トゥインクルレビュー

Short Story#1  音羽早苗SS

 再び、輝く季節へ・・・


 第1話 決意

 注:これは、早苗さんED後まもなくという設定です。
   ちょっと本編のEDとは矛盾がありますが、その辺は
   ご容赦願います。



 「有望な新人は見つかりませんでした」との報告といっしょに戻ってきて3ヶ月が経過していた。

 早苗さん、いや、早苗ちゃんとは遠距離電話の毎日だが、それでもお互いに冷めることなど全く無く、

空白だった7年の時を埋めるかのようにお互いの知らない時間のことを話したりしている。

 そのとりとめの無い話は時々夜の闇が薄らいでくる頃まで続く事もあって、寝不足のまま出勤する

などという状況に陥ったりもしていた。

 一応、口には出さないけれど将来結婚までを想定している事もあり、早苗ちゃんにはいずれこちらに

来て貰う予定になっているが、その話を切り出す前にどうしても決めておきたいことがあった。



 「本気なの・・・?」

 社長が不審そうに俺の目を見つめたまま問い掛けてくる。

 「はい」

 冗談でこんなことができないのはお互い判っているが、それでも念を押されたということは、

それだけ期待してくれていたからだろうか。

 社長と俺2人だけで向かい合っているデスクの上には、さっき提出した「退職願」が置かれている。

 正直言って、俺だって事情が事情でなければやめたいとは毛頭考えなかった。

 この仕事が好きだし、そしてこの社長の下で頑張ってきたからこそ、いまここに自分が存在できる。

 そして、7年前の早苗ちゃんの件でクビを覚悟していた俺に対して、特に大きな処罰をすることなく、

すぐに仕事に復帰するようにとの指示まで出してくれた社長。

 しばらく無言のまま社長はじっと俺を見ていたが、ひとつ大きな溜息をつく。

 「・・・・・判りました。ただ、明日もう一度ここに来なさい」

 そういってこちらに背を向け、窓の外の景色を見る。

 「・・・・・ありがとうございました」

 特に言葉が思いつかずにそう一言だけ言うと、社長室を出た。

 ただ、ドアがしまる直前に、

 「あなたをあの場所に行かせたのは失敗だったのかも・・・」

 そう社長が言っていたように聞こえた。


 
 島を離れる2、3日前、希ちゃんと話している時に、ふと思い出したように彼女が呟いた。

 もともとはリズム感について話していたのだが、たまたまダンスの話題が出てきたところで、
 
 「早苗おねえちゃんはね、時々ひとりでダンスルームに入っている事があるよ」

 その何気ない希ちゃんの一言が、鋭く尖って心に突き刺さった。

 ”あなたを憎んだ事など無かった”

 あのとき、早苗ちゃんはそういって背中にしがみついてきた。

 確かに、俺を憎んではいないのかもしれない。

 ”確かに踊れなくなったのはショックでした。今までの人生をかけてきたんですから・・・”

 そして、その翌日、だれもいないダンスルームで早苗ちゃんを見かけたときは、頭の中が真っ白になった。

 じっと床を見つめたあとで、軽くターンを・・・しようとして転倒する早苗ちゃん。

 すぐにでも飛び出して助け起こしたかったけれど、もし、今の姿を俺に見られたとわかったら

気を使いすぎるくらいの彼女の事だから、もうこの場に立つ事はしなくなるだろう。
 
 踊ることが本当に好きだった早苗ちゃん。その人生をメチャメチャにして、そのうえ、7年もの間

その事に対して気遣ってあげるどころか、逆に支えられ励まされる手紙まで貰っていた俺自身が、

とてつもなく馬鹿で、腹立たしく思えた。

 昨日まで、”早苗ちゃんを幸せにする”と浮かれていた自分がとてつもなく嫌な男に思えた。

 そして、そのままこっそりとダンスルームから立ち去った。

 (早苗ちゃんがもう一度ダンスをできるようにする・・・)

 この時、俺は拳を強く握り締めながら心に誓った。



 「それじゃ、とりあえず行ってくるよ」

 本土に戻る船のデッキから、にこやかに手を振って早苗ちゃんに挨拶する。

 わずかな期間の演技力アップがどこまで通じたか判らないけれど、できるだけ平静を装って船に乗りこんだ。

 ちょっと悲しそうな表情はしていたけれど、7年前と違い、こんどはお互いの気持ちが判っているから、

そこには悲壮さは無かった。それどころか、希ちゃんに「単身赴任の旦那さんを見送るみたいですね」と言われて

顔を真っ赤にして早苗ちゃんは否定していた。

 「いってらっしゃい」

 そう言って手を振って返してくれた。

 その長い緑の髪が風に吹かれている姿は、遠ざかって見えなくなるまでずっと動かなかった。

 〜第1話 終〜



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