【山口's HP TOPへ戻る】

「バレエへの招待」の面白さ        (2002.10.6)

横浜の本屋さんの店頭でふと目についた一冊の本。まずカバーの写真に目が引かれました。男性が女性の腰を支えたアラベスクのポーズ。この写真こそ、忘れもしない、数年前に、魅了された東京バレエ団公演の「眠りの森の美女」 のシーンなのです。支えの男性はウラジミール・マラーホフ、支えられる女性は吉岡美佳。吉岡美佳はサポートのマラーホフを信頼しきって体を預け、思い切り180度近くまで足を上げて美しい体のラインを描いています。もう少しで唇が触れるまで顔を近づけて、本当の恋人通しと思えるほどの微笑ましさを感じさせます。 180度まで足を上げると、往々にして下品で見苦しく感じられがちなのですが、この吉岡美佳のポーズは本当に優雅で美しく、バレエのプリンセスはこうでなくちゃと思う位なのです。
 
この本のタイトルは「バレエへの招待」。私は本の表紙が美しいと衝動的に買ってしまうことが多いのですが、この本もそうでした。
そして、著者を見て驚きました。鈴木晶氏なのです。彼の「Sho's Bar」は、私が大好きなホームページです。彼は法政大学の教授で、舞踊にも詳しく、たくさんのバレエ関連の本を出しておられます。批評家の中には、ダンサーの失敗や欠点ばかりを鬼の首を取ったように書きたてる不心得者もいますが、鈴木さんのバレエ評は、ちょっぴり辛口ながらも、決してダンサーをけなすようなことはなく、むしろダンサーへの労りや思いやりすら感じられ、私はとても好きなのです。
この本は、「バレエとはどのような芸術か、というのがこの本のテーマです」で始まります。私は、この出だしの文章から、鈴木さんが、どうしたら、「バレエを分かり易く」解説したら良いか、深く思案されておられる気持ちを感じました。
そして、この、「バレエを分かり易く」の気持ちは、この本の随所から感じられ、これがこの本が読み易くなっている要因の一つであると思います。
私もバレエが好きで、いくつかの本を読みました。でもこの本は、ひと味違った、新鮮さ、面白さを感じます。こんな見方もあるのだな、と驚きと、共感を覚えるのです。
 
あまり中身を紹介してしまって、本を買う人が居なくなってしまうと困りますから、一つだけ、特に印象に残ったところだけご紹介します。
最後近くのページに、
ダンサーの身体そのものは『もの』かもしれませんが、それが現出させるダンスはむしろ『こと』であって、ダンスをみる、ダンスを体験するのは、その場に立ち会わなければなりません。後から経験することはできないのです。テレビ録画やビデオは、あくまでも擬似的なダンス鑑賞体験です。ぜひとも劇場に足を運んで、ダンスを、バレエを体験して下さい。」と書いておられますが、その通りだと思います。
バレエは「瞬間の芸術」だと思います。「一瞬の輝き」を求めて苦しいレッスンに明け暮れるダンサー達。それが花開くステージ、私たちを夢の世界に誘ってくれます。
バレエのステージは、「生」だからこそ、新鮮な感動を呼ぶのです。劇場の空気、臨場感、熱気、迫力・・・・。
若手ダンサーに限らず、経験を積んだ人でも、舞台の出をスタンバイしているときは、どんなにか緊張していることでしょう。
大好きなダンサーがステージに現われて軽快なステップを見たとき、「お!、今日は調子よさそうだ。」とほっとすることがあります。
でも、ダンサーだって生身の人間。必ずしも好調と言えないときもあると思います。チョッと表情がかたいな、本調子でないなと感じたこともあります。私は、そんな時こそ、「頑張って!!」と祈りをこめて、いつもよりたくさん拍手をしようと心がけようと思っています。
チョット生意気かもしれませんが、バレエは観せる側と観る側で成り立っていて、ダンサーと観客が協力し合ってこそ、素敵なステージになると思います。たとえダンサーが失敗しても、それは、その場に居合わせた人しか知り得ないこと。「生」に失敗は付きもの。私は、ダンサーの思わぬアクシデントを成長の証として、暖かく見守ってあげたいと思うのです。
 
この「バレエへの招待」は、バレエを身近なものとして味わって欲しいという、鈴木さんの気持ちが随所に現れていて、知らず知らずに、バレエの魅力が分かってきます。
バレエを知らない人も、よく知っている人も、読んで楽しく面白い逸品だと思います。

  バレエへの招待
    著者:鈴木晶
    発行:筑摩書房

【山口's HP TOPへ戻る】