Kanon

Short Story#1  雪の辿り着く場所

 注: これは、名雪とのED後まもなくという設定です。
    ただ、何故か全キャラとの面識を主人公は持っています(笑)
    そこらへんの細かいツッコミは勘弁して下さい。(^^;


 
 第8話 白銀は変わらないよ!?

 真っ白な雪が一面に広がっている林の中で、二つの人影が並んで動いている。

 「ねぇ、ほんとにこの道で大丈夫なの?」

 不安そうな男の子の声が、ギュッ、ギュッ、と雪を踏みしめる音と共に聞こえている。

 「大丈夫だよ。こっちを通った方が近道だから」

 後ろから聞こえる男の子の声にも振り向かずに、にこやかに女の子は前を進んでいた。

 そう言いながら不安そうな男の子の先を女の子は元気良く歩いている。

 さくっ、さくっ、と男の子の足音に比べるとすごく軽快な足音を残しながらその女の子は

おかっぱの髪をすこし弾ませながら歩いていく。

 少しずつ二人の距離が開いていく。

 「ちょ、ちょっとまって〜」

 距離が開きだした事に気付いて男の子があわてて足を早めようとする。

 「う、うわぁっ!」

 ズボッ!

 もともと慣れない雪道で危なっかしく歩いていたのに、さらに早く歩こうとした男の子は

あっという間に雪に足を取られて雪の道にダイビングした。

 「つ、つめたい〜!」

 倒れ込んだ拍子に、背中の服の隙間から雪が入り込んできて、たまらず声をあげる男の子。

 クスクスクス・・・

 上の方から聞こえる声に気付いて見上げると、前を歩いていたはずの女の子が戻ってきて

男の子をニコニコしながら見下ろしていた。

 「雪道にほんとに慣れていないんだね」

 そう言いながら微笑む女の子の表情は、見下ろすようなものではなく、出来の悪い弟を優しく

見つめるかのような物だった。

 「・・・ほら、立ち上がって」

 そういいながら差し出したのは、手袋をしていない白いきれいな手だった。

 一瞬そのまま掴まろうかと考えた男の子だが、その白い手をじっと見て、そして倒れたままの格好で

もぞもぞと手を動かし、手袋を外してからその女の子の手に掴まった。

 そして、その手を通して伝わってきたものは・・・とても冷たい氷のような感覚だった。

 「わっ、手、冷たいね」

 「そうかな?」

 「うん。ずっと寒いところにいたからかもしれないね」

 「ふ〜ん」

 ちょっと考えるような仕草をした後、男の子は両手でその女の子の手を握った。

 「こうすれば、あったまるかもしれないよ」

 「でも、ちょっと熱いよ」

 すこし痛そうな表情をしながら女の子が言ったので、こんどは男の子の方が驚いた。

 「え、熱いの?」

 「ちょっとね。でも、耐えられないほどじゃないよ」

 そういってまるで熱いお風呂に浸かったときのような表情になってすこし女の子は微笑む。

 「ほんとはね、お母さんから言われていたことがあるの」

 ぎゅっ、と男の子の手を握りしめながら女の子がぽつりと呟く。

 「どんな事?」

 「他の人と、長い時間手をつないだり、一緒にいちゃいけないんだって。

  でも、決まってそのことを言う時のお母さんは、悲しそうな顔をするの」

 「・・・そうなんだ、でも、どうしてだろうね?」

 女の子の手から伝わってくる冷たさを感じながら男の子も不思議そうな顔になる。

 「う〜ん、わからない。

  でも・・・・・」

 「でも?」

 「でも、君とだったら、ずっと繋いでいたいな」

 男の子の問いに、にっこりと笑いながらさらに女の子はぎゅっと強く手を握ってきた。

 そのまぶしく見える女の子の表情に、男の子の鼓動が高くなる。

 それは、初めての感覚だった。

 そして、悲しいことに、それが最後の感覚でもあった事を、このときの男の子は解るはずもなかった。



 今も昔も、雪の景色はそれほど変わることはない。

 変わったとすれば、そこに訪れる人間が入れ替わると言うことだろうか。

 この雪山も、昔はほんの数件の旅館や個人の別荘がある小さな温泉地だったのが、この数年の

スキー人気や温泉ブームに乗ってその規模が大きくなった場所だった。

 とはいっても、周辺の大きな有名地とは比較にならない程度の規模ではあるが。

 その為か、春休みのシーズンだというのに、人気はまばらだった。

 その中で、ザーッと雪をかき分けながら、並んで斜面を滑る二つのウェア姿。

 「だいぶうまくなって来たね、祐一。

  これだったらもう私より早く滑れるかもしれないよ」

 祐一の前を滑る名雪が、時々後ろの祐一の方を振り向きながら言う。

 「無茶言うなって。

 名雪が手加減してくれてるからだろうが」

 そう言いながらも滑る祐一も、初日とは別人のような滑りで名雪の後に続いている。

 「そんなこと無いよ。きっと私よりうまくなると思うよ」

 「どこにそんな根拠があるんだよ」

 「う〜ん・・・なんとなく、かな?」

 悪戯っぽく言う名雪に思わずバランスを崩しかける。

 「なにいい加減なこと言ってるんだかなぁ・・・」

 慌てて体勢を取り直しながら片方のストックで名雪をつつくまねをする。

 「だって、そういえば祐一だったら本当にそうなっちゃうかな、って思って」

 スピードを落とし、並んで滑る名雪が前を向いたまま呟く。

 そして、そのままさらに速度を落とし、コースの端にあった少し平坦な部分で並んで止まる。

 下を見るとまだコースの中間点らしく、人影も結構まばらで、まだまだ下のリフト乗り場までは

距離があった。

 「ねぇ、下までどっちが早いか競争しようよ?」

 コースの方を見ていた名雪が、こっちに振り向きながら提案してきた。

 「・・・いきなり何を言い出すかと思ったら。俺が勝てる訳ないだろ?」

 「え〜そんなのわからないよ〜」

 呆れながら言い返す祐一に、名雪はにこにこしながら答える。

 「・・・勝った方が、相手の言うことを一つ聞くって言うのはどうかな?」

 一瞬、よからぬ事を頭の中に浮かべる祐一。

 「・・・えっちなのは駄目だよ」

 目を細くしてこっちを睨む名雪。

 「残念・・・」

 本当に残念そうにする祐一。

 「う〜ん、とすると・・・あ、良いこと思いついた」

 いきなり意地悪い笑みを浮かべる祐一に、名雪はちょっと不安そうに視線を向ける。

 「・・・何?」

 「いや、秋子さんのあのジャムを一瓶食べて貰おうかと・・・

  そうすれば、あの笑顔で毎朝勧められることもなくなるかなぁ、って思ったりして」

 「・・・死んじゃうよ・・・

 第一、無くなったらまたお母さんが嬉しそうにすぐ作ると思うよ」

 「それもそうか。

 それじゃ、他のことでも考えるか」 

 その横で、安堵の溜息が聞こえたのは祐一の気のせいだったのかもしれない。

 「・・・あ、名雪、ウェアの上着のボタンが一つ外れてるぞ」

 そういって名雪のポケットあたりを指さす祐一。

 その視線を辿って自分のウェアを見下ろす名雪。

 「え? どこどこ?」

 そしてきょろきょろとウェアのあちこちを探す。

 「え〜見つからないよ〜。どこなの、ゆうい・・・ち・・・・?」

 視線を上げて祐一を見ようとした名雪だったが、その祐一の姿はそこになかった。

 「・・・・・・・・・・・勝った!」

 遙か下の方で、凄い勢いで滑っている祐一の声が聞こえた。

 一瞬目が点になる名雪。

 「・・・ずるい。

 う〜、絶対に負けないもん」

 名雪も勢い良く祐一を追いかけて滑り出した。

 第8話 終わり

 余談:初心者のいるコースで競争をするのは止めましょう。
    昔、私がまだボーゲンでしか滑れなかった頃、初心者コースに
   猛スピードで突っ込んで来た奴に思いっきり追突された経験があるので・・・
    そのときは幸い大した怪我はしないで済んだんですが、ホントに危険です。



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