チャイコフスキーのバレエ「眠りの森の美女」の中の最も華やかな見せ場「ローズ・アダージョ」。
その中でも主役のバレリーナの至芸をたっぷりと味わうことができる所が「アチチュード・バランス」です。
一方バレリーナにとっては、片足で立ったまま長くバランスをとり続けるという極めて高度な技術を要し、ベテランのバレリーナでも緊張する所です。
このように書くと、「アチチュード・バランス」=「ローズアダージョ」で、バランスの長さを競うように見えてしまいますが、決してそうではありません。
オーロラの登場で小走りに出てくる足の運び、バラを受け取る時の仕草など「パ」や「ポーズ」以外の体の動きや、至難な技にも終始失わない柔和な表情など、バレリーナの織りなす「ローズアダージョ」全体の流れが美しければ美しいほど、この「アチチュード・バランス」が引き立つのです。踊りの「味」はそんなところにあるのだと思います。
ややもすると、観客もバランスの長さだけを期待し、踊りそっちのけでオリンピックの判定ムードのようになってしまうのは感心しません。バレエは曲芸ではなく芸術なのです。
私のホームページを読んで下さる方の中に、鈴木さんというとても熱心なバレエファンがおられます。
鈴木さんは、森下洋子さんがとてもお好きで、森下洋子さんの「ローズ・アダージョ」をご覧になって、次のように感想を送って下さいました。
というものです。
私は、この森下洋子さんの踊りを見ていませんが、鈴木さんのご感想に大変興味を持ったので、私のコレクションのビデオをかたっぱしから見直してみました。ローズアダージョのビデオは全部で15種類ありました。
15種類のオーロラ姫は、以下の通りです。
デュランテ、バッセル、フォンティーン、テナント、シゾーワ、レジュニーナ、コルパコワ、セメニャカ、セミゾロワ、クシネリョワ、吉田都(2種類)、草刈民代、森本由布子、下村由理恵
英国のオーロラが3種類、カナダ1種類、ロシア6種類、日本5種類です。
まず、鈴木さんが@で書かれておられる部分についてです。
コルパコワなど大部分のロシアのバレリーナは、バランスを長くとりません。アンオーまであげないうちに手を下ろし次の王子の手を握ります。せめて頭上まで手を上げて欲しい。ちょっとさびしいですね。
続いて吉田都さん、草刈民代さん、森本由布子さんの3人の日本のバレリーナ。3人ともアンオーまで手をあげるのですが、すぐ下ろしてしまいます。手を上げきったところでの一呼吸が欲しい。アチチュードのポーズが上品で美しいのに、バランスが短いのはとても残念。もう一頑張りの粘りを期待します。吉田さんはロイヤルで鍛えられているのに余裕が感じられず、なぜなの??。調子が良くないの??と思ってしまいます。
下村由理恵さん。前半調子が出ないようでバランスはやや不安が漂いましたが、後半のアチチュード・アン・プロムナードはバッチリ。長〜い長〜いバランスにうっとりしてしまいます。終始柔和な表情失わないのも立派です。
次は、カナダ国立バレエのヴェロニカ・テナント。バランスはとても長く素晴らしいのですが、16才のお姫様の可愛らしさと気品に欠けている気がします。
最後に、デュランテなどロイヤルのバレリーナ。3人ともバランスの良さは驚異的!!。王子たちのサポートが要らないくらいです。
デュランテとバッセルは、3人目の手を離してから、手をアンオーに上げたままずっと長くバランスをとり続け、差し出された4人目の手に一切触れず、そのままフィニッシュのアラベスクに持ち込みます。こんなに長〜いバランスがよくとれるものだと驚きです。
特にダーシー・バッセルは、握りしめていた王子の手を静かに緩めて、指先だけでデリケートに支え、そっと離して、長〜いバランスを保ちます。途中前傾ぎみの上体をすっと上げて、姿勢を正し、ゆっくりと手を握るのです。とても美しいと思いました。
またロイヤルバレエの演出では、次の王子は現在の掴まっている王子から数メートルも後方に居て、バレリーナが手を離した後に、近づいてきます。
従って、他のバレエ団のように、バレリ−ナをサポートしている王子のすぐ横に次の王子が控えていてるのと違い、すぐ次の王子の手に掴まるわけにはいきません。バランスを保ってサポートの手を待たなければなりません。
ただ鈴木さんの言われる、森下洋子さんが「バランスをとった後、サポートの手に触れる前に手を止めて、さらにバランスをとって手を握る」
という踊りをしている人は一人もいませんでした。きっと森下さんは、バランスに絶対の自信を持っていたからこそ、自身で即興的な演出をしたのだと思います。
それにしても、森下洋子さんにしても、デュランテにしても、バッセルにしても、万有引力に逆らって、これほど長くバランスを保てるようになるには、並大抵のことではないと思います。日頃のたゆまぬ訓練の成果だと思います。
またAの部分のようにアチチュードでバランスをとりアラベスクにつなげる踊りをしている人は、デュランテと下村由理恵さんと森本由布子さんでした。
デュランテは腕をアンオーにあげた後、アチチュードのバランスをたっぷりとってからアラベスクに移っていきます。アンオーから手を左右に開く瞬間の気合いが絶妙。時間が止まったようで息をのむ素晴らしさです。
下村由理恵さんは、3人目の王子の手を離し、手をアンオーにあげたまま、4人目の王子のサポートを受けずに、最後のアラベスクへゆっくりと移っていきます。あまりの素晴らしさに、期せずして観客の拍手が沸きました。
森本由布子さんはとても初々しく魅力的ですが、初のローズアダージョに緊張がかなりあるようで、バランスに不安が漂います。
また今回シゾーワやセメニャカなどロシアのバレリーナがこれとは違う踊り方をしているのに気がつきました。サポーターの手を握ったまま体を前に倒していき、足を180度近くまで上げたアラベスクの後、足を90度まで戻し、手を離してバランスというものです。
ローズアダージョのバランスの部分は、数あるクラシックバレエの最大の見せ場であり、技術的にも最高に難しく、ベテランのバレリーナですら、とても緊張する場面と言われています。
それにしても、プティパはなぜこんなに難しい技をバレリーナに強いたのでしょうか。
いろいろな解釈があるようですが、私は次のように思います。
まず、一つは、ポアントの先でしっかりと立った姫は、世界が自分中心に回っていることを謳歌します。天真爛漫なお姫様の自立心を、サポートに頼らないバランスで表現しているのだと思います。
もう一つは、4人の求婚者に惹かれながらも、やはり動かない姫の心を表しているのではないでしょうか。アチチュード・アン・プロムナードでぐるっと回されて誘われ、幾分不安定になった娘心も、その後手を離した長いバランスで、少しも動じない姫の心を示しているのだと思います。
このように考えると、観客としては、技術的に途方もなく至難な業だと分かっていても、時間が止まったような、たっぷりとしたバランスを期待してしまいます。
ともあれ、このプティパの振り付けは、なんと素晴らしいことでしょう。
バレリーナに完璧を求め、これが見事に達成されたとき、観客も、おそらく踊り手も最高の満足感に酔いしれることが出来ます。
さらに、森下洋子さんやデュランテのように、自分独自の技を付け加え、一層魅力的なものにできる余地を残しているあたり、理想的な振り付けの一つだと思います。
「やはりバランスの部分にもそれぞれのバレリ−ナの個性が出て欲しいと思ってしまいます。洋子さんのオ−ロラは愛らしくて愛らしくてのお姫様なんですが、一本芯が通ってる凛とした雰囲気がします。そんなオ−ロラを見事にバランスの部分でも表現していたと思います。」と鈴木さん。
Bバランスの所だけじゃなく私は「ローズ・アダージョ」は全体の振りが大好きです。・・・・そして最後の愛くるしいポーズ!! どれもが素晴らしいですよね!
同感です。始めにも書きましたが「アチチュードバランス」=「ローズアダージョ」ではないのです。鈴木さんの言われるとおり、オーロラの登場は明るく軽快、次のアダージョはゆるやか、そして最後のバランスでクライマックスに!!。パンシェのところ、バラを受け取るところ、そして最後のアラベスクを決めてホッとしたバレリーナの笑顔など、どれをとってもほんとうに素敵です!!
このように見ていくと「ローズ・アダージョ」の楽しみは尽きません。さらに別のバレリーナの踊りも見たくなります。
もしどなたかこれ以外の「ローズ・アダージョ」のビデオをお持ちでしたら、お借りできませんでしょうか。私のコレクションに加えさせて頂きたく存じます。
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