とらいあんぐるハート2

Short Story#1  神咲薫SS

 日曜日、晴れた空と今川焼きと・・・ (前編)


  注:これはJANIS/ivoryさんの「とらいあんぐるハート2」の
   あるイベントを基に作成しております。
    未プレイの方、若しくはこれからプレイされる方はネタバレな要素を
   含んでおりますのでご注意下さい。



 「・・・はっ!」

 ビュン、と木刀を振り下ろす。

 そのたびに髪の毛の先から光る汗が飛び散っていくのが見える。

 さざなみ寮の裏の林で、今日も薫は稽古をしていた。

 ビュン、ビュン、ビュン・・・・・・

 一定の間隔で、なおかつその一振りずつに渾身の力が籠もった腕が、木刀が、空を切る。

 「・・・薫、もう今日はそれくらいにしましょう・・・」

 稽古開始から2時間きっかりで十六夜が優しく声を掛けた。

 さっきまでずっと側に控えて一言も発しなかった十六夜が、タオルをまるで見えているかの様に

自然に薫の後ろから首に懸けた。

 「そうだな・・・ふぅ」

 大きく一つため息をつき、そのタオルで汗を拭う薫。

 呼吸を整えながら汗を拭く薫の方向に視線を向けたまま、十六夜はじっと動かない。

 なにかをためらっている表情であったが、一度大きく頷いてから十六夜は薫に質問する。

 「・・・薫?」

 「ん?」

 「薫・・・最近“気”に乱れが出てきていますね」

 その一言で、薫の動作が完全に止まる。

 汗を拭っている姿勢のままで凍りつく。

 「・・・そんな事は無い

  そんな事が有るはず無いじゃないか」

 その低く押し殺した様な薫の声が、全てを物語っていた。

 薫の視線は地面に向かっていた。

 滴った汗が、大地に染み込み、やがてその後が消えていく様を見つめていた。

 夕日が射し込んでくる中で、夏の訪れを告げる蝉の声だけが響く。

 強ばった薫の顔を、まるで母親が小さな娘を見るかのように愛おしげに見つめる十六夜。

 すっ、十六夜は両手で俯いた薫の顔にやさしく触れた。

 「・・・私はいけないと言っているのではありませんよ、薫。

  いえ、むしろ嬉しいくらいなんですから・・・」

 「十六夜・・・」

 てっきり注意されるかと思っていた薫は、驚いて視線を上げた。

 「薫、あなたは時々ある男性の顔が浮かんだりしていませんか?」

 ぼん、と薫の顔が赤く染まる。

 「な、な、何馬鹿なこと言ってるんだ・・・

  そげな事有るはず無かとね」

 あわてて言葉使いが変わってくる。

 「まあまあ」

 さらっと受け流して十六夜は薫の背後に回り、背中を押した。

 「薫、汗もかいた事ですし、お風呂に入りましょう」

 「こ、こら十六夜!

 ちゃんと人の話を聞け!!」

 「あらあら、まあまあ・・・」

 意に介した様子もなく、慣れた手つきで薫の背中を押し進める十六夜。

 「十六夜〜っ!」




 昼休み、いつもの仲間で窓際の机に陣取って包みを広げる。 

 薫は耕介から渡された普通の女の子のそれよりはちょっと大きめの弁当箱を広げ、

窓の外の青空をぼ〜っと見ていた。

 耕介が作った弁当を見る度に、昨日の十六夜との会話が思い出されてしまって、どうにも

恥ずかしくなってしまっていた。

 外の景色に目線は行っていても、頭に浮かぶのは朝、自分やみなみ、知佳たちの弁当を

作っている耕介の姿だったりする。

 「・・・おるっ、薫ってば!」

 「え? な、何か言ったか、尾崎」

 呼ばれたのにも気が付かずあわてる薫。

 「やっぱりなんか変じゃないか、今日の薫。

  どうにも上の空っぽく見えるし・・・」

 「そ、そんなことは無いって。何にもないって」

 そう良いながら弁当のおかずにフォークをグサグサ刺しまくっている姿はどても

“なにも無い”とは見えない。

 強く否定する薫の目の前に、白い人差し指が突きつけられた。

 「薫・・・ずばり、“男”ね・・・」

 「な・・・」

 「あんたみたいな堅物が急に様子がおかしくなるなんて、そんな理由くらいしか考えられないじゃない」

 「・・・瞳にだけは言われたくないな、その言葉。

  単なる風邪かも、とかは言ってくれないの?」

 「薫は体調が悪いときはもっと顔色が違うじゃない。

  昨日今日の付き合いじゃないんだから、それぐらいわかるわよ」

 「・・・・・」

 ぐうの音も出ない薫。

 (さすがにこの2人には隠せないか・・・)

 「で、誰なの?」

 「どこで知り合ったの?」

 身を乗り出してくる2人。

 「ちょっと今は許して欲しい。いずれ、話すから・・・」

 ちょっと頬のあたりが赤くなった薫を羨ましそうに見る尾崎と瞳。




 「ふぅ・・・」

 ザパーン、と浴槽一杯に張ってあった湯船に入り、大きく息をつく。

 部活で疲れ切った体に湯の熱が心地よく伝わってくる。

 目を閉じて体中の力を抜き、湯船のなかに漂う。

 “いずれ話すから・・・”

 今日の昼間の言葉が心の中に響く。

 「2人とも誤解・・・しただろうな・・・

  今頃は私が誰かと付き合ってるとでも思ってるかな」

 おそらく、自分は耕介さんの事が好きなんだろう。

 ただ、耕介さんは?

 ただの“さざなみ寮の寮生”としか見ていない、と思う。

 正直、今までこんな気持ちになったことがなかった。

 誰も、こんな私みたいな朴訥な女には優しくしてくれなかったし、その前に、

“退魔師”としての生き方だけを追っていた。

 それが、さざなみ寮に耕介さんが来てから何かが自分の中で変わったと思う。

 ただ、何が、というのかは上手く言葉には出来ない。

 はぁ、と大きくため息を吐く。

 (耕介さんは、私のことを本当はどう思っているんだろうか?)

 この前、耕介さんに言われた言葉がはっきりと記憶に残っている。

 “・・・のんびりしてる神咲さんを見てみたい”

 「・・・やってみようかな?」

 何かきっかけを作って、耕介さんと2人でいろいろと話したい。

 それで、耕介さんが私をどう思っているのかが判るかも知れない。

 そんな男の子の事で悩む薫は、退魔師なんかではない、どこにでもいるような

普通の女の子だった。

  〜〜前編 終〜〜

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