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眠りの森の美女: 森本由布子、日本バレエ協会公演    (2003.9.16)
  森本由布子オーロラ姫全幕初挑戦(1986)の映像 

私がとても大切にしている映像があります。1986年にNHKテレビで放送された、バレエ「眠りの森の美女」で、日本バレエ協会によって、東京文化会館で行われたものの録画です。この公演は、宮木百合子/篠原聖一、森本由布子/赤木圭というダブルキャストでしたが、 私は森本由布子/赤木圭の舞台を生で観て、まさにフレッシュで全力投球の森本由布子の熱演に大きな感動を覚えました。ぜひもう一度観たいと思っていたら、数ヵ月後にNHKがハイライトを放送してくれました。もちろんビデオに録って、その後、繰り返し繰り返し、楽しんできました。ハイライトとは言え、森本由布子の出ているステージの部分は、くまなく収録されていたし、森本さんがモニターで自分の踊りを見ながらの語る場面も加わって、とても興味深い映像なのです。まだ当時駆け出しの20歳そこそこのバレリーナのステージを放送してくれたNHK、とても粋なことをやってくれたと思います。森本由布子も、この舞台で、そしてこの放送を通じて、一段と飛躍したように思います。
 
森本由布子にとって、この「眠りの森の美女」は初の全幕主演で、実質的なデビューと言ってもよいと思います。森本由布子は、19歳の時モスクワ・バレエコンクールで銀賞をとり、一気に名を馳せたのですが、その翌年、いきなり抜擢されたのが、このオーロラ姫なのです。
 
なんといってもこの舞台は、当時まだ20歳の森本由布子のういういしい踊りの魅力に尽きました。16歳になったオーロラ姫が初めて登場する第1幕。森本由布子、ひときわ輝いていました。でも、彼女の表情は、真剣そのもの。むしろ、ひきつっているようでした。 無理もありません。このオーロラの出はベテランのバレリーナでも足がすくんでしまうほど緊張すると言われています。パリオペラ座のエトワールだったエリザベット・プラテルでさえ、「オーロラの登場の場面は、いつも緊張して震えてしまいます。『白鳥の湖』よりもです。なぜなら『白鳥・・』は、王子が先に出ているのですが、『眠り・・』は、一人で出て行かなければならない。観客の目が一斉に集中するのです(ルドルフヌレエフの世界)」と言っていました。森本由布子にとっては、初の大舞台、プレッシャーは大変なものだったに違いありません。でも、ひたむきに大役に挑んでいる姿には、いたく心を打たれました。客席で、思わず「頑張って!!」と祈るような気持ちになったのを記憶しています。
ひとしきり踊って、いよいよ前半の見せ場、ローズアダージョ。 最大の難関の4人の王子とのアチチュードのバランス。 前述のプラテルは「4人の王子の手を順にとりながらアチチュードのバランスをとるところはもっとも集中しなければなりません。 相手役もいろいろで、助けようとしてくれる人もいれば、近寄ってくる人もいます。 中には突き放す人もいます、だから自分がしっかりしていなければだめなんです」とこの場面の難しさを語っています。 怖くて離した手を高く上げることが出来ず、横滑りのようなベテランのダンサーもいる中で、森本由布子は、しっかりアンオーまで手を上げて、 懸命に歯を食いしばって難しいバランスの技に挑みました。 上げた腕はまろやかに円を描き、まっすぐに伸びたポアントと、片足を後方に上げたアチチュードのポーズは、気品に満ちてとても美しかった。 一人目の王子の手を離した瞬間、グラッとなって、思わず手を降ろしてしまったけれど、ご愛敬。 すぐ気を取り直して、二人目以降はバッチリ。最後まで踊りきったのは流石です。ローズアダージョを無事踊り終えてのレベランス、さぞかしホッとしたのでしょう。 やっと笑みがこぼれました。
     
ただ、アチチュードのポーズで、後方に挙げた脚の膝が下を向いていて、膝から先が上を向いているのは頂けない。 俗に言う犬のおしっこのようなポーズになっていて見苦しい。正しくターンアウト(フランス語ではアンデオール)出来ていると、 膝が下を向くことはないはずですから、チョッと気になるところです。さらに、鋭角的に膝を曲げているのは、考え物です。 脚のあまり長くない日本人は、やや鈍角ぎみにしたほうが、長く見えて美しいようです。
でも、批評家の佐々木涼子が「ローズアダージョでは、なにも片足で完璧にバランスを保つ必要はないのだ。一人では立っていられないという心許なさこそが、オーロラ姫の初々しさを強調しているのだから(バレエの宇宙)」と言われるように、不安を感じるバランスの中に、少女から大人になっていくオーロラ姫の初々しい魅力を感じとれるわけで、その意味では、森本さんの、思わず手を差し伸べたくなるような、幾分心許なさを感じるバランスだったからこそ、初々しく可憐なオーロラ姫の魅力を感じました。
第一幕最後のカラボスの毒針に倒れるところでは、息を弾ませての熱演で、森本由布子の額も背中も汗でびっしょり、胸がジーンとなったのを覚えています。このころになると、彼女、緊張も取れてきたようで、このあとは、自分のペースで、最後まで美しく踊りぬきました。
第2幕幻想の場は、丁寧な踊りで美しかったし、第3幕のグラン・パ・ド・ドゥでは、落ち着いて、妻になる喜びを、のびのびと表現していました。難しい3度のフィッシュダイブは、パートナーに支えられて見事でしたし、フィニッシュもバッチリ決め、大きな拍手を受けました。
 
番組の中で、森本由布子は、モスクワのコンクールより、この舞台のほうがずっと緊張したと言っていました。自分のビデオの映像を食い入るように見ていた彼女、「(緊張して)思っていた半分も踊れなかった。『振り』に精一杯で『演技』が出来なかった」と言っていましたが、どうしてどうして、堂々の見事なデビューだったと思います。
 
この公演ではもう一つの素敵な発見がありました。青い鳥のパ・ド・ドゥで、下村由理恵が、フロリナ王女を踊っていたことです。 今では主役を踊る下村由理恵ですが、当時まだあどけなさの残る19歳で、今より幾分ふっくらとして可愛らしい。 終始笑顔を絶やさず、輝きのある踊りでした。 踊り終わって首筋や胸には汗が光っていて、力一杯踊り抜いた健気な姿に思わずグッときました。 ただ、フロリナはチュチュなので脚がはっきり見えてしまうのだが、脚の美しさが命のアダージョ終盤のア・ラ・ズゴンドでのバットマン・デヴェロッペのバランスが頂けない。 上げた脚が120度にも満たないくて、いかにも手抜きという感じでお粗末。180度近くまでとは言わないまでも、せめて150度位までは脚を上げる努力をして欲しい。 また、下村由理恵は背が低い。森本由布子やリラの精の大塚礼子と並ぶとチュチュから覗く脚の短さが目立ってしまう。 これはどうしようもないことですが、技術が確かなだけにもう少し脚が長かったら・・・と、思ってしまう。 彼女は、この数年後イギリスに渡り、スコティッシュ・バレエで10年近く活躍しました。
森本由布子と下村由理恵という今が旬の二人のスター。二人の駆け出しの時代の若く初々しい踊りを、同時に見ることが出来たことは、とても幸運だったと思います。
 
このビデオは、繰り返し見たために、テープが痛んで、映像の質はかなり落ちてきましたが、私にとって大事な宝物の一つです。NHKにマスターテープが残っているなら、是非、再放送してくれると嬉しいです。
当時NHKは日本のバレエの公演の放送にとても積極的でした。最近はBS2で海外のバレエの映像を放送してくれるのですが、日本のバレエの放送はほとんどありません。
今や日本のバレエダンサーも世界にひけをとりません。是非、NHKが日本の優れたダンサー達の活躍を、積極的に紹介してくれることを望みます。

  オーロラ姫:森本由布子、デジレ王子:赤城圭
  リラの精:大塚礼子、カラボス:江川明
  フロリナ王女と青い鳥:下村由理恵・大倉現生
  演出・振付:笹本公江
  演奏:東京シティフィル、指揮:堤俊作
  1986年3月6日:日本バレエ協会公演

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