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新国立劇場「眠りの森の美女」 (2004.6.13)
さいとう美帆さん「オーロラ姫」初挑戦
新国立劇場のバレエ団の「眠りの森の美女」を観てきました。今回の公演は、スヴェトラーナ・ザハロワ、酒井はな、厚木三杏、さいとう美帆がオーロラ姫を踊りました。ザハロワが人気の的でしたが、私はあえて、
さいとう美帆という新人が踊る日に行きました。さいとう美帆さんは、新潟市出身。同劇場バレエ研修所第1期生で昨年(2003年)秋に、同バレエ団ソリストになったばかり。21歳という若さです。今年(2004年)2月に、同劇場で上演のバレエ「シンデレラ」で主演デビューし、異例の抜てき主演デビューと話題になったのですが、今回は、クラシックバレエ最大の難役と言われる、「眠りの森の美女」のオーロラ姫。これまた、驚異的な大抜擢、「シンデレラ」の評価が極めて高かったからでしょう。
オーロラ姫は、ベテランのバレリーナでさえ、足がすくむほど緊張するという難役です。私は、さいとう美帆の「シンデレラ」を観ていませんが、舞台写真を見た限りでは、とても美しく、気品の漂うお嬢さんですが、何となくか弱い感じがして、彼女が、オーロラ姫という大役を踊りきれるのだろうかと、不安を感じていました。しかし、それは全くの思い過ごしでした。何年もソリストとして踊っている人たちを飛び越えて抜擢されるだけのことはある、と納得できる立派なデビューでした。
私は、幾度か、ダンサーが「眠りの森の美女」全幕に初めて挑んだ舞台を見る機会を得ましたが、毎回新鮮な感動に浸ることができました。それは、
小林紀子、
森本由布子、
吉岡美佳、
伊藤衣子、そして、さいとう美帆。
毎回、彼女たちの緊張した気持ちがひしひしと伝わってきて、「
ローズ・アダージョ」が終わる頃には、いつも握りしめた拳には汗がにじんで、どっと疲れがでてしまうほどで、「無事踊り終えて良かったね!!」と、ほっとして、彼女たちの労を労ってあげたい気持ちになるのです。
さて、第一幕オーロラの登場。さいとう美帆、さすがに、緊張していたようで、踊りはやや堅い感じがしました。ローズアダージョのバランス。にっこりと目は夢み心地。王子の眼を見て、はずかしそうにためらいながら手を離し、しっかりとバランスをとってから、ゆっくりと手を下ろす姿が、すごく自然で、しかも愛らしくて、純真なオーロラ姫そのものでした。
「守ってあげたい」と思わせるような可憐さのあるオーロラ姫でした。大輪の花というわけにはいかなかったけれど、清楚な白いローズを思わせます。
とにかく力の配分が上手でバランスに安定感があるのはすばらしいです。このローズアダージョのバランス、バランスをとるのに必死で、手を挙げることはおろか、王子の手を離す余裕もなく、次の王子の手に横滑りが精一杯というベテランのダンサーもいる中で、さいとう美帆は、しっかり腕を肩のあたりまで上げて静止しました。
ただ、もう少し頑張って、アンオーまで挙げてくれると、さらに素晴らしいでしょう。
バランスという難関を無事に通過して気をよくしたのか、ローズアダージョのヴァリエーションでは、美しさの象徴のオーロラ姫を完璧に踊りきっていました。
ヴァリエーションの最後、段々早くなる音楽とともにピケで舞台上を回るところなど、甲がきれいに出て軸がまっすぐで、最後まで正確でかつ繊細で完璧にコントロールされた回転が続いて、余裕を持ってきれいに止まりました。
表情は可愛らしく、指先まで神経が行き届いている動きは柔らかく、かといって、軸足はしっかりと安定していてまったく崩れず、見事で、観客の拍手とため息を誘いました。さいとう美帆、さぞかし、厳しいレッスンを耐え抜いてきたことでしょう。
そして、カラボスの毒牙に倒れるところは、本当に苦しそうな表情。力尽きて母の腕に崩れ落ち、大きく波打つ胸からは汗が滲み出るほど。全力投球の迫真の演技に感動しました。
ただ、第二幕以降は、いくぶん「踊るのに精いっぱい」と感じさせる部分もありました。第二幕から第三幕へと恋をして成長していく女性を演じるには、やはりまだ経験が不足といった感じは否めません。どこかコンクールのバリエーション演技を観ている感じで、物語バレエ全幕のヒロインには見えないところがありました。
技術的には見事でしたが、成長した女性としてのオーロラ姫としては伝わってくるものが少なかったのが残念です。
また、
第三幕のグラン・パ・ド・ドゥでは、パートナーの男性(デニス.マトヴィエンコ)は、ソロは丁寧で美しかったのですが、サポートの力がやや弱いようでしたし、さいとうさんとの呼吸も今ひとつで、さいとうさんのバランスに「ん?」と感じたところがありました。
パ・ド・ドゥのアダージョでは、女性は男性が頼り。パートナーの男性は、「何があろうと任せておけ」というしっかりとしたサポートでないと、女性がかわいそう。実は、この日のデジレ王子役は、小嶋直也の予定でしたが、怪我により出演できなくなり、
ゲストのデニス・マトヴィエンコに代わったのです。気心の知れた小嶋直也でしたら、本来のパートナーシップが見られたかもしれません。残念です。小嶋さんは、膝を痛めてから、ずーっと、ちょっと出てきたと思ったら降板、また出てきて良くなったかなと思ったら降板、というのが続いていて本当に気がかりです。
さらに、パ・ド・ドゥのアダージョから、目当ての三度のフィッシュ・ダイブ(パ・ド・ポワッソン)を除いてしまったのはちょっと??。胸のすくような、フィッシュダイブがないのは寂しい気がします。極めて難しい技とはいえ果敢に挑戦して欲しかったと思うのは贅沢でしょうか。
また、コーダに入ってから、さいとうさん、疲れが出たのでしょうか、回転のスピードが落ちてきました。必死に力を振り絞って頑張ってた彼女の姿に、「もう少しだ、頑張れ!!」と心の中で呟いていました。
オーロラ姫は、一幕からずっと出ずっぱりですから大変です。力の配分が大切ですよね。
それだけに、踊り終えて、観客の大きな拍手に深々とお辞儀をする彼女の感激した表情は、すべてをやり遂げてほっとして、満足感にあふれて、本当に美しかった。
こんな場面を見ると、ますますバレエが好きになります。
このように、さいとう美帆の踊り、いくつか気になるところはあったものの、それも程度の問題で、初主役としては大成功といえるのではないでしょうか。
リラの精は、真忠久美子。ロシアのペルミバレエ学校留学中の10年程前、「バレエ誕生」という番組で、真忠久美子が「眠りの森の美女」のヴァリエーションを可愛らしく踊っていたのを見たことがありますが、彼女の生の踊りを見るのは初めてです。真忠さんは、美しいラインと愛らしい表情が魅力的なバレリーナ。
きちんと品よく踊っていて、技術的にもしっかりしているようで、難しいイタリアン・フェッテも、ミスなく美しく決めていました。
何より、プロポーションがよくて、目が大きくかわいらしくて、リラの精のやさしい雰囲気が滲み出ていて素敵でした。伸びやかな手足を生かしたアラベスクの繊細な美しさにうっとりとさせられました。いくらか不安定になったところもありましたが、それがかえって初々しい魅力を醸しだし、今後への期待を感じさせました。
ただ、控えめな性格なのでしょうか、他の5人の妖精と一緒に踊るとき、目立たず埋もれてしまった感じでした。
やや存在感というか、輝きに欠けていたように思います。さらに表現力を磨いて、いつか、オーロラ姫を踊ってくれることが楽しみです。
青い鳥のパ・ド・ドゥは、パートナーの二人の呼吸がぴったりで、とても素敵でした。
フロリナ王女は、高橋有里。小柄で可愛らしい舞姫で、踊っているときの長い腕の上半身の使い方がとくに綺麗。フロリナ王女にぴったりという感じでした。
丁寧で、品のある踊りは、スコティッシュ・バレエで培われたものでしょうか。ただ、上品過ぎるかなと感じたところもあり、
気品を失わない程度に、もう少し、自己主張があっても良いのではないでしょうか。とはいえ、安心して見ていられた魅力的なダンサー、今後の活躍が楽しみです。
青い鳥の吉本泰久は、とても頑張っていてジャンプも高く、高橋有里のサポートも的確で、高橋有里、安心して身をまかしているという感じで、微笑ましさを感じました。
踊り終わってのレヴェランス。鳴りやまぬ拍手に、感激して涙ぐんでいたような高橋さんの表情が素敵でした。
ともあれ、主役のさいとう美帆、生まれて初めての大劇場でのオーロラ姫で、これだけ立派なのですから、将来が楽しみです。真忠久美子、高橋有里、ベテランのダンサーにはない、登り坂の人の速力を感じ、将来の可能性を確認できました。
バレエ「眠りの森の美女」
オーロラ姫:さいとう美帆、王子:D.マトヴィエンコ
リラの精:真忠久美子、カラボス:M.アクリ
フロリナ王女:高橋有里、青い鳥:吉本泰久
指揮:ボリス・グルージン
管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団
2004年6月13日、新国立劇場
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