Kanon

Short Story#1  雪の辿り着く場所

 注: これは、名雪とのED後まもなくという設定です。
    ただ、何故か全キャラとの面識を主人公は持っています(笑)
    そこらへんの細かいツッコミは勘弁して下さい。(^^;


 
   第6話  白銀は不気味だよ!?


 2日目の今日はみんな好き勝手に滑ろう、ということでばらばらに散った。

 美坂姉妹は「ごゆっくり〜」と言いながら揃って初心者リフトの方へと消え、北川は

今来たばかりの大きな休憩所の中に何故か目を輝かせて入っていった。

 舞と佐祐理さんは、初心者向けのスキー講座に参加している。

 佐祐理さんは問題無いのだが、舞が滑れないという事もあり、付き添いで参加することに

なっていた。確かにあの舞一人ではいろんな意味で心配なのは間違いない。

 そして、あゆは・・・この山の主と言われ恐れられている巨大な白熊と宿命の戦を行うべく、

山の頂上目指して登っていった・・・

 「・・・うぐぅ、ボクそんなことしないよ!」

 ふと気がつくと、目の前で羽がパタパタしている。

 「まだいたのか。早く頂上に行かないと今日中に帰って来られないぞ?」

 「だから、そんなことしないってば!」

 ソリを抱えたまま頬を膨らませたあゆが、足をバタバタと鳴らして抗議している。

 「残念。せっかく今日の夜は白熊鍋が食べられると思ったのに」

 「・・・祐一、白熊は日本にはいないと思うよ」

 横から名雪が呆れたような声で割り込んでくる。

 「あ、そうか・・・じゃぁ、キツネでもいいや。

  と言うことで、あゆ、がんばって狩って来るんだぞ?」

 そしてそのままあゆを残して滑り出した。名雪も「頑張ってね」などと言いながらあとに続いてくる。

 「うぐぅ・・・だからそんな事しないのに」

 涙目になっているあゆの姿が遠くなっていく。

 まぁ、あゆはこのゲレンデの入り口付近でソリ遊びでもするだろうから問題ない。

 「そういえば・・・キツネって・・・はて?」

 さっきとっさにキツネと言葉に出したが時、何か心にひっかかるような気がしたのだが・・・

 「まぁいいか。思い出せないと言うことは大したことじゃないだろうし」



 「はぁ〜 まだ午前中なのにもう疲れ切ったぞ。

  もう帰って温泉に浸かるとでもするか」

 ゆらゆらと揺れるリフトに片手で掴まり、そしてもう一方の手はお互いの手袋を握って座りながら、

ようやく整ってきた呼吸の合間に名雪に言った。

 「え〜 まだ始めたばっかりだよ」

 驚いたような、呆れたような表情の名雪。

 「運動不足だよ、たぶん。

  祐一も陸上部に入ればいいんだよ、きっと」

 「俺は運動靴アレルギーなんだ」

 「・・・そんなの初めて聞いたよ」

 最初は、元気良く滑り出した名雪についていくのがやっとだった。

 昨日感覚を少しは取り戻したというものの、そのままどっかの選手権に出られそうな

名雪の滑りにはさすがに追いつく事は難しい。

 しかも、日頃の鍛錬の差が正直にその結果を表していた。

 何本か滑り終わった段階で、こっちはすでに息は切れ切れ、スキーウェアの中はサウナ状態

だったのに対して、名雪は“?”といった表情でこっちを平然としながら見ていた。

 しばらく、不思議そうに疲れた表情をした俺を見ていたが、ようやく状態が判ったのか、「あ」と

声を上げた。

 「あ、ごめん。つい楽しくって」

 笑いながら謝る名雪を見ると、かなり息が上がってる身としてはさすがにちょっと恨めしく思えてくる。



 「・・・まったく、ここにまであんなの持ってくるなよな」

 「だって、あれがないとちゃんと起きられないんだもん」

 言いながらも、どこか名雪が笑って見えるのは俺の気のせいだろうか?

 「・・・ねぇ祐一、だったらちゃんと毎日起こしてくれる?」

 スキー板をぶらぶら揺らしながら悪戯っぽく訊いてきた。

 あの目覚ましを渡して以来、時々思いついたかのように同じ事を名雪は質問してくる。

 「・・・・・」

 「ねぇ、ちゃんと起こしてくれる?」

 黙り込んだ俺の手をぐらぐら揺らしながらしつこく繰り返す。

 「・・・・・・よ」

 「聞こえないよぉ〜」

 「ずっと起こしてやるよ!」
 やけになって大声で叫んだ。

 俺達の前のリフトに座っていたカップルが、驚いたようにこちらを振り返った。

 あわてて名雪と同時に赤くなって俯いた。

 かなり投げやりそうに言ったのだが、名雪はそれでも満足したようだった。

 俯いている名雪のが嬉しそうにほほえんでいる。

 「・・・うん。ありがと、祐一」

 「しかし・・・時々思い出したかのように訊いてくるよな、この事」

 あれから、あの名雪の部屋にアレをおいた日から、時々、名雪は同じ事を俺に問いかけてくる。

 そのたびに、名雪のあの悪戯っ子のような笑顔についつい負けてしまっていた。

 「だって・・・またいなくなっちゃう様な気がするんだもん。

  特に、こんな雪の積もった景色を見てると、ね」

 名雪はリフトの下に広がる真っ白な景色を見ながら呟く。

 「名雪・・・」

 遠いあの日の、子供の頃に自分自身が名雪に対してした事については、いくら謝っても

許されるものではないのは、よく判っているつもりだった。

 ただ、名雪はすべて許してくれた。

 あの、頭に雪を積もらせて名雪を待った夜、

 「これで、おあいこだよ」

 その一言で、すべて許してくれた。

 「もう、いなくなったりしないよね」

 と、付け加えて。

 そんなことを思い返しながら、下を向いている名雪の頭を、名雪の手を握っている方と反対側の

手でぽんぽんと叩いた。

 「大丈夫だよ」

 「・・・うん、そうだよね」

 こっを向いて返事をしてくれた名雪は・・・いつもの笑顔だった。

 ヒュゥゥ・・・ブワァッ!

 「うわっと」

 「きゃっ!」

 そのとき、いきなり突風が吹き、名雪の被っていたちっちゃい猫の描かれた帽子が

飛ばされそうになった。

 体をすくませた名雪を庇う為、彼女の背中のほうから肩に片手を廻そうとした時に、

視界の隅で風に舞う名雪の長い髪の間から帽子が空に向かって飛び出そうとしているのを捕らえる。

 「・・・よ・・っと!」

 届くかどうか間に合わなかったが、その名雪の肩に廻そうとしていた手を、そのまま空中に

舞いかけていた帽子に向けた。激しく舞う名雪の髪の間を抜けて差し伸べた指先は、辛うじて

帽子の端を捕らえていた。そして、その掴んだ帽子をそのままがしっと名雪の頭に押し込む。

 「ほら、ちゃんと被ってないからだぞ」

 「ん・・・ありがと、祐一」

 風はほんの一瞬だけだった。名雪の帽子が飛ばされそうになった事以外は、とくに何も変わった事は

無い様だ。

 (・・・単なる風だったのかな?)

 そう思って納得しようとした時だった。

 ”・・・気に入らない・・・”

 気のせいか、どこからかこちらに向けて悪意に似た感情を込めて見られているような感覚がした。

 ”どうして、どうしてあの娘だけは・・・それに比べて私は・・・”

 暗く沈んではいるが、それは間違いなく女の子の声だった。

 ただ、こんなリフトの上から見回してみても、どこから聞こえてくるかは全く判らない。

 俺達と同じようにリフトに乗っている人、足下から見えるコースで滑っている多くの点の様に

見える人達。それこそあゆのように背中に羽根でもつけていない限り、この中から一人を特定する

事など、まず不可能に違いない。近くのリフトに乗っている人のなかにも、どうやらそれらしい姿は見えない。

 「ん? どうしたの?」

 キョロキョロとあたりを見回していると、髪を整え直して帽子を被ろうとしている名雪が、不思議そうに

こちらを見ていた。

 「名雪、いまどっからか声が聞こえなかったか?」

 その問いに、名雪はキョトンとした表情になった。

 「え、声?

  とくに何も聞こえなかったけど・・・」

 そういって俺と同じように名雪はあたりをキョロキョロと見回す。

 「そっか、聞こえなかったか。

  気のせいだったのかな?」

 「う〜ん、私は何も気がつかなかったけど・・・?」

 「まぁ、名雪は鈍いから本当に俺には聞こえてたとしても判らないのかもな」

 そういって、名雪の頭を帽子越しにぐりぐりと掴む。

 変に正直に言って名雪を不安がらせるのも避けたかったので、曖昧に誤魔化すことにした。

 「ひどいよ〜、鈍くなんてないよ〜」

 その俺の手を押しのけようとしながら名雪が抗議してくる。

 「ほら、もうすぐリフトが終わるぞ」

 「・・・鈍くないもん」

 「ほら、ぼーっとしてると座ったままリフトで降りていっちまうぞ」

 「う〜・・・ぼーっともしてないし、鈍くもないもん」

 ぶつぶつ言いながらも俺よりも遙かに鮮やかなスタイルで滑り出す名雪。

 確かにこの滑っている姿だけを見れば、その言葉は間違いではないかもしれない。

 すでにかなり先行した名雪が、途中で立ち止まり何か言いながら手を振っていた。

 “ほら〜、祐一の方が鈍いよ〜”

 おそらくそんなことを言っているに違いない。

 (今日はホントに疲れる一日になりそうだな・・・)

 まだまだ日が高いのに既にかなり疲れてきてる手足に気合いを入れて、名雪の方へ向かった。


 第6話 終わり


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