見ても判るくらい小刻みに揺れているので、どれだけ緊張していたのか

それは想像に難くない。

 (女の子が、ものすごく緊張して男の子に渡す手紙なんて・・・)

 「そんなの、一つしかないじゃない」

 トントンとまな板の上で人参を切りながら呟く。

 「しかも、それを受けとっちゃうなんて、どうして」

 トントントン・・・ドンドンドン・・・ 

 「・・・うこ、涼子ってば!」

 背中から大きな呼び声が聞こえてきた。
 
 「え?」

 「きゃぁっ!」

 振り向くと、思いっきりのけぞってる葵がいる。

 「あれ、葵? どうしたのそんな格好して?」

 「ど、どうしたのじゃないわよ。

 呼んでも全然気が付かないみたいだからどうしたのかと思ったら、急に

 振り返りざまに包丁で襲いかかって来るんだから」

 冷や汗を浮かべた葵が指さす先には、しっかりと握られた包丁。 

 「あ・・・ごめん」

 あわててまな板の上に置こうとすると、そこには刃の跡もすさまじく残った板きれがあった。

 人参に至っては、輪切りにいていたはずがミキサーか何かで砕いたかのような残骸だけになっていた。

 (やだ、ぼ〜っとしてたから)

 「ま、いいけどね。

 どうせ耕治くんの昼間の一件の事を考えてたんだろうしねぇ〜」

 「い、いや、そんな事・・・・・」

 ない、と言おうとして諦めた。

 長くつきあっているだけに、お互いのことは判りすぎるほど判っている。

 そんな私の考えが読めているのか、葵は何も聞かなかったかのように話を続けた。

 「まったく、あの子もなに考えてるんだか。

  さっき帰り際に問いつめたんだけど、結局何も言わなかったのよ」

 「そ、そう・・・なの」

 (やっぱり、私達には言えない事なのかしら?)

 そう考えると、どんどん気持ちが重くなってくる。

 緊張していた女の子の様子。

 その手に握られていた手紙。

 あの時の光景が鮮烈に蘇ってくる。

 「信じなさいよ、涼子」

 葵が私の肩に手を載せて優しく叩いた。

 「耕治くんが好きなのは涼子しかいないんだから。

  何もそういう手紙だって訳じゃないかもしれないんだから、ね」

 「う、うん・・・」

 俯きながら返事をした。

 (信じて・・・いいのよね?)

 耕治さんのこの間の笑顔が蘇る。

 本当に優しく頼みを聞いてくれたときのあの姿。

 そう考えると、重く沈み込んでいた気持ちがいくらかは晴れる気がしてきた。

 「さて、今日は私は戻るとしますか」

 私の方をしばらく見ていた葵がそう言いながら頭を掻いた。

 「え? そうなの?」

 てっきり宴会をしに来たと思ってたので、拍子抜けしてしまった。

 「今日くらいはゆっくり二人で話しなさいよ」

 玄関に向かいながら顔だけをこちらに向けて葵がにっこりと笑って言った。

 「・・・・・・・ありがとう、葵」

 「あ、でも明日からまた派手に行くわよぉ」

 「・・・・・・・・・・」



 ピンポーン。

 葵が戻って5分もしないうちに耕治さんが帰ってきた。

 「た、ただいま」

 「おかえりなさい」

 出来るだけ普段と変わらないようにと心がけながら耕治さんを迎えた。

 「あのさ・・・だぁっ・・」

 靴を脱ぐときから妙に私の方を見ているらしく、入り口の段差で盛大に躓いている。

 「だ、大丈夫?」

 あわてて駆け寄る。

 「あはは、なんか疲れてるみたい・・・だね」

 どうも耕治さんがおどおどしているのが判る。

 (そっか、葵から話は聞いてるんだし、もしかしたら私のあのときの態度も

 耳に入っているのかもしれないわね)

 そんなことを考えながら、テーブルに食事を並べ始める。

 横目で様子を伺っていると、私が支度している間も妙にそわそわしている。 

 (よく考えると、葵から話を聞いてるかも知れないから、それで私の態度を気にしているのかしら?)

 「さぁ、出来たわよ。耕治さん」

 「ありがと。ではいただきますか。
 
  今日も忙しかったし、本当お腹が空いちゃった」

 しばらくは何気ない会話ばかりが続く。

 最近の耕治さんの大学での話とか、最近私が凝ってる料理の話とか。

 ちょうど食事も終わって、会話が途切れた時に、思い切って私から尋ねようと思ったとき、

 「あの」

 「えっと」

 声が見事に重なってしまった。

 しばらく見つめ合ったまま動かなくなったけれど、私が切り出さないのを見て

耕治さんが先に再び話し始めた。

 「涼子さん、今日お客さんから手紙を貰った件だけど・・・」

 その一言で、私の心拍数が一気に跳ね上がった。

 トキドキドキ・・・

 「ごめん、内容についてはどうしても秘密にして置いて欲しいって言われたんで言えないけど、

 決してそういうような事じゃないから・・・判って欲しいんです。」

 一瞬、目の前が真っ暗になった。

 (言えないことって・・・そう言うような事って・・・?) 

 呆然としている私に、耕治さんは困ったような顔をした。

 「いや、涼子さんには言えないっていう事じゃなくって、もちろんPiaキャロットの

 みんなにも言えないんだけど、必ずいずれ話すから、それまでは・・・ごめん」

 さらに、「明日から一週間、用事が出来てバイトの後で出かけなければならないから」と

告げられて、真っ暗な闇が渦を巻きだした。

 昼間の耕治さんと女の子のツーショットが蘇る。

 あの時になにがあったのか。

 ・・・私は、何を言って良いか判らなかった。


  
〜〜第4話 終わり〜〜

<NOVEL PAGEへ戻る>  <第5話へ続く>