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指揮者・福田一雄さん     (2002.7.24)
(少年のような無邪気な若々しさ)

先日、東京シティバレエ団の「ヘンゼルとグレーテル」終演後、指揮者・福田一雄さんにお会いすることが出来ました。
福田さんは、長時間の指揮でお疲れにもかかわらず、初対面で緊張気味の私に対して、とても丁寧に優しく応対して下さいました。 芸術家の気難しさは微塵も感じられず、気さくな伯父さんという感じでした。
 
私が、福田さんを知ったのは、かれこれ30年以上も前のこと。
当時、牧阿佐美バレエ団が大手町サンケイホールで隔月で定期公演を 行っていました。故、橘秋子さんが、当時一部の愛好家だけのものだった バレエを、一人でも多くの人に知ってもらおうと、出血覚悟で続けていた 公演でした。 このステージから、その後、大原永子さん、森下洋子さん、川口ゆり子さん・・・ が育っていったのです。
ここで指揮を務めていたのが福田さん。当時30代前半だったと思います。 彼女達、若きバレリーナは、福田さんのタクトから、羽ばたいていったとも 言えると思います。
 
今回の「ヘンゼルとグレーテル」、音楽の流れが、とても自然で、ステージに よく溶けこんでいました。これには、指揮をされた福田一雄さんの編曲による ところが大きいと思います。フンパーディンクのオペラのオリジナル曲に加え、 バレエのために多くの曲が挿入さ れていましたが、これが実にステージと ぴったりで、さすが、バレエ音楽にかけては、右に出る人は居 ないといわれる 福田さんのお力の賜だと思います。
私が、「オペラにはない曲がたくさん出てきて素敵でした」と言いましたら、 「僕が全部選んだんだ。オペラとバレエは違う。バレエに適した曲を 加えてみた。いいでしょう!!」と楽しそうに話しておられました。
 
以前、福田さんは「私がバレエを指揮するとき、大体どのバレエ団にも、 私好みの可愛い女性ダンサーがいるもので、コールドバレエの一員に、 そのような人を見つけて、彼女の姿を見ながら棒を振るのも、また、 楽しからずやである。」(文芸春秋別冊1979年5月号)と書いておられましたが、 「君、可愛いね!!」と言っただけでセクハラと言われる世の中ですから、 今でしたら、こんなことを書くと訴えられてしまうかもしれません。
でも、福田さんのこの言葉、なるほどと頷けるところがあります。 それだけステージで踊るダンサー達を、気にしておられるのでしょう。
彼の指揮を見ていると、ダンサーをよく見ながら指揮をしているのが、 はっきりわかります。あるときは、ダンサーに合わせてオーケストラを 引っ張り、またあるときは、ダンサーを優しくリードして・・・・。
ダンサーと一緒になって、音楽と踊りの芸術を作り上げようとしている のがわかります。おそらく、福田さんの指揮で踊るダンサーは、とても 踊りやすいのではないでしょうか。
彼自身、「バレエは総合芸術で、舞踊と音楽、それに美術や照明、さらに、 文学的要素などが、それぞれの分野で、相乗りあって成立するものであるが、 その中でも、舞踊と音楽の占める役目は大きい」と言っておられました。 さらには「日本では、どうも、交響曲や協奏曲を演奏するのが、オーケストラの 主たる役目で、オーケストラピットの中で、オペラやバレエを演奏するのは、 第二義的な役目という考えがあるようだが、これはとんでもない間違いで、 一流の劇場オーケストラは、一流の交響楽団になりうるが、その逆には なり得ないのである」と書いておられましたが、全くその通りと思います。
 
福田さんの言われるとおり、バレエは総合芸術であり、「瞬間の芸術」です。 「一瞬の輝き」を求めてレッスンに励むダンサー達。その努力が花開くステージ。 私たちを夢の世界に誘ってくれます。 そのダンサー達を支える優れた音楽があってこそ、両者がかみ合って、いっそう 素晴らしい夢の世界となるのだと思います。踊りが良くてもオーケストラが 音を外したら台無しですし、逆に音楽が先行して、ダンサーが踊らせられて いるようでも頂けません。
ステージに注がれている福田さんの暖かいまなざしと、それをしっかり 受けとめて全身で表現するダンサー・・・・。いやが上にも感動が高まります。
 
福田さんは、1931年生まれと言うことですから、今年、71才。
ご高齢とはいえ、バレエと音楽に注がれている目の輝きは、少年のような 若さに溢れています。
福田さん、いつまでもお元気で、鋭い、そして暖かいタクトを振り続けて下さい。
そして、私たちに夢と希望を与えてくれる天使:バレエダンサー達の優しい サポーターでいて下さることを願ってやみません。


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