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眠りの森の美女〜ローズアダージョ:タマラ・ロホ、イングリッシュ・ナショナルバレエ   (2013.5.1)
西洋人なのに背は高くなく日本人に近い。ずんぐりとしてバレリーナとして恵まれた体系ではないけれど、果敢にバランスやフェッテの超絶技巧に挑む姿は健気で好感を持てるし、 ぽっちゃりとした顔は可愛らしい。そんなタマラ・ロホに、私は不思議な魅力を感じます。 先日、WEBに載っていた彼女のローズアダージョの映像を見ました。元ロイヤル・バレエのプリンシパルだったタマラ・ロホが、 イングリッシュ・ナショナルバレエの芸術監督に就任して間もなくの映像のようですが、安定感抜群で目の覚めるようなバランスにビックリ。 男性の手を殆ど必要としない程の強さを見せ、満場の観客に大いに魅力をアピールしてみせていて、タマラ・ロホの見事な踊りに感動でした。
 
ケネス・マクミランの未亡人であるデボラ・マクミランがローズアダージョについて、『原版を振付けたプティパは少しばかりサディストだったのではないかと思います。かわいそうなオーロラ!』と言ったそうです。サディストとは、相手に身体的または精神的に苦痛を与えることによって性的興奮を得るタイプを指しますが、プティパが、本当にサディストだったか知りませんが、片足ポワントで静止したポーズを取るというローズ・アダージョのバランスは、バレリーナにポアントでの極限の平衡感覚と、背骨と腰の負担を強いることに加え、バレリーナにとっては、常にバランスの崩壊〜破綻という恐怖に苛まれる、極めて至難な踊りには違いありません。最高のオーロラ姫と伝説的になっているマーゴ・フォンティーンでさえ、「ローズアダージョで失敗したら、バレリーナはおしまいです。」と言っていました。次の言葉に稽古に励むダンサーの気持ちが現れています。「ローズ・アダージョはどんなバレリーナにも大変です。リハーサルの時は自分が出来るギリギリのところまでバランスをとってみるようにしました。調子のいいときはそのままずっと立っていられそうなこともありました。(吉岡美佳)」、「ローズアダージョの練習は毎日欠かしませんでした。第二幕の稽古の日も、第三幕の稽古の日も、どんなに疲れていても、ローズアダージョに戻って終わりました。それぞれの男性のサポートに違いがあるし、すごく集中が必要だし、そんな中で役を忘れないように気をつけました(川村真樹)」。ローズアダージョを破綻無く踊りこなすには、こんな血の滲むような努力があったのです。 そんな至難なローズアダージョですが、タマラ・ロホの踊りには、「もうビックリ!ただただ驚いた。」という気持ちです。「男性のサポート、要らないんじゃないの?」と思えるくらい安定感抜群で、後ろでポーズしているコールド達もすっかり観客になってボォーっと見入っているようでした。
 
タマラ・ロホの踊り、まず、前半のアティテュードのバランス。出だしのエカルテに続くバランスは、3秒程度はお茶の子さいさいという感じ。 この部分、緊張のあまり顔がこわばり、ギクギクろ震える手をやっと離して、次の男性に横滑りするだけで精一杯というダンサーもいますが、ロホは全く平気。 「支えてもらわなくても大丈夫だけど、せっかくだから支えてもらいましょうか!!」とでも言うように、軽く王子の支えの手に触れるだけで、軸足もまったくぶれず、楽々とバランスをとっていました。 後半のバランスにはさらに仰天。一人目の王子の手を離してから、二人目、三人目、四人目の王子への手に触れず、ずっとバランスをとり続けようと思ったに違いありません。 一人目の王子の手を離してから、いっこうに手を下ろそうとしない。もしや、このまま持ちこたえられるのか思ったくらい。 二人目の王子の手を離した後のバランスは普通でしたが、驚異的だったのは三人目。 三人目の王子の手を離してから、とても人間業とは思えないくらい、長くバランスを保ったのです。 四人目の王子は「いつ掴まってもいいよ」と手を差し出しているのに、ロホはアティテュードのポーズを決めたままで、いっこうに手を下ろそうとしません。 「支えなんか要らないわよ!!」と言わんばかりに、無視して微動だにせず、バランスをとり続けます。 まるでポアント先に根が生えているよう。その後、そのまま最後のアラベスクへと繋げ、大きく両腕を開いてフィニッシュしました。 こんな長いローズアダージョのバランスを見たことがありません。計測してみると、なんと13秒。かって、四人目の王子のサポートをパスして、 前後に大きくふらつきながらも、6秒近く必死にバランスをとり続けた下村由理恵の、ハラハラ、ドキドキ、手に汗握った健気な姿に感動したことがありますが、 ロホはその倍近く、いともたやすく、ビクともせずにやってのけたのです。 尤も、以前、15秒もバランスをとり続けたロイヤルバレエでのローズアダージョの映像に比べると、やや短いですが、いずれにせよ、 この超絶技巧、驚きを通り越して、いやはや、恐れ入りました。   

ローズアダージョというお見合いの場のオーロラ姫について、批評家の佐々木涼子さんは著書「バレエの宇宙」(文芸春秋)の中で、「なにも片足で完璧にバランスを保つ必要はないのだ。一人では立っていられないという心許なさこそが、オーロラ姫の初々しさを強調しているのだから。そもそもそれが、本来の振付の意図だったのではないだろうか」と言っていますが、 そうだとするとサディストであったプティパは、グラグラ揺れる上体の建て直しに苦しみながら、「倒れてなるものか」と必死に持ちこたえてバランスをとり続けて、観客の感動を誘った下村由理恵のようなバレリーナこそ、オーロラ姫の理想の姿と考えていたのかもしれません。
逆に、バランスで見せるタマラ・ロホのすさまじいばかりのテクニシャンぶりは、見ている方が妙に緊張し、まるでバレエそっちのけで、オリンピックのように肩怒らせた判定モードを誘い、それでいいのかという見方もあるでしょうが、野暮なことをいうのは止めましょう。超絶技巧だけがバレエではないけれど、技術あってこその古典バレエ。タマラ・ロホ、圧倒的な存在感でした。スペイン出身のタマラ・ロホは、バレリーナとしては決して細くないのですが、この細すぎない体ゆえにコアな筋肉が発達してることが彼女の超絶技巧の源になっているようにも思います。シルビー・ギエムは技術は優れているけれど、180度開脚などを、これみよがしに見せつけているようで品がなくて嫌いですが、ロホは、そんな傲慢な感じが全く無く、奥ゆかしささえ感じられるし、思わず「ロホちゃん!!」と呼びたくなるような初々しく可憐な面も備えていて、とても素敵なバレリーナだと思います。おそらく先の吉岡美佳や川村真樹のように血の滲むような稽古があるのでしょう。しかしそれをおくびにも出さないのが偉い。このローズアダージョの映像が収録されているビデオかDVDがあったら、ぜひ商品化して欲しいものです。

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