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ドン・キホーテ 〜 森の女王のヴァリエーション:Lee A Man  (2017.4.30)

バレエ「ドン・キホーテ」(レオン・ミンクス作曲)の森の女王のヴァリエーションは、アントワーヌ・シモーヌの曲で、あとから追加された曲です。 「眠りの森の美女」のリラの精と似たところがありますが、違いは女王独特の優美さというところでしょうか。 終盤のイタリアンフェッテ以外は大技がなく地味な感じの踊りですが、堂々と気品高くエレガントな女王らしい『雰囲気』が求められます。 優雅な音楽と振り付けで、キープするところはしっかり、ジュッテは元気よく、上半身は顔の位置にも気を配りながら腕を大きく柔らかく動かす・・・という 究極のエレガントな踊りで、若いダンサーの憧れヴァリエーションの一つです。 この踊りは、後にバレエ「海賊」のパ・ド・ドゥにも使われ、マーゴ・フォンティーンとルドルフ・ヌレエフによって踊られて、世界的に有名になりました。 フォンティーンは当時、「彼は23歳、私は42歳。23対42のペアなんて見苦しい。でも私が踊らなければ、誰かが彼と踊ってしまう。勇気を振り絞って踊りました。 お互いにしのぎを削って、高めあいました。」(マーゴ・フォンテーン・ストーリー)と言っていますが、40歳を過ぎて一時引退も考えた彼女が20才も年下のヌレエフをパートナーに得て、それまでとは違った、至難なイタリアンフェッテという名人芸の見せ場もある作品にも、体力の衰えの隠せない身体に鞭打って挑戦しているのが良くわかります。 「ヌレエフは私のもの。うぶな若手に奪われてなるものか」といった、ベテランの執念の独占欲の現れというところでしょうか。 このふたりのコンビは「天国で結ばれたようなパートーシップ」と言われて、その後20年間も続き、私達に最高の踊りを見せてくれたのです。
ローザンヌ国際バレエコンクール2017で、韓国のLee A ManとHwang Yubinが、この「森の女王のヴァリエーション」を踊りました。 このヴァリエーションは、背中を綺麗に見せることで一層美しさが際立つので、後ろを向いた時こそ気を抜かないよう気をつけたり、 終盤のイタリアンフェッテでは、しっかりと軸をとり目線を定めて回らないとジタバタして見えがちだし、重心を意識しながら体を引き上げてバランスをとらないと軸足が崩れて破綻・・・、 とミスも目立ちやすく、難易度の高いバレリーナ泣かせの踊りでもあるのです。これをコンクールで踊るには、二人ともよほど勇気が要ったことでしょう。 二人とも予選で落ちてしまったのは残念だったけれど、私はこの二人の踊りがとても魅力的に感じられ、最も印象に残りました。 とりわけLee A Manは、イタリアンフェッテの終盤に僅かなミスがあって、これが採点に影響したかもしれませんが、それ以外は完璧。まっすぐ伸びた綺麗な脚と、まろやかな腕が美しく、踊りは全く力みがなく美しく、自然で優雅で気品に溢れ、かつ可愛らしく、惚れ惚れして見入ってしまいました。
Lee A Manは、まだ17歳でSeoul Arts High Schoolの学生だそうですが、長い脚のスリムな均整の取れたプロポーション。 Lee A Man踊りは、このヴァリエーションのお手本とも思えるくらい。表情は穏やかで、踊りは丁寧で柔らかく上品で、タメるべきところしっかりタメて、回るところは無理なくスムーズに回って・・・、うっとりとして眼を離せませんでした。
舞台の袖で出を待っているLee A Manの表情は硬く、ひどく緊張している様子でしたが、舞台の中央へ進み出ると、一転穏やかな表情に変わりました。 出だしはアラベスク→プリエ→アティテュードで始まる振り付けもありますが、のっけから脚を垂直に跳ね上げた華麗なエカルテ・ドゥヴァンという難しい技に挑戦。グッと堪えてタメたバランスのポーズにハッと息を呑みました。 高々と蹴り上げた脚は無理なく爪先までまっすぐ伸びて、開脚の角度は180度弱。 これを4度繰り返し、アティテュードとアラベスクで繋いで、再び4度のエカルテ・ドゥヴァンのバランス。全く乱れが無い上、爪先から手の指先まで神経が行き届いていて、惚れ惚れするほど美しかった。 そして見所のイタリアンフェッテ。片手アロンジェのアラスゴンドとアンオーのアティチュードの組み合わせを7回繰り返し、アラスゴンドで終わるという難しい技ですが、 片足のポアントで立ったままで、180度近くまで高く脚を上げたアラスゴンドも、続く回転も全くバランスが崩れず美しい。 終盤の7回目、トゥで立った左の軸足の踵が落ち、思わず「ヤバイ!!」と固唾をのんだ。思わず振り下ろした右足を床に着けてしまったけれど、ここが彼女の偉いところ。 必死に踏ん張って、最後の力を振り絞ってイタリアンフェッテを辞めなかったのです。 6回程度でやめて、ピケ・トゥールに変えるをする人も多いけれど、これではいかにも手抜きと思えて頂けない。その点、頑張ってアラスゴンドのポーズを決めて、最後までイタリアンフェッテを踊りぬいたLee A Manは流石です。 そしてフィニッシュ。両足のトゥを揃えて立って、グッと持ちこたえて停止。僅かにトゥの先が乱れたけれど、歯を食いしばって必死に堪える表情が何とも健気で素敵。彼女の努力に敬服します。
Lee A Manのしなやかな身のこなしには、ほのかな気品が漂い、難しい箇所に差し掛かっても、柔和な笑顔を失わず、見終わったとき心の中に花が咲いたようなホッとした幸せな気持ちになる。 フワッとまろやかな弧を描く腕、トゥの先までスッキリ伸びた長い脚・・・、ピンクのチュチュがとてもよく似合う。 ポアントでの足の運びは軽やかで、まるでチュチュの裾から光る泡を撒き散らしているよう。 手の指の先から、伸びやかな爪先まで細かく神経が行き届いて、Lee A Manは、まさにクラシックバレエを踊るために生まれてきたと思われるくらい。 イタリアンフェッテのミスさえなかったら、おそらく入賞できただろうと思わせる素敵なバレリーナです。
 Lee A Man, 307 - Prix de Lausanne 2017 - classical variation:
なお、このコンクールでもう一人夜の女王のヴァリエーションを踊った韓国のHwang Yubinは技術的には非の打ちようがないほどだった。 これだけ正確に踊れる人も珍しい。エカルテ・ドゥヴァンのバランスでの開脚の角度はLee A は180度弱までがやっとという感じだったけれど、Hwang Yubinは楽々と180度を超えてしまう。 グッと堪えてピタリと止めた並々ならぬ技術の高さにハッと息を呑みました。 ここまで楽々と自然に、高々と脚が挙がるのは股間接が完全に開く証拠。完璧なアン・ドゥオールが身についているのでしょう。 この場面、途中でトゥが崩れてメロメロ・・・破綻、となる人も多いのに、こんなに高く脚を挙げてもトゥの先のズレも少なく殆どグラつかず、柔和な表情で軽々とこなしたのは偉い。 終盤のイタリアンフェッテも8回を完璧に回り終えたのは流石で、技術的にはLee A Manより上の感じ。 ただ技術が素晴らしすぎてアクロバットのように機械的で、やや潤いがやや不足気味だったのが気になりました。気品ある優雅なバレリーナという面ではLee A Manに一歩及ばなかったように思いました。
 Hwang Yubin, 304 - Prix de Lausanne 2017 - classical variation:

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