Kanon
Short Story#1 雪の辿り着く場所
注: これは、名雪とのED後まもなくという設定です。
ただ、何故か全キャラとの面識を主人公は持っています(笑)
そこらへんの細かいツッコミは勘弁して下さい。(^^;
第9話 白銀は怪しいよ!?
林を抜け、山の斜面を横切ってしばらく歩くと、遠くに所々温泉による湯気の立ち上る集落が見えてきた。
つい先ほどまでは民家の影も形も見えないところを歩いていた筈なのに、いきなり見えたこの光景に
男の子は目を見開いて驚いていた。
「ほら、もう見えてきたでしょ?」
“この方が近道だから”と自信ありげに言っていた女の子の言葉を思い出す。
「ほんとだ。さっきまで家なんて全然見えなかったのに・・・」
そう言いながらも男の子はその集落を見渡し、自分の家を探し始める。
「・・・見つかりそう?」
「確かちょっと高い場所にあったと思うから・・・
う〜ん・・・あ、たぶんあれだと思う」
ようやく帰る場所が見つかった男の子の少し嬉しそうな表情とは対照的に、女の子の方は
ちょっと残念そうな顔になった。
ただ、男の子は集落の方をずっと見ていたので、その女の子の表情には気付かない。
「そう、見つかったんだ。
でも、あの村の高い場所にあるお家って、お金持ちの家ばっかりだったような気がするけど・・・」
すこし首を傾げながら男の子を見る。
「お金持ちかどうかは・・・よくわからないよ。
ただ、ちょっとまわりと違っているのかな、なんて思うときはあるけど」
そう呟く男の子の声には、うれしさとかいう気持ちはなく、何か仲間はずれにでもされたような、
そんな寂しさが込められていた。
いつも学校で受けている視線の数々が、男の子の記憶に蘇る。
恐れ、羨望、嫉妬・・・そういった言葉の表現を男の子は知らなかったが、その視線の辛さを
常に学校では感じていた。
「家は見つかったけど・・・ちょっと直ぐには帰りたくないかな・・・」
その男の子の呟きを聞いた途端、女の子が急に明るくなった。
「えっ、ほんと?
それじゃ・・・私と遊んでいかない?」
その期待して目を輝かせている女の子の表情に、男の子が断れる筈もなかった。
「そうだね、そんなに遅くならないなら遊ぼうか?
でも・・・何をして遊ぶの?」
見渡す限りの雪景色。あとは遠くに見える家の数々。
一体どんなことをするのか街育ちの男の子には全く解らない。
「えへへ」
そんな不思議そうに見つめる視線に、女の子は目を細めた笑顔で返すだけだった。
その悪戯めいた、けれど非常に暖かそうな笑顔に男の子は見とれていた。
まばらに散らばっている人の間を、矢のような速さで滑り抜ける名雪と祐一。
ただ、その差はスタート直後よりもだいぶ縮まってはいるものの、まだまだ十数秒の間があった。
「やっぱり速いよ〜
これじゃ追いつけるかどうか解らないよ。しかもずるいし」
前を疾走する祐一の姿を追いかけながら名雪が呟く。
最初は何とか追いつけるかな、と思いながら滑っていたが、途中からほとんど本気になっている。
特に勝ったからとか負けたからとかでどうにかなると言う話ではないけれども、そこは意外と(祐一に対しては)
負けず嫌いの名雪の性格から、つい普段とは違ってかなり力を出していた。
祐一だったら本当に自分よりもすぐにうまくなってしまうんじゃないかという予想と期待の反面、でもやっぱり
祐一に負ける事はそれはそれで悔しい、というちょっと複雑な心境の名雪だった。
滑りながら視線を下の方へ向けると、遠くに小さくスキー上の入り口脇にあるリフト乗り場が見えてきた。
「う〜、負けそうかなぁ・・・」
ちょっと眉を寄せて難しそうな表情になる。
名雪自身、このままでは冷静に判断しても追いつけるか、あるいは勝てるかとなると自信がなかった。
「う〜・・・・あれ?」
コース脇に視線を向けると、本来のコースよりも遙かに幅が狭くて急勾配になっている道が目に入ってきた。
見るからにかなりの上級者向けか、あるいは地元の人の移動用コースにしか思えないが、何本かスキーの軌跡が
入って行っているのが見える。
時々こういった細くて急勾配の道が近道だったりすることを名雪は今までに何回か見てきて知っていた。
「う〜どうしようかな〜」
前を滑走(爆走とも言う)している祐一の背中と、怪しげなコースを見比べて悩む名雪。
その間にもどんどんその脇道に近づいている。
「・・・よしっ!」
その次の瞬間、思い切りスキー板を横にずらし一直線に脇道に名雪は飛び込んでいった。
「もしかして・・・勝てるかな?」
左右に細かくターンする時に、時々見える名雪の姿が少しずつ大きくなっているのは祐一も解っていた。
ただ、予想していたよりも名雪が追いついてくるスピードが遅かった。
(これはもしかしたら・・・勝てるかな?)
そう考えて、勝った時になんて名雪に言い出そうか悩み始める。
最初から、名雪相手に勝てるとはそれ程思っていなかった。
それに、名雪が予想通り勝っても、それほど無理難題を言うとは思っていなかったし、それは今までの
つきあいからも十分に解っている。
おそらく、イチゴサンデーでもまたおごってくれとか言うんじゃないかな、と祐一は考えていた。
だから負けてもともと、と思ってここまで滑ってきたのだが、ちょっと勝った場合に何を言おうか考えてみた。
“えっちなのは駄目”という、さっきの名雪の冷たい視線と共に釘を刺されたこの台詞が非常に残念な条件だった。
(「お風呂で背中流してくれ」とか「今度・・・エプロン姿で・・・」とかを是非リクエストしたいところだったのに)
そんなろくでもない事を考えていると、ふと面白いことを祐一は思いついた。
えっちなものでも、秋子さんの手作りジャム一瓶という生死を賭けたものでも無い事。
けれども、自分にとっては非常に面白そうで、名雪にとっては非常に困ってしまうような事があった。
もし、この事を聞いたら、名雪はどんな顔をするだろうか・・・?
そのときの状況を考え、ちょっと一人で笑ってしまう祐一。
「・・・これは是非にでも名雪にやって貰うしかないな」
その間にも、背後から名雪がすこしずつ差を詰めてきている。
ゴールの一番下のリフト乗り場までの入り口までの距離はまだかなりある様に祐一には思えた。
「とりあえずは・・・勝たないとねっ!」
台詞と同時にザッ、と思い切りターンをしてさらに気合いを入れた。
その直後、名雪の姿が背後から消えたのに祐一は気が付かなかった。
第9話 終わり
<NOVEL PAGEへ戻る> <第10話へ続く>