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瀕死の白鳥 2005/7 :渡邉順子    (2005.7.14)
 失意の白鳥、復活の羽ばたき

注)JUNさんの踊りの感想です。JUNさんのお許しを得て掲載しています。 無断で複写複製を禁じます。

「アラベスクもアチチードも決めれなくて、見るからに下手な踊りなんです。こういう踊りを見ると私でも踊れるかも・・・と思う人も多くなると思います」 。2005年6月、JUNさんこと渡邉順子さんが八王子のステージで「瀕死の白鳥」を踊った翌日、彼女から、こんなメールが届きました。不本意なステージ、「自分は、もうおしまいだ!!」と、相当落ち込んだ様子でした。「瀕死の白鳥」の舞台11回目目にして味わった挫折感。今まで幾度も彼女の踊りを見てきましたが、こんなに気落ちしたJUNさんは、初めてです。衣装も新調し、トゥシューズも変えて、意気込んで臨んだ舞台だっただけに、彼女は立ち直れるのだろうか、と心配でした。

でも、それから1ヶ月、失意の白鳥は、見事に蘇りました。演奏を替え、振付を替えて・・・・。
7月2日、再起のステージを翌日に控え、JUNさんからメールが届きました。「明日は無理をしないように踊ります」。彼女は、右脚を痛めていたのです。脚の負傷はダンサーの命取りにもなりかねません。しかも右脚は彼女の利き足。
でも、脚の痛みを必死に堪えて、彼女は頑張りました。踊り終わった時、彼女が言った言葉、「主人は、『お前は脚が痛いほうが上手く踊れるんじゃない!!』と言ってくれたんですよ」。ご主人がこんなに褒めたくらいですから、大成功といえるでしょう。沸き上がるJUNさんの喜びが、伝わってきます。
数日前、このステージのDVDが届きました。今までにも幾本か、JUNさんのビデオ映像を見せて貰いましたが、今回からDVD。鮮明度が違います。それだけ、彼女の表情もよく分かります。脚の痛みを懸命に堪えていたのでしょうか、彼女の表情はとても堅い。にこりともしません。それほど真剣に取り組んでいたにちがいありません。このステージにかける彼女の意気込みを感じます。その踊りはというと、表情の硬さとは正反対の、今までにない滑らかさを感じました。ぎすぎすした感じが全くない。痛めている右脚のブーレの美しさ。トゥシューズはあえて先の柔らかいグリシコ・フェッテを選んだとのこと。負担のかかる右脚はかなり痛かったでしょうが、これが、緩やかにカーブを描く甲の美しさ、ひいては惚れ惚れするような彼女の滑らかな脚のラインの美しさを際ださせていました。この「甲の美しさ」こそ、トゥで立って踊るバレリーナの最大の武器であり、天から授けられた彼女の掛け替えのない財産です。 また、最後に力尽きて横たわる場面も、今までになく表現力豊かで素敵でした。それに何より、「色気」を感じます。ふんわりとそれも全身から自然に滲み出た出たような、ふくよかで健康的な「お色気」なのです。 色気抜きのクラシックバレエで、ほのかに感じられた「バレリーナの色気」、彼女のダンサーとしての精神的肉体的な円熟度の高まりを示すものであり、大切にして欲しいものです。
JUNさんは、また一歩前進しました。ひいきのダンサーが着実に進歩していく・・・、嬉しいことです。
「足は痛いけど、舞台に立てることが嬉しくてしかたない。7月が終わったら仙台が待っている。11月のよこすか芸術劇場もある。でももっともっと踊りたい!!!」
彼女は、舞台に立てることが嬉しくてたまらないのです。
7月3日 関内ホール、「命のつどい」コンサート)


この感想をHPに載せるにあたり、JUNさんから以下のメッセージを頂きました。 掲載させて頂きます。

舞台の感想を拝見いたしました。いつも、舞台の感想を書いて頂、嬉しく思っています。
「瀕死の白鳥」を関内ホールで初めて踊ったのは2002年のことです。
それから2004年・05年と続けて踊っています。 関内の舞台はよく怪我をしていることが多いんです。
2002年の関内の舞台は捻挫をしました。
「JUNさん独特の時間が止まったようなアラベスクの『決め』のポーズが見られなかったこと。 おそらく、これは、今回柔らかいトゥシューズを使った ためで、贅沢というものでしょう。」(山口さんの感想)
2004年は自転車で転倒した後に踊った舞台だったため「瀕死の白鳥」のCDをいつもと変えて踊りました。
「彼女、6月に怪我をして踊れなくなった時には、今回の出演も危ぶまれたのです。8月まで稽古ができなかったのは、 相当辛かったことでしょう。『私もよく踊れたと思いました』と終了後彼女は言っていましたが、ステージでは、今までと同様に、 いや、今までにもまして、死に直面した白鳥の姿を踊りきっていました。」(山口さんの感想)
そして2005年も急激な練習をしたために右足を痛めてしまいました。 今年は6月・7月・8月と舞台が続く嬉しい年なのですが、6月から右足の状態があまりよくありません。 でも、山口さんの感想にもあるように円熟した踊りになってきた事は確かです。 関内ホールの舞台はいつも自分自身で冒険している部分もあります。 去年の「瀕死の白鳥」はウ゛ァイオリンの曲で踊りました。 今年はリチャード・クレイダーマンのCDを使用しました(今までの「瀕死」の曲の中でも一番短い3分)。 6月の八王子はミッシャ・マイスキーのCDは約4分。去年のよこすか劇場はミッシャ・マイスキーのCDで5分。 その時の体調によって音楽を変えたりトゥシューズの種類までも変えて踊っています。 毎回、「瀕死」を踊っても違って感じるのは選曲で踊りが変わって見えるのかもしれません。
2000年から「瀕死」を踊り続けていますが、トゥシューズもイギリス製のフリードからロシア製のグリシコに変え、 足のラインの美を追求し続けています。
小さな努力が舞台の成功につながってゆくと信じ、これからも小さな努力を続けていこうと思います。
私の「瀕死の白鳥」を温かい目で見続けてくださる方々がいて初めて「瀕死の白鳥」を踊る楽しみが生まれるのだと思います。 いつも「瀕死の白鳥」を見てくださる、みなさん!!ありがとうございます。

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