Kanon

Short Story#1  雪の辿り着く場所

 注: これは、名雪とのED後まもなくという設定です。
    ただ、何故か全キャラとの面識を主人公は持っています(笑)
    そこらへんの細かいツッコミは勘弁して下さい。(^^;


 
   第4話 白銀は疲れるよ!?


 「けっこう体っていうのも覚えてるもんだなぁ」

 コースを幅一杯を使いながら器用にターンをする祐一。

 滑り始めの1本目はちょっと危なっかしいところもあったが、そのあと2ほど同じ中級者コースを滑る内に

いつのまにかスムーズにターンしながら滑っている自分自身に驚いた。

 「あれ、ちゃんと滑れるじゃない」

 「私より上手です」

 香里と栞が少し後ろから追いかけるように滑りながら、そんなコメントを付けてくれた。

 「・・・あれ? 名雪は?」

 後ろをちらっとみると姿がないのに気づく。

 「もうちょっと上で待ってから行くって。

  まぁ、見てれば判るわよ」

 香里が悪戯めいた微笑みで自分たちが滑ってきた上の方を見上げる。

 そのまま3人で結局最初のゲレンデまで滑り降りてきた。

 「う〜ん、なかなか来ないなぁ・・・」

 コースを見回しながら呟いていると、遥か上の方でやたら早く動く点が見えた。

 「あ、あれじゃなかしら」

 香里も同じ方を見ながら指差す。

 すると、上のほうから見事な・・・というかものすごいスピードで滑ってくる姿があった。

 途中まで猛スピードで滑ってきたかと思ったら、今度は激しいターンを繰り返したりしている。

 あのウェアとなびく髪の長さは、確かに・・・

 「あれが、本当に名雪なのか?」

 普段のぼ〜っとした姿からは想像も付かないような激しい滑りをしていることに驚く。

 「本当だったら高校の選手権に出てもおかしくないようなレベルらしいけれど、あの娘は

 ”楽しく滑れればそれでいいから”って言っていつも辞退してるのよ」

 「・・・そうだったのか」

 名雪の意外な一面を発見した。

 そして、そのままその名雪は相変わらずの見事な滑りで待っている俺達の前までやってきた。

 「水瀬さん凄く上手ですね〜」

 栞がほんとに感心したように呟く。

 「名前に”雪”がつくのも伊達じゃないって訳ね」

 どこまでが冗談かわからないような真面目そうな口調で香里も言う。

 「・・・・・・」

 さっきからずっと昔のスキーの想い出を出そうとするのだが、どうしても出てこなかった。

 ・・・昔、俺と名雪はどんなスキーをしていたんだろうか?

 ・・・名雪とはどんな話をしていたのだろうか?

 けれど、どうしても思い返すことができなかった。

 そうこうしているうちに、名雪が見事なモーションでピタリとまっていた俺達の前に止まる。

 「ふぅ〜、たのしかったぁ〜」

 その口調は、さっきまであの激しい滑りをしていた姿が嘘のような、いつもの名雪のものだった。

 「名雪さん、凄いです〜」

 「久しぶりみたいだったけど、相変わらずね」

 美坂姉妹の言葉に、ちょっと恥ずかしそうにしながら視線をこっちに向けた。

 「・・・ほんと、たいしたもんだな」

 「久しぶりだったけど、気持ちよくすべれたよ〜」

 「昔から、そんなに上手かったんだっけか、名雪は」

 その質問に、一瞬だけ悲しい表情を浮かべたのは気のせいだろうか。

 ただ、次の瞬間には笑顔になっていた。

 「ううん、そんな事無いよ〜」

 その笑顔のままストックを持った手で俺の腕を軽くたたく。

 「祐一だったら、すぐに私より上手くなれるよ。

  ふぁいと、だよっ」

 気の抜けそうな掛け声で名雪が励まそうとしてくれた。




 「う〜ん、気持ちいいなぁ・・・」

 ざば〜ん、と岩風呂に張ってあった湯を押しのけながら、湯船に体を沈めた。

 名雪に影響されて調子に乗って夕方まで滑った結果、初日から完全に疲れ切ってしまった。

 あれだけ激しい滑りをしていた名雪は「毎日鍛えてるもん」と平然としていたが。

 佐祐理さんが用意してくれたこの宿には、なんと露天の岩風呂まであった。

 さすがに旅館とかで見かけるような大きなものではなかったが、それでも

5、6人はゆったりとくつろげるような大きさだで、大きな岩を組み合わせて組まれた風呂は

雪避け用の屋根で覆われていて、屋根の無いそのまわりは2メートル近い雪の壁が立っている。

 さすがに1つしかないので、時間帯を決めて男子(といっても俺と北川だけだが)と

女子で分けて(当たり前だが)入ることに決め、その後、北川はお約束どおりに女子の時間帯に

「ちょっと出かけてくる」と行って、30分後に全身雪まみれの疲れ切った様子で戻ってきた。

 ただ、深夜以降は誰も入らないだろうということで、とくに割り振りを決めてなかったのと、ひとりで

のんびりお湯に漬かりたかったので、午前0時を廻った所で脱衣所に向かう。

 予想通り誰もいなかった露天風呂を独占して、屋根に付けられた明かりに反射して青白く光る雪の壁を眺める。

 しばらくその壁を特に観察するでもなくぼ〜っとみていた時、ガララ・・と、脱衣所のほうで音がした。

 (ありゃ、誰か来ちゃったか・・・)

 北川はどっかから持ってきた泡の出る烏龍茶みたいな飲み物を飲んで爆酔していたので、女子のうち誰かか・・・ 

 などと思っていると、

 「・・・祐一、いる?」

 入り口から聞こえてきたのは名雪の声だった。

 「な、名雪かっ!?」

 こんな夜中に起きているとは考えられない名雪の姿がそこにあった。

 バスタオルを体に巻きつけた格好で・・・ちょっと残念。

 「おまえがこんな時間に起きてるなんて、どうかしたのか?」

 「うん、ちょっと寝付けなくって・・・」

 あ、そうか。

 いつも使っている枕とか布団じゃないとあんまり眠れないとか言っていた様な気がする。

 そんな名雪が、ちょっと恥ずかしそうに顔を赤くしてこちらを上目使いに見た。

 「それで、誰かがお風呂のほうに行く足音が聞こえたから、もしかして、と思ったら・・・

  ねぇ祐一、私も入って・・・良い?」

  正直、名雪がこんなこと言うとは予想していなかった。

 「あ、ああ、良いんじゃないか、たぶん。」

 かなり動転してしまい、訳のわからない答え方をする。

 その返事を聞いて、名雪は嬉しそうな、それでいて困っていて、恥ずかしそうなよくわからない

表情になる。

 そして、頭と体にタオルを巻きつけたまま名雪がそばに寄ってきた。

 「おじゃまするね」

 そういってちゃぷん、とその格好のまま湯船に沈んだ。

 そのあいだもお互いの顔をずっと見ながら、奇妙な沈黙が流れた。

 「あ、あんまりじっとみないでよ」

 かなり恥ずかしくなってきたのか、名雪が先に視線を外した。

 「み、見てなんか無いぞ」

 「・・・・・・・」

 なぜか不機嫌そうに黙ってしまう名雪。

 またしばらく沈黙が続く。

 「昔は、考えられなかったな・・・」

 わずかに波打つ湯船を見ながら名雪が呟いた。

 「祐一がいなくなって、もう会うことも無いんじゃないかって思っていながら、

 でも、またもしかしたらいつか会えるかもしれない・・・雪が積もるとそんな事ばかり考えてた・・・」

 「・・・・・・」

 「でも、こうして祐一とまた会えて、一緒に暮らして・・・」

 「・・・・・・」

 「今、こうしていられるのも、お母さんが元気になったのも、ほんとうに奇跡みたいで、なんか、もしかしたら

長い夢を見ているのかもしれないって、ときどき不安にもなったりするんだ」

 ぽん、ぽん。

 すうっと名雪の横に寄り、タオルの乗っかったあたまの上に手を乗せる。

 「奇跡なんかじゃないよ、たぶん」

 上手く回らない頭をそれでもフル回転させながら言葉を捜す。

 「名雪とか、秋子さんとか、他のいろんな人達が”なりたい”って願ったからじゃないかな?」

 名雪はこちらを見ないで相変わらず湯船を見ている。

 「・・・もちろん、俺も含めてな」

 ・・・こつん

 湯船から飛び出ている肩に、名雪の頭がもたれかかってきた。

 そして、そんな名雪の肩に手を廻そうとした時・・・

 ドサドサドサッ!

 「きゃぁっ!」

 「うわぁっ」

 「・・・・!」

 「わ!」 

 雪の塊が落ちる音と同時に、いろんな悲鳴が聞こえてきた。

 慌てて周りを見回すと、脱衣所のドアが全開になっていて、そこから見慣れた姿が将棋倒しになっている。

 「私は止めたわよ」と香里。

 「私は連れてこられただけです」と栞。

 「・・・夜の見回り」日本刀を片手に舞。

 「あはは〜っ、みなさんが面白そうなことなさっているようだったんでつい・・・」とは佐祐理さん。

 「・・・・・」

 「・・・・・」

 名雪の肩に廻しかかって止まった手が冷えて寒かった。


 第4話 終わり


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