住所      石川県加賀市山代温泉18の5番地
     入館料     500円
     休館日     月曜日(祝日、振り替え休日の場合は翌日)
     開館時間    9:00-17:00
     交通手段    JR加賀温泉駅からバス
             北陸自動車道加賀ICから20分程度、駐車場有り
     TEL     0761-77-7111
     備考     

ここは元旅館の別荘であり、大正4年に北大路魯山人(当時は福田大観)が山代温泉で刻字看板を彫るために 山代温泉を訪れた際に滞在した建物であった。そこを資料館的に公開したのがここ、魯山人寓居跡 いろは草庵である。建物はおよそ130年前のものであり、また魯山人が滞在した頃、そのままになっているという。そして、蔵には 新たに展示室が作られ、魯山人の作品などが展示されている。

私が訪れたのは開館しておおよそ一ヵ月後である。 季節は秋。でも、冬を思わせる厚い雲がかかり、時折激しい雨や霰の降る日であった。駐車場に車を止め、山代温泉の中心街ともいえる道を歩き、中に入る。道路に面した庭が、まだ落ち着いていないようにも見える。 だが、それは道路側の庭だけのこと。建物もそのすぐ近くの木々も落ち着いた感じがする。
冬のことゆえ、戸は閉まっている。中は見えない。こういうところ、時にはいりにくそうに感じてしまうところもあるのだが、ここはなぜか気心の知れた友人宅のように思えてしまう。”はいられませ”と書いた木の札に誘われるように、ためらいものなく戸を開ける。外観どおり昔ながらの建物そのまま、かと思うと右奥には新しい建物が見えた。 蔵の展示室へと続くロビーである。一見、アンバランスに思えるのだが、この場所、いろり草庵のもっとも大切な場所だと気がついたのはあとのことである。

まず驚かされるのが入場券。受付の机には白い、しおりのような紙が綴じてあった。紙の質によるものだろうか? 扇形に拡がっていた。赤い紐のようなものが付いていて気品 のある紙ではあるが、これが入館券なのかな?などと思ってみていた。が、それは間違いだった。これに印を押すのである。それも入館者自身が。 印の大きさは約4.5cm角で、石のものである。手に取ると 、それほどの重さではないが、やはり石。重みを感じる。それを斜めにならないように慎重に紙に乗せ、軽く押す。"四隅に注意して”とのことであったが、これでは押しがたりないようだ。かなりの力で更に押し直してくれた。 それを真似てもう一度押してみる。そして恐る恐る持ち上げる。印が紙から離れた直後、朱色の鮮やかな文字が目に飛び込んでくる。なにもない、白い紙だったものが見事な入館券に変わる。 この鮮やかさ。これはすばらしい。しかも自分で押したものである。これほどの入館券、他にあるだろうか? 

最初にまず、元別荘の建物 を見る。古い建物ではあるが、特別なことはあまりない。柱などは漆塗りではあるが、これは他にもあり、めずらしいことではない。畳などは替えたそうだが、基本的には当時のまま とのこと。そこに、彫りかけの刻字看板がある。実は魯山人、陶芸や料理で広く知られているが、当初は書家であり篆刻家だった。そして、ここ山代温泉での仕事をしているときに陶芸を知り、魅せられていったのだ。我々の知る北大路魯山人、それはここ、山代での滞在があって生まれたのだ。わざわざ自分で押す入館券。それは魯山人の篆刻家としての一面を知る、とても意味深いものだとここ で気が付く。
いろりの間から魯山人の使った机のある書斎を見、奥の茶室に入る。ここはやはり畳に座って見てみよう。簡素ではあるがどこか気品が感じられる。 軸や茶道具を見ながらゆっくりとこころを落ち着ける。静かに時が流れてゆくのを感じ始めたところで次に向かおう。

別荘の建物をぬけると一転して新しい建物となる。先ほど玄関から見えたロビーである。壁は白い和紙のような素材が貼られている。床は白木。そして庭に面して大きなガラス 窓がある。ちょうど庭を見るのに良い場所に丸い座布団風のものが並んでいる。”どうそ座ってください”と誘われたように思え、思わず腰を下ろす。決して広い庭ではない。小さな庭石に木が数本。そこに飛び石があり、苔で覆われている。とても質素な庭である。だが、とても落ち着ける。そして、ここしばらくの雨に苔がとても生き生きとしている。じっとこのまま座っていたくなるような、そんな庭である。ここから見た別荘。これもまた良い。ここが近代的な温泉街の中心にあるとは思えない。
”ここはゆっくりとくつろいてもらう場所”
と、館長の横山さんが話してくださった。 ここから見る庭。元々の方向とは違うのだが、不自然さは感じられない。むしろ、蔵にさえぎられることがない分、広がりを感じてより望ましいのではないか、とさえ思えてしまう。ここでじっと庭を見ていたいのだが、展示をまず見ることにしたい。

展示室は このロビーの奥になる。海老茶色の扉は元の蔵の戸だろうか。他でも見られる色である。中の展示室には、まず魯山人の略歴、そして魯山人のゆかりのある人物が紹介されている。中でも須田菁華(初代)。魯山人が後日、金澤美術倶楽部で講演したときに”私ハ先代菁華に教へられた”と演題にかかげた人物である。魯山人にとって、山代は陶芸家としての出発点だったのだ。 その中でも、大切な人だったようだ。このほかにも数人、ゆかりのある人物が紹介されている。
展示品にははがきなどもあるが、魯山人といえばやはり陶芸だろう。この展示室は狭く、数は少ない。今回の展示では7種類くらいだっただろうか? 書や額なども入れてやっと10を超える程度である。だが、それだけに一つ一つをゆっくりと落ち着いて見ることが出来る。ちょっと中腰になって眺めてみる。これは私が魯山人の作品を見るときの視線である。魯山人の作品は飾りではない。料理に使うことを考えたものである。畳に座って料理を 食べるときの視線。これが一番美しい見方になるはず、と私は思っている。実際、この位置から見ると見下ろしたのとはずいぶんと感じが違ってくる。絵は見えにくくなるのだが、安定感があったり、バランスが良くなったり・・・。一度この視線から見ることを是非お勧めしたい。
今回の陶芸の作品は魚の形をした皿、葉の絵の模様のある角皿、紅葉の皿、茶碗・・・。どれもが魅力ある作品である。茶碗は九谷の赤絵を思わせる朱に、これまた九谷の緑。須田菁華の影響を強く感じる。 中でも一番心に残っているのは、丸いお盆の上に載せられた魚の形の皿と徳利にぐい飲みである。いかにも飲みたくなるような作品である。皿に小魚の煮付けなどを乗せ、これを畳の上に 直において庭や庭越しの景色を眺めながらの一杯。熱燗ではなく室温のお酒でよい。至高のひと時になることだろう。 一杯飲みたくなる。また、飲ませたくなるこの作品。作品もそうだが、この展示も素晴らしい。

”お茶をどうぞ”の声が聞こえた。展示室から一度ロビーに戻る。お盆にお茶と小さな和菓子を用意してくださった。そこで館長さんのほか、一緒になった見学者の方と軽い話が 自然と進む。何もないこの庭に面した空間、文化的な話しをするのにもってこいの場所である。その合間にそばにある雑誌を手にしてみた。ここ、いろは草庵の紹介されている記事がある。他にも魯山人の作品に関する書物もある。それが本棚ではなく、床 の壁沿いに並べておいてある。テーブルもなく、とても心地よい白木の床で楽な姿勢で眺め、そして雑談に入ればよい。初めて会った人ばかりなのに楽な気持ちで話が出来る。紹介が遅れたが、この茶碗、朱の格子模様に丸い模様がが入っている。須田菁華の代表的な図柄である。 もちろん魯山人のものではないが、それでも美しい模様に魅力を感じながらのお茶。心配りが感じられる。
そんな雑談の合間に周りを見渡すと白い壁が実に落ち着いた雰囲気を出していることに気が付く。ふと明るくなったのを感じて庭に目を向けると厚い雲が切れ、日が差してきたところだった。緑の葉が光り輝いている。実に美しい庭である。そんな中、建物や魯山人の作品に関する話が続く。このロビー、あるのは白い壁と床だけ・・・。でも、ここには一番大切なものがあったのだ。ここで感じるもの、それは魯山人の心ではないだろうか。魯山人はこの別荘で旦那衆と美術談義に花を咲かせ、茶会を楽しんだという。当時の旦那衆、文化のレベルは違うが同じように談義を楽しんだことだろう。ここでの雑談、きっと魯山人が感じたものにつながることだろう。

雑談のあと、もう一度展示室に戻ってみる。
”この作品、何かを私に語ろうとしているようだけど、それが分からない”
これも館長の横山さんの言葉である。改めて展示を見てみると不思議と何か語りかけてくるように感じてしまう。魯山人の言葉、それはもともと作品にはあったのだろう。でもそれが、ロビーでの雑談がを通して増幅され、心に響いてきたのだと思う。魯山人の作品を見られる場所、これは少なくはない。だが、”心”を感じるような場所は、おそらくここ以外にはほとんどないだろう。館長の横山さんの心配り、これが非常に大きいのは間違いない。だけど、この別荘が魯山人にとって、とても思い出深い場所だったこと、これもまた大きな理由の一つではないだろうか。その場所にいる。それはやはり大切なことなのだと思う。

ロビーで いつまでも話していたいところではあるが、そうもゆかない。そろそろ先に行かなくては、と思ったところで別荘の2階を見ていなかったことに気が付いた。博物館めぐりをするものとしてはこのまま見ないで帰るわけには行かないのだが、自然にこの言葉が出た。”2階は次ぎ来た時の楽しみに して、今日は見ないで帰ります” ここは展示室が狭いこともあって、季節に合わせて展示品を替えるそうだ。次は一帯どんな品が展示されているのだろうか。 何度も来たくなる場所である。

ここを訪問するとき。時間に十分余裕をもって訪れて欲しい。ここでの雑談が一番の展示なのだから。

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