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近況メモ(平成一六[二〇〇四]年一月〜三月)

 

平成一六(二〇〇四)年〜「能『翁』」から「雪に紅梅」へ

一月四日(日)晴れ 

 明けましておめでとうございます。正月はいかがお過ごしでしたか? 小生は、大晦日に、金沢から高山に立ち寄って愛知県豊田市の実家に帰り、そこで東京から来た妻と娘に合流しました。高山では古い町並みを散策して香の道具を買いました。JR高山線は日本の真ん中を縦断しており、どの辺りが分水嶺かと川の流れを観察していると、高山市内を流れる宮川はまだ日本海へ向って流れていましたが、高山を少し過ぎたあたりで高山線の車窓から見える飛騨川は既に太平洋へ向って流れていました。

 三が日は、娘の本厄払い(数えで一九歳)も兼ねて神社へお参りに行ったり、高校時代の旧友に会ったりと、のんびりした一時を過ごしました。大晦日に会った旧友のひとりはオランダから一時帰国した電子関係の技術者、明けた三日に会ったふたりは、医者と工学系の基礎研究者です。普段の仕事は全く異分野の旧友たちですが、会えば高校時代と変わらぬ調子で打ち解けて話せるのは何よりの楽しみです。また、小生の実家では、娘がおばあちゃん(我が母)にお雑煮の作り方などを教わったり、帰る時に祖父母の健康を気遣う置き手紙を残したりと、娘がそれなりに人間的な成長を遂げている様子が窺え、うれしく思いました。

 この間、けっこう読書もはかどりました。福田恒存全集第一巻所収の永井荷風論に触発されて荷風の「墨東綺譚」を読み(高山で香の道具を買ったのは、荷風自身を投影したこの小説の主人公が帰宅して香を焚いたという一節が強烈に印象に残ったからです)、茶道の宿す思想を知ろうと岡倉天心の「茶の本」を読み、さらに、荒井魏氏著の新刊「天下人の自由時間」(文春新書)を読み終えました。最後の本は、信長、秀吉、家康がそれぞれどんな余暇の過ごし方をしたかを調べた本で、鷹狩のほかに、彼らは茶や能や香などもよく嗜んでおり、遊び方に各人の個性がにじみ出ているのが大変面白かったです。

 さて、昨夜実家から金沢へ戻り、今日は今年最初の金沢定例能に出かけました。「翁」、「弓八幡」、「小鍛冶(白頭)」に狂言「末ひろがり」と、正月にふさわしい番組が演じられ、心から堪能しました。たまたま能楽堂で、小生が一緒に仕舞と謡を習っているMさんご夫妻らと一緒になり、能が引けた後に皆であれこれ語りあうことも出来、能と合せて至福の一時を持つことができました。

 

一月一七日(土)曇り 

 先週末から今週半ばまで、仕事の都合で東京にいました。娘の習っているドラムの発表会を見に行ったり、小生の仕舞と謡の新年発表会のために家族の前でミニ・リハーサルをしたりと、のんびり過ごしました。

 明日は、薮先生の社中「篁宝会(こうほうかい)」の新年会が能楽堂であり、小生も仕舞「高砂」と謡「鵜飼」を披露させていただくことになっています(仕舞で舞台に立つのは初めてです)が、どうなりますことやら…。今からまた稽古をします。

 

一月二五日(日)大雪 

 金沢は大雪です。先週の水曜日あたりから降り続き、市内でも三〇センチから四〇センチほど積もっています。小生はたまたま先週東京出張があり、木曜日に帰る予定でしたが、その日は飛行機も電車も動かず、金曜日にようやく金沢に戻って来ました。便利と快適に慣れた現代人は大騒ぎしますが、かつてはこの程度の雪など当たり前だったのですから、この環境を甘受する度量を持ちたいと思います。

 さて旧暦では今日は正月四日に当たります。今が新しき年の始めで、これからまさに節分、立春を経て次第に春になって行くわけです。旧暦の正月の方が「新春」にふさわしい季節感がありますね。小生は昨日、幸いJR七尾線が動いていましたので、雪をかい潜って能登の気多大社へ旧暦初詣に出かけました。気多大社は「入らずの森」と呼ばれる広大な自然林を背景に日本海に向って建てられた古い神社です。拝殿正面から彼方に日本海を臨めます。祭られているのは大国主命(おおくにぬしのみこと)すなわちダイコクさんです。出雲を本拠地とするこの神様が能登に祭られているのは、古代の出雲王朝の威光が日本海伝いにここまで及んでいたことを示しているのかもしれません。雪景色の中の気多大社の拝殿は桧皮葺きの美しい建物でした。

 

一月三一日(土)晴れ 

 久しぶりに金沢は青空です。好天に誘われて柿木畠の「うつのみや書店」に出かけ立ち読みに耽っていました。芭蕉の奥のほそ道をたどる旅のシリーズの新刊が加賀の那谷寺を特集しているのを眺めたり藤沢周平の「三屋清左衛門残日録」を拾い読みしたりしていましたが、文庫本のコーナーでふと足を止めると、文春文庫から福田恒存氏の「日本への遺言」「日本を思ふ」「私の国語教室」が出ていました。それらの本の解説で佐伯彰氏や中村保男氏が福田氏を偲んで、「快男子」「生き方と文章が不可分に結合した真の知識人」といった賛辞を述べていました。

 然り、戦後日本の知識人で福田氏ほど真摯に深く人間を考えた人はいません。今小生は福田恒存全集の全八巻をライフワークのつもりで少しずつ読み進めていますが、第四巻と第八巻だけ買ってなかったので本屋で注文しておいたのですが、何と版元の文芸春秋社で福田全集を増刷しておらず、在庫が無いとのこと。日本で最良の人間学の書を一般の人が入手できないなどということはあってはなりません。この人の書いたものは代表作だけを読むのでは足りないと小生は感じ、全作品を読みたいとの渇望は増すばかりです。文藝春秋社に早急な増刷を求めたいと思います。

 

二月七日(土)雪 

 北陸地方は再び雪です。しかし先々週の大雪の学習効果からか、交通機関などもおおむね平常どおりの運行をしているようです。外は雪ですが、部屋の中は春にしようと、白梅の香りの香を焚きました。

 

二月一四日(土)晴れのち嵐 

 きょう金沢は、午前中快晴で最高気温も一〇度を超え、春の気配を感じましたが、午後からは一天俄に掻き曇り、みぞれ降り強風吹き雷も鳴って再び冬に逆戻りしてしまいました。

 今週は実家の母の体調が悪くなったので一度帰省しました。帰りに名古屋駅に新しく出来たツインタワーのてっぺんに登り濃尾平野を一望したほか、十年ほど前に小生が名古屋に勤務していた頃一緒に働いた女性たちと昼食をともにし、旧交を温めました。

 

二月二二日(日)晴れのち嵐 

 この週末は仕事の関係で東京に帰っていました。週末は大変暖かく、四月頃の気候でした。我が家の向いの保育園の庭では紅梅が、隣の家の庭では白梅がすっかり盛りです。きょうは我が家の生活圏である国立(くにたち)の街へお昼に蕎麦を食べに行きましたが、一橋大学の中に花盛りの紅梅の巨木があり、近隣の人々がしきりに写真を撮っていました。この暖気と乾いた空気のため、金沢にいる時はほとんど出なかったアレルギー性鼻炎がたちまち出て、久しぶりにくしゃみと鼻水に苦しみました。北陸地方も夕方までは好天で、帰りの電車の中からは白雪を湛えた立山連峰の威容がくっきりと見えました。

 

三月七日(日)薄曇り時々雪 

 きょうは三月の金沢定例能を見に県立能楽堂へ出かけました。能の帰りに立ち寄った尾山神社には、可憐な紅梅が咲いていましたが、境内は十センチばかり雪が積もっており、ピンクと白の色の対照が印象的でした。気温は摂氏三度の寒さで、冬と春とが同居するここ金沢です。尾山神社で業務目標必達を祈願しました。

 

三月一三日(土)晴れ 

 今日は好天に誘われて、郊外の映画館へ「ラスト・サムライ」を観に出かけました。ハリウッド映画やコカコーラやマクドナルドのハンバーグといったアメリカ文化はどうも好きになれない小生ですが、知人たちがこぞって「良かった」と言い、また、小生の関心も、最近、和魂やら武士道やらに向いているので観に行ったものです。

 明治十年に西郷隆盛が起こした西南の役に素材を採っていると思われるものの、物語自体は荒唐無稽で、戦闘シーンやキスシーンなどもハリウッドらしい喧しさとわざとらしさで辟易しましたが、映画の主題には共感しました。それは、近代化を急いだ明治日本が失いつつあった武士の道徳と精神文化への愛惜です。武士の道徳と精神文化である武士道は、名誉と潔さを重んじ、死に場所を考えて生きるべきことを私たちに教えます。トム・クルーズ扮する主人公が「ここには教会は無いが、身近に霊の存在を感じる」と言うように、武士道は日本人の規範と宗教心の発露であり、それはアメリカ人にも感動を与える普遍的な価値観を含んでいます。新渡戸稲造の著作「武士道」をセオドア・ルーズベルト大統領が愛読していたのは有名ですし、日露戦争の時、従軍記者として、本当の「ラスト・サムライ」と言うべき乃木希典大将の事蹟を記したアメリカ人記者ウォシュパンが、乃木大将に心から敬愛の気持ちを抱いていたことからも、武士道がアメリカ人にも深い感動と影響を及ぼし得る普遍的な価値観であることがわかります(ウォシュパン著「乃木大将と日本人」(目黒真澄訳)は講談社学術文庫にあります。是非一読をお勧めします)。

 それにしても、アメリカ人から我が国の古き良き価値観の素晴らしさを教えられるとは、何だか情けない気持ちです。アメリカ人から見ると、武士道に裏打ちされた凛々しい過去の日本人と比べ、平和ボケして自らの身を自ら守ることすらせず、カネ(経済)のことにしか関心が無い現代日本人の品位の無さが際立って見えてしまうとしたら、いよいよ情けないことです。いま私たちに必要なのは、経済問題の解決ではなく、歴史と伝統から先人の生きざまを学ぶことです。

 

三月二一日(日)晴れ時々薄曇り 

 お彼岸や春分も過ぎ、いよいよ桜を待つ季節になりました。旧暦では今日は閏(うるう)二月一日です。旧暦は基本的に月の満ち欠けを一ヶ月のサイクルにしていますが、そのサイクルだと太陽暦より一年が約十一日少ないため、何年かに一度余分のひと月を設けて一年の長さを太陽暦に合せるように調整しています(旧暦が「太陰太陽暦」と言われる所以です)。今月がたまたまその閏二月(二回目の二月)に当るというわけです。ここ金沢もだいぶ暖かくなってきました。

 さて、先週の日曜日、謡と仕舞の先輩方のお宅へおじゃまする機会がありました。おひとりは、東山の麓、宇多須神社の近くに、かつて茶人が住まいしていた家を買い取って住んでいらっしゃいます。しっとりした和風の家屋で、美しい竹薮を見渡しながらいただくお茶はまた格別です。もうひとりの方は、町中のご自宅から車で三十分ほど上った犀川の最上流の山奥に、ご自身で設計・建築されたロッジを持っておられます。そこへ十人ほどの能仲間で遊びに行かせていただいたのです。ロッジの周囲では蕗の薹(ふきのトウ)などの山菜が採れ、一山越えれば湯湧温泉もあり気軽に温泉にも漬(つか)れます。ロッジの二階には能舞台と同じ広さの広間があり、能仲間だけあって、そこで皆で仕舞を舞って遊びました。皆さん人生を楽しんでいる素敵な人たちです。この地方にしては珍しいほどのうららかな快晴の中で楽しい一時を過ごすことができました。皆さんに心から感謝します。

 

三月二七日(土)快晴 

 今日は北陸地方には珍しく、雲一つ無い快晴です。このところ良い天気が続いているので、朝夕会社とマンションとを歩いて通っています。片道二十五分ほどなのでちょうどいい運動です。

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