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フレッシュな珠玉のシルヴィアの発表会       (2001.8.16)

菊池バレエ研究所発表会
2001年8月12日、麻生文化センター大ホール
主演:奥山有紀子、岩上純

「不思議な森の物語」という題ですが、実はドリーブの「シルヴィア」です。
ドリーブの作品では、コッペリアが有名ですが、シルヴィアでは、パ・ド・ドゥがバレエコンサートで取り上げられることがありますが、全幕が上演されることは滅多にありません。今回、全3幕の上演が行われたのは、大変意義のあることだと思います。
 
シルヴィアは、1985年に日本バレエ協会によって全幕上演がされたことがあります。この時は、森下洋子・清水哲太郎が主役を演じて話題になりました。演出は島田廣氏。幸いこの公演はNHKでも放送されましたので、ビデオにとって、今でも楽しんでいます。
また、ロイヤルバレエでは、1952年にマーゴ・フォンティーンとマイケル・ソームス主演で上演され、評判になったそうです。
 
羊飼いの青年アマンタは森で純潔の女神のシルヴィアを一目見て恋をしてしまいます。姿を見られたシルヴィアは怒ってアマンタに矢を撃ちます。これを見ていたアムールの神は、シルヴィアに愛する心を与えようと、シルヴィアに黄金の矢を放ちます。黄金の矢を受けたシルヴィアの心にアマンタを愛する気持ちが芽生えますが、彼女に恋心を抱くオリオンに連れ去られます。
オリオンを泥酔させて、洞窟から逃げ延びたシルヴィアはアマンタと再会。
めでたくハッピーエンド・・・という、他愛ないギリシャ神話をもとにした物語です。
 
今回は、「菊池バレエ研究所」新百合ヶ丘スタジオ開設30周年記念発表会ということでで上演されました。発表会とは言え、全3幕上演は大変なこと。ダンサー、スタッフの皆さんの苦労は大変なものだったと思います。
このシルヴィアへの挑戦は、この研究所にとって、とても良い経験であり、貴重な財産になったと思います。
 
ところで、バレエの発表会と公演とは、本来全く別のものです。
発表会は、バレエ団や研究所が、日ごろの練習の成果を披露するものであり、公演は、プロとして作品を観客からお金を取って見せるものです。
今回のシルヴィアは、発表会と言っていますが、なかなか優れたものであり、公演と呼んでもよいくらい立派なものです。主役はもちろん脇役の方々も、力を合わせて良い公演にしようと一生懸命に踊っているのが肌で伝わってきました。
 
私は批評家のように技術的なことをとやかく言うのは嫌いですが、少しだけ感想を述べさせて頂きます。
3幕の長編バレエですが、全体にはとても良くまとまっていたように思います。
シルヴィア役の奥山有紀子さん。気品にあふれ、スラッとして、とても美しいバレリーナ。純潔の女神の前半と恋を知り優しい気持ちを抱くようになった後半と、難しい役を上手に踊り分けていました。全幕に出ずっぱりですから、体力面はもちろん精神的にも大変キツかったと思いますが、ひたむきに踊る姿は感動的でした。
第1幕、恋などまるで知らない純潔の女神。はじめ緊張のためか表情がやや硬いようでしたが、清く美しく、しかも凛とした女神の気持ちをうまく表現していたと思います。
第3幕シルヴィアとアミンタのパ・ド・ドゥ。バレエコンサートでもよく取り上げられ、技術的にもかなり難しいものだそうです。
まず、ピチカートの伴奏のシルヴィアのヴァリアシオン。奥山さんはとても丁寧に美しく踊っていました。 スカートに紺の線が入った純白のクラシック・チュチュが良く似合って、とても可愛らしい踊りでした。
そしてお目当てのアダージョ。アミンタ役の岩上純さんは谷桃子バレエ団からの応援。岩上さんの奥山さんに対する暖かいリードと、これに全身で応えようとする奥山さんのけなげな気持ちが調和した初々しい二人の踊りでした。奥山さんは岩上さんを信頼し、岩上さんのサポートに完全に身を委ねたような慎ましやかな踊りで、微笑ましさに満ちた美しいものでした。心・技・体が一つになって精一杯踊る若い男女の姿に、パ・ド・ドゥのハーモニーの 美しさを観ることができました。 奥山さん、とてもバランスが得意のようで、「決め」のポーズの美しさは、特筆に値します。パートナーのサポートの手を離してにっこり微笑んでバランス。うっとりです。微動だにせず、時計が止まったようで、まさに「一瞬の芸術」です。 たゆまぬ日々のレッスンの結晶と思います。彼女の努力には敬意を表したい。 いつか彼女が踊る「眠りの森の美女」を観たいと思います。「ローズアダージョのバランス」は、彼女の「決め」のポーズの美しさが最も生きるところでしょう。 「『ローズアダジオ』はやったことないですが、あれはかなりきつそうですよね。そのうち踊れるように日々精進しますワ。」と奥山さん。
奥山さん、コーダのフェッテの最後のところで小さなアクシデントがありました。軸足の足首を、ガクッとひねってしまったのです。 私は、思わずハッとしたのですが、彼女はそのまま踊り続けました。足首を痛めていなければよいが、と心配だったのですが、 翌日、彼女から次のようなメールが届き、ほっと胸をなで下ろしました。 「足の方は大丈夫です。ご心配かけてすみません。だけど、あのフェッテの失敗は実は私本人もショックでした。 回り始めの感じだと大丈夫という感じだったのに、たかだか16回も回れないなんて・・・。おまけにそれをうまくカバーできずに、ヤんなっちゃいました」。 無事で良かった!!。足の怪我は命取りにもなりかねないですものね。

この発表会の演目を「シルヴィア」に決めるに当たっては、この奥山有紀子さんの強い希望があったとのことです。それだけに彼女のこの役への思い入れも大きかったに違いありません。踊り終わってのカーテンコール。観客の拍手に応える奥山さんの笑顔の美しかったこと。大役をやり遂げたという満足感とホッとした安堵感に満ちあふれていました。
私は、アンコールのレヴェランスを観るのが大好きです。この時のバレリーナの笑顔ほど美しいものはないと思います。「夢を有り難う。ご苦労さま!!」と心から労をねぎらってあげたくなる一瞬です。このとき「バレエって、本当に素晴らしい!!」と思うのです。
 
この公演はテープによる演奏でしたが、この麻生文化センター大ホールの音響効果があまり良くないのも手伝ってか、音が硬く、良い音とは言えませんでした。ステージがとても良かったので音の方も重要視して欲しかった。
また、幕の切り替えが巧くなかった。休憩時間がかなり長いのです。特に2幕と3幕との間は、15分のところを20分を越えていました。待ちくたびれて前幕の余韻が消えてしまいます。手際よく幕を切り替えて、少なくともアナウンスを越えないようにして欲しいと思います。
それから、このホールはバレエ用に作られたのではないので、ステージの奥行きが十分でなく、ダンサーが踊りにくそうだったのが気になりました。また本格的なリノリューム床ではなく、合成樹脂のシートを敷いて作った仮の床のようでした。仕上げが十分でないようで、つなぎ目が観客席の私からもはっきりわかりました。つまづきかけたダンサーが目立ったのも、 この辺に原因がありそうです。ダンサーが怪我をしたら大変です。仕上げを十分にして欲しいものです。

それにしても、奥山有紀子さんは、全幕通しての主役。おまけに稽古場設立30周年記念と銘打ってるし、相当なプレッシャーだったようです。1週間位前から体調がすぐれない状態が続いて、胃は空っぽなのに食べれないわ、無理に食べようとすると 吐き気を催すというわけで、肉体的にも精神的にも極限の状態だったそうです。 そして本番当日、さすがに、出だしのところでは、表情が硬く、相当緊張しておられたようでした。でも、踊り進むにつれて、物語に溶け込んでいき、次第に美しい微笑みが浮かんできて、最後まで、見事の踊りきったのはさすがです。若くフレッシュなダンサーがプレッシャーに押しつぶされまいと歯を食いしばって懸命に踊る姿は何と感動的なことでしょう。思わず「頑張って!!」と声をかけたくなりました。彼女にとっても、とても貴重な経験になったに違いありません。
 
発表会ですから、一流のバレエ団の公演に比べたら、ダンサーの層も薄いし、技術面でもまだまだです。でも、一口に言って、とても爽やかで、フレッシュで、素晴らしいステージでした。しばしの楽しい夢の一時を過ごしました。
 


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