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眠りの森の美女〜ローズアダージョ:川村真樹、新国立劇場バレエ団   (2011.7.13)
この川村真樹が踊るローズアダージョの映像は、新国立劇場バレエ「白鳥の湖」のDVDに付録として付いていたものですが、本体の「白鳥の湖」以上に楽しめました。
 
この映像は、新国立劇場バレエ団2007年2月の「眠りの森の美女」公演の録画の一部です。 この時、主役のオーロラ姫は、アナスタシア・チェルネンコ(キエフ・バレエ)、川村真樹、真忠久美子が交代で踊りました。 オーロラ姫が初役の川村真樹が話題になったのですが、私は、かってリラの精の踊りが素敵だった真忠久美子のオーロラ姫に期待し、彼女が踊った2月4日に見に行き、2月2日の川村真樹の舞台は見ませんでした。 この時、真忠久美子は、不調だったのか、細かな乱れがちょこちょこと・・・。 特に16歳の誕生日を迎えたオーロラ姫が登場し、4人の求婚者と踊るローズアダージオ。 求婚者達の手を取りつつ長時間バランスを保つ振付が盛り込まれた 非常に難しい踊り。吉田都でさえも、「ローズアダージオの前には逃げ出したくなる」、と 雑誌のインタビューで語っていたほど、緊張する場面です。 真忠久美子は、ローズアダージョの難関のバランスの部分では、ギクギク揺れる手をサポートの男性の手から離すがやっとで、殆ど手を挙げられず、 表情は強張り、恐怖に震えている気持ちが見る側にも伝わってきました。 大きくバランスを崩すような破綻はなかったものの、ハラハラ、ドキドキ、「頑張れ!!」と、手に汗握る、応援モードだったのです。 出演前、彼女は「自分をすべて出し切れるような舞台にしたい」(ダンツァ)と意気込んでいたようですが、 思いどおりにはいかなかず、何とか持ちこたえたという感じで、私も「無事終わってほしい」と祈るような気持で見ていて、とても期待通り楽しめたとは言えない舞台でした。 数日後、この「眠りの森の美女」の評がウェブに載っていましたが、川村真樹への、 「初役なのに、それはそれは立派なデビューだった」という賛辞が目を引きました。 川村真樹の舞台を見に行かなかったのを悔やんだのですが、あとの祭り。録画でもよいから、 この日の川村真樹の踊りを見たいと思っていたのですが、今回、第一幕のローズアダージョだけとはいえ、 DVDで見ることができたのはラッキーでした。
 
さて、川村真樹のローズアダージョですが、評判とおり、立派なものだと思います。 ローズアダージョはかなり難しい踊りなので、劇場での生の舞台はもちろんのこと、 DVDなどの録画の映像からでも、踊る側の緊張が見る側にも伝わって、ハラハラした応援モードになってしまいがちなのですが、 川村真樹は落ち着いて、笑顔もとても自然だったので、安心して見ていられました。 それだけではなく、おっとりと素直に育ったお姫さまの感じがよく出ていて、4人の花婿候補へのほのかな恥じらいの様子も初々しく、 勧められると戸惑いながらも素直に従ってしまいそうな、いかにも大切に育てられた良家のお嬢さんという感じ。 ほっそりとして背が高く、舞台映えする美しくしなやかな肢体。一目見てファンになってしまうような穏やかな品の良い表情。 しかも感心したのは、つま先で立った回転の美しさ。回転のスピードは、そんなに速くはないけれど、なんて回転がなめらかなことか。 苦もなく自然に回っている感じ。女性の回転が足りず、男性が無理やり女性の腰を回すのを、見かけることがありますが、品がなくて、 美しい舞台が台無しになってしまう。 川村真樹は、無理なく、コマのようにスムーズに回るので、男性は、ウェストをデリケートにホールドしているだけ。 英国ロイヤルバレエアカデミー仕込みの優雅さが、これなのでしょうか、気品溢れた美しくしなやかな回転なのです。 ピンクのチュチュが良く似合って可愛らしく、4人の花婿候補の王子は、うっとり見とれているというような感じでした。
ローズアダージョ出だしの四人の王子に支えられたバットマン・デヴェロッペのバランス。 この場面、90度位しか脚を上げず、いかにも手抜きという感じの人もいるけれど、川村真樹は頑張って150度位まで脚を上げて、本当に美しい。 難関のバランスの部分に入っても、しっとりとした身のこなしが美しく、しかも、終始自然な表情で、ゆったりとして余裕がありました。 経験を積んだダンサーでも緊張するという、このバランス、初体験にもかかわらず、穏やかな表情を崩さず踊り抜いたのは驚きです。 この場面、恐怖で顔が強張り、サポートの男性の手をギュッと握りしめて離せず、次の男性の手への横滑りが精一杯 という人も居るほどですが、川村真樹は、序盤のバランスの時も、プロムナードを伴う終盤の更に難しいバランスの時も、 支えの腕がビクビク震えて、必死にバランスをとっているのが伺えたものの、しっかり正面を向いて、ゆっくり手を離して、終始観客に穏やかな眼差しを投げかけていたのは見事です。
ただ男性の手を離してバランスをとった時、横滑りとさえ見えるほど、ほんの少ししか手を少し上げず、すぐ次の男性に掴まってしまったのは残念。 手を高く上げてバランスを保つのは恐怖でしょうが、観客が身を乗り出して見入るほどの最大の見せ場ですから、無理に正面を見ず王子の方を向いてもよいので、勇気をもって、しっかりアンオーまで上げて、そこでグッと堪えて長〜くバランスをとってもらいたいところ。その点では、高々と手を上げて余裕あるバランスを見せた、吉岡美佳下村由理恵の方が、一歩上手?。 ただ、4人目の王子との最後のアラベスク・パンシェでは支えの右腕がグラグラして心もとなかったけれど、揺れを必死に堪え、頑張って自らの極限まで左足を上げてパンシェを決めたのは見事。 精一杯頑張った彼女の健気な姿に観客からブラボーの叫びが飛んでいました。踊り終えてのレヴェランス。ホッとして満面の笑みで観客に応える姿が美しかった。
 
花嫁候補の四人の王子は、マイレン・トレウバエフ、冨川祐樹、中村誠、市川透。可憐なオーロラをしっかりとサポート。 「思わず、うっとり。恋してしまった」という感じがよく出ていて好演でした。 ただ、先にも書いたとおり、ラスト直前、4人目の王子の支えられた見せ場のアラベスク・パンシェでは、川村真樹の手がギクギク震えて心もとなく、脚はあまり高く上がらなかった。 かってシルビー・ギエムが「エレガンスのかけらもない」と言われたように、180度を超えるまで足を上げて柔軟さを誇示するのは品が無くて良くないけれど、せめてもう少し頑張って挙げて欲しかった。 でもこれは彼女だけのせいではなく、4人目の王子の責任もあるでしょう。 サポートの王子がしっかりと受け止めていなくて、彼女は開脚の技術を十分発揮できなかった気がします。 王子が姫の美しさに見とれて、サポートに力が入らなかったのではあるまいが、これでは女性が可愛そうです。 女性が思い切り足を上げることができるように、男性がもっとしっかり支えてあげて欲しかった。
それにしても、川村真樹、これがオーロラ姫初役どころか全幕初主役というから立派です。DVDに収録されている彼女へのインタビューでは、「ローズアダージョの練習は毎日 欠かしませんでした。第二幕の稽古の日も、第三幕の稽古の日も、どんなに疲れていても、ローズアダージョに 戻って終わりました。それぞれの男性のサポートに違いがあるし、すごく集中が必要だし、そんな中で役を忘れないように気をつけました」と言っていました。ローズアダージョにかける彼女の意気込みを感じます。 この難しい踊りに挑む彼女には、こんな血の滲むような努力があったのです。 そんな中で返す返すも残念なのは、ほんの少ししか手を少し上げなかった(上げれなかった?)こと。 高く手を上げてバランスを崩して破綻・・・というリスクを避けたかったのかもしれないが、これでは、いかにも手抜きのように思えてしまう。 次回踊るときは、しっかりアンオーまで手を上げて欲しい。 この映像が撮影されたのは2007年ですが、当時駆け出しだった川村真樹は、2011〜12のシーズン、 新国立劇場バレエ団のプリンシパルに昇格しました。 この映像を見ると昇格は当然と思いますが、バレエは「一日練習を怠ると自分にわかり、 二日練習を怠ると周りの人にわかり、三日怠ると観客にわかる」と言われるほど熾烈な戦い。 ライバルは虎視眈々と狙っていて、少しでも怠けたら追い越されてしまう・・・。バレリーナとは過酷な職業ですね。 川村真樹は、とても育ちの良い、おっとりとした、お嬢さんのような感じなので、このバレリーナの熾烈な戦いに押し潰されなければよいが・・・、と一抹の不安も感じます。
 
ともあれ、これは、すてきなローズアダージョでした。血の滲むような努力を重ね、 満を持しての挑戦で花開いた、というところでしょうか。 バレエを愛する人に・・・と促されて、「舞台を見て、古典バレエの優雅さに感動して欲しい」と川村真樹。 ロイヤルバレエスクールで学び、ロイヤルバレエの優雅さを心から愛する彼女だからこそ、自然に出た言葉なのでしょう。 彼女のこれからの一層の活躍が楽しみです。是非、ローズアダージョだけでなく、全幕を見てみたい。 川村真樹主演の「眠りの森の美女」全幕のDVDが販売されることを期待しています。
 
オーロラ姫:川村真樹 
花婿候補の王子達:マイレン・トレウバエフ、冨川祐樹、中村誠、市川透

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