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癌告知について

ガン告知。「する?」「しない?」

父は癌を知らずに治療。母は癌をちゃんと受け止めて治療した。

もし、あなたが、癌になって今後治療を受けていかなければならなくなった時、ガンの告知をして欲しいですか?それとも、ガンという事
は知らないで治療を受けたいですか?
私の性格では、自分の都合の悪いことは聞きたくないというのが根底
にあるのですが、両親の癌を家族の立場で、5年づつ体験してきて、
やはり、自分の事は、他人まかせにしないで、どんな辛いことでも、
直視していかなければならないと思いました。

患者の人生は、今後、患者自身がどうしたいかを決めさせてあげるべ
きだと思います。たとえ家族であってもその患者の人生を勝手に決め
るべきではないと思いました。
患者は、強く見えても根は弱い人だからとか、可愛そうとかで家族は
病名を隠そうとします。これも、ある程度正しい選択かもしれません。
でも、患者自身、告知されて最初はショックを受けて落ち込むと思い
ますが、「癌なんかに負けるものか」と自分を奮い立たし、人間が本来
持っている自然治癒力が高まり癌を消してしまうかもしれません。

医療従事者の方から見たらバカバカしい事を言っているかもしれません
が、現実にガンが消えたという方もいらっしゃいます。
何でも科学で割り切れない事不思議な事はあるようです。
要するに私は「生きたい」という気持ちが大切なんだと思います。
私の母は亡くなる前の再発の時は、「肋膜の炎症」と思い「再発」とは、
知らなかったのですが、最初の発病・手術の時は、自分で乳癌を発見し
て積極的に治療しました。
母の心情はきっと私が想像する以上に辛かっただろうと思います。
でも、必死で明るく「私、ガンなのよ」と言ってくれる母に感謝しまし
た。嘘やごまかしがなく看病できるのです。家族にとってこんな楽な事は
ありませんでした。
父の場合は、まだ、ガン告知がタブーとされていた頃でしたので、隠すの
が当り前。
父はガンと知らずに、胃ガン、その後の転移、膵臓ガンの治療を受けました。家族の立場として、本人が癌であるか否かを知っているのは大きな違いです。

とにかく、嘘をつかなくてもいい。これは、本当に大切な事だと思います。父の場合はうそにうそを重ね続けました。そして、父は治療をしても一向によくならない事に疑問を持ち、母や私の心を探りました。

2年間の社会復帰も最悪でした。たぶん、父は「俺の病気は何なんだ。もしかしたら癌なのかも知れない。イヤ、俺は癌になるはずはない。誰に聞いてもごまかすばかりで何も言ってくれない」そんな気持ちだったのでしょうか?

その孤独感からアルコールに気持ちを委ねたのでしょう。アルコール中毒にはならなかったものの、よく隠れてお酒を飲んでいました。

母は、真面目な人で酒とタバコは絶対駄目と思っている人。病気の事を一番に考える母は、口うるさく注意します。父の心は益々意固地になっていきました。たぶん、誰に聞いても本当の事を言ってくれない。誰も信用できないという心がそうさせたのでしょう。

私も随分、カマをかけられたり、「俺はガンなのか?」とはっきり聞かれました。

病気をした人の観察力は鋭いものがあります。嘘を言っている時の人間ってどこかおどおどしたり、目線を反らしたりするものです。たぶん、私もそんな態度だったのだと思います。

父の親友の家族に聞いた事ですが、「娘(私)が、俺に黙ってガン保険を請求していた」と言っていたそうです。

確かに私が、ガン保険の請求をしましたが、最善の注意を計り、郵便や手続き書類はすべて職場においていました。これは、父が親友にカマをかけたのか、ガン保険の会社に問い合わせをしたのか、真相はわかりませんが、父の心は追い詰められていたんだと思います。

母の再発の時、母には「一人(たった一人の家族である私)で悩むのは辛いから、どんなことでもはっきり教えるように」と言われていました。

主治医に「癌の再発。一度様子を見て、次の入院で化学療法」と説明され、癌の告知はするかしないかを聞かれました。
いざとなったら、戸惑います。私は「西洋医学では再発はお手上げ」というのを知識として知っていました。もし、再発でもしたら、西洋医学一辺倒の病院よりも、余生は楽に楽しく生きられるように考えてあげたいと常日頃考えていたので、ちょっと悩みました。

そんな私を見て主治医は「中途半端が一番よくない、告知しない方針で行きましょう」と提案しました。

私自身の考えとしては「一度様子を見て退院」という事は、今回の入院は
せいぜい1.2カ月。東京の事務所兼自宅が広くなった事だし、母を東京に連
れてきて、これまで私が仕事をして研究してきた中の人脈を駆使して、母を受け入れてくれる西洋医学一辺倒でない病院に入れよう。そして、その時、母にははっきりと「癌の再発」である事を告げようと心に決めていました。
結局、半年間、大阪の病院で母は、癌の再発を知らされず、たった一人の
家族である私にも「抗ガン剤投与」を告げられず、癌のチャレンジ医療を
受けてしまった結果になりましたが、それならば、一番最初から癌の再発
である事を知らせてあげたらよかったと悔やまれてなりません。

最初の手術で 抗がん剤の副作用に苦しみ、もうどんなことがあっても、
抗がん剤はイヤと言っていたのに母には選択肢がありませんでした。
患者本人が「癌という事を知って」ガン治療を受けるのと、「癌と知らず
に」ガン治療を受けるのは、患者本人にとっても、心構えが違います。
自分がガンという事を知っていれば、どんな副作用も覚悟があります。
ガンと知らずにこの治療を受ければ治るんだからと聞かされていて、強い
副作用で治るどころか、どんどん悪く辛くなっていく、「病は気から」

多くの医者は、「病」そのものしか見つめませんが、患者の心と体は
一体です。
疑う心を持っていては、治るものも治りません。ガンノイローゼという言
葉があるように、癌でもないのに、ガンじゃないかと疑うと、心と体のバ
ランスが崩れ、体調に支障きたします。

病院の中には心のケアをしてくれる病院もあります。ガン告知を受けたら、誰でもショックを受け、パニックになると思います。しかし、それを乗り越える力が人間にはあるそうです。

日頃から、家族と、もし病気になったら、「癌になったらどうしたいの
か」告知してもらいたいかどうかの意思を確認しあっておくべきだと思い
ます。
しかし、いざとなったら迷うのが家族です。本人が告知を望んだ場合、
元気なうちは是非、辛いでしょうが告知して現実を知らせ自分の思うように生きさせてあげるべきだと思います。

これは平成9年に書いたテキストです。

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