Kanon

Short Story#1  雪の辿り着く場所

 注: これは、名雪とのED後まもなくという設定です。
    ただ、何故か全キャラとの面識を主人公は持っています(笑)
    そこらへんの細かいツッコミは勘弁して下さい。(^^;


 
 第7話 白銀は覚えてるよ!?


 ひっく、ひっく・・・

 雪の積もった森の中から鳴き声が聞こえる。小さい女の子の声で。

 ひとり、杉の木の根元でうずくまって泣いていた。

 つぎはぎだらけの古ぼけた上着を着ながら、まるくなって震えながら。

 おかっぱ頭も小刻みに鳴き声と共に震えていた。

 ひっく・・ぐす・ぐす・・・

 ざく、ざく、ざく。

 その背後から小さな足音が近づいてきた。

 そして、その泣いている女の子の前で立ち止まった。

 「ねぇ、どうしたの?」

 その丸くなって泣いている女の子に向かって話しかける男の子がいた。

 「・・・・・・・・だれ?」

 男の子の問いかけからしばらく間があってから、女の子が涙声で返事をした。

 「えっと、道に迷っちゃって。ちょっと道を教えて欲しいんだけど」

 申し訳なさそうな男の子の声。

 「・・・・・このあたりの人じゃないの?」

 「うん。昨日から旅行で来たんだけど、初めて来た場所だから良く判らなくって、

 でも、散歩したくてちょっと歩いたら、どこから来たのか判らなくなっちゃった」

 「そうなんだ。・・・わかった、案内してあげる」

 そういって答えた女の子は、丸くなっていた体をゆっくりと起こして、男の子に振り向いた。

 涙に濡れてはいるけれど、すごく優しい顔を男の子に向けた。

 それは、今から7年前のある日だった。 



 「え? 突風なんてあったんですか?」

 「そんなのは全然なかったと思うけど・・・?」

 「・・・知らない」

 夜、食事の時にみんなに昼間の出来事(もちろん風についてだけ)をはなしたのだが、

栞、香里そして舞からは不思議そうな顔で見られてしまった。

 「ああ。結構強い風がいきなり吹いてきたんだけどな」

 「うん、もうちょっとで帽子をなくしちゃうところだったよ」

 俺と名雪は互いに顔を見合わせてあの時の様子を思い返した。

 「きっと、ボクを普段いじめているから天罰が下ったんだよ」

 小声であゆがこっそり呟いたが、それを聞き逃すほど耳は悪くない。

 ぼかっ

 「うぐぅ・・・だからそうやって意地悪するからだよ」

 ぼかぼかっ

 「痛い痛い痛い、うぐぅっ」

 あゆを鉄拳(といっても軽いチョップだが)で黙らせてから、腕を組んで考える。

 「まぁ、山だから突風とかも起きやすいのかな?」

 誰に言うのでもなく、首を横に傾けながら呟く。
 
 「高いところにいたんだから、それだけ風も吹き付けやすくなるわよ」

 すっとこういう台詞が出てくるのはこのメンバーでは香里か佐祐理さんしかいない。

 香里は、ごく当たり前のことでしょ、といった口調であっさりと言う。

 もう一人の佐祐理さんは食後の紅茶を準備するために席を外していた。

 この言葉が区切りになり、この話題はこれで終わり、あとは栞が中級者コースで何とか

滑れるようになったとか、舞がナンパしに来た男数人をストックで叩きのめしたとか、あゆが

ソリ競争で地元の小学生に負けたとかの話題になった。

 「重いからスピード出るはずなのに何で負けるんだ?」

 との問いに、あゆは何も言わずにすね蹴りで返してきた。

 「でも・・・」

 「ん?」

 「あの風、やっぱり普通じゃなかった気がする。

  何か、ものすごくあの時だけ背筋が寒くなったんだよ」

 名雪が、みんなが話をしている合間にこっそりと俺にだけ聞こえるように呟いた。

 そのときの名雪は、どこか不安げな表情でこちらを見つめていた。


 その日の深夜。

 「にゅ〜〜・・・」

 あちこちに猫が描かれている寝間着姿が廊下を歩いていた。

 いや、歩いていると言うよりは、浮遊していると言った表現の方が適切かもしれない。

 「く〜〜」

 微かに聞こえる寝息からすると、どうも寝ながら歩いているらしい。

 「祐一〜、イチゴサンデーもう一つ追加だよ〜

  でも、トッピングにお母さんのジャムだけは嫌だよ〜」

 ふらふらと怪しげな足取りながらも、転ばずになおかつ壁にもぶつからずに歩けるのは

ある意味では才能とも呼べなくはないだろう。

 がちゃ

 ふらふらと歩いていた名雪がいきなり直角に曲がったかと思うと、目の前にあったドアノブを

まったく迷うことなく掴んでそのまま捻った。

 「わっ」

 その開けた部屋の中から、驚いた女の子の声が聞こえてきた。

 「ん?・・・え?え?」

 その声に、ドアノブを掴んだままの格好で線眼になっていた名雪の目が開いていった。

 「あ、名雪さんでしたか」

 「佐祐理・・・・・さん?」

 明かりの消えている部屋にいたのは、佐祐理さんだった。

 カーテンは開けられていて、ガラス窓を通して外から差し込む街灯の明かりが、ぼんやりと

部屋を照らしていた。

 「あ、部屋を佐祐理さんの部屋だったんですね。

  ごめんなさい、部屋間違いました」

 しばらく眼をごしごしとこすったあとで、名雪がようやく気がついて謝ろうとした。

 「いえ、ここは私の部屋じゃないですよ」

 ちょっと困ったような笑顔になって佐祐理さんが訂正する。

 そのあとで、

 「ここは・・・今は誰も使っていない部屋ですから」

 そういって部屋の中を見回す佐祐理さんにつられて、部屋を見回す名雪。

 外からの明かりが薄暗く照らす部屋の中には、布団の置かれていないベッドが2つ並んで隅に

置かれていた。

 ただ、そのベッドは子供用のちいさいもので、佐祐理さんはもとより、あゆでさえ

普通に寝転がるのは難しいくらいの大きさだった。

 「ここは、昔私が遊びに来たときに使った部屋なんですよ」

 不思議そうにキョロキョロ見回す名雪に佐祐理さんが説明する。

 「そうなんですか」

 「ええ。ちょっと懐かしくなって見に来たんですけど、もう戻りますね。

  名雪さんも、明日もいっぱい滑るみたいですから、はやく休みましょう」

 「あ、はい」

 そう言って先に部屋から出る佐祐理さんの後を追うように、名雪も続いた。

 ただ、部屋を出る前に一度振り返った先に見えた、二つ並んだベッドが、ひどく印象に残った。




 第7話 終わり


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