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白鳥の湖:大滝よう、日本バレエ協会、関東支部、神奈川ブロック      (2009.1.18)

日本バレエ協会のバレエ「白鳥の湖」全幕を見てきました。ゴールスキー版の演出で、第4幕は王子がロットバルトを倒しオデットと結ばれるハッピーエンドです。大滝ようさんがオデット/オディールを踊るということで、迷わずチケットを買い求めました。 大滝ようさんは、大好きなバレリーナの一人です。ほっそりとして、清楚なたたずまい、溢れる気品。とても美しいダンサーです。若くしてニュージーランドのロイヤルニュージーランドバレエ団で踊り、2003年帰国。以来、多くの主役を踊って経験を積み、バレリーナとして、肉体的にも精神的にも、脂ののってきたころでしょう。 この公演は、新井雅子さんが支部代表を務める関東支部、神奈川ブロックの自主公演ということで、大滝ようをはじめ、出演者はオーディションで選ばれた神奈川県在住の人が殆どとか。 但し、王子の青木崇は、大阪バレエカンパニーから、悪魔ロットバルトの小林洋壱は東京シティバレエ団からの客演です。

第1幕。道化の末原雅広の踊り以外、殆ど印象に残っていません。いつものことですが、「白鳥の湖」の第1幕は、面白いと思いません。 何とかならないものでしょうか。希に、第2幕と続けて上演する演出もありますが、この方が良いように思います。 終盤直前に、王子が弓の矢を放つ時、白鳥の模型が空中を飛ぶシーンがありましたが、ワイヤーを引く音が大きくて耳障りでした。

第2幕、コールドバレエが不揃いで靴音が大きいのが、気になりました。 大滝よう登場。細〜い。手足の細さは、コールドバレエの人たちの半分近くに見えたほど。全く靴音を立てず、湖面を滑る白鳥さながら。やはり、大滝ようさんは、コールドバレエの人たちとは、一回りも二回りも技量が勝るし、踊りの質が全然違う。 ハッと息を呑む余裕を持って決めたアラベスク、しなやかに波打つアームス、正確なブーレ。 とりわけ、自然に溢れ出る清楚な気品・・・、何とも言えない美しさなのです。上手いと思うダンサーは一杯いますが、気品を感じるダンサーはあまり居ません。私の好みですが、吉岡美佳岩田唯起子・・・、そして大滝ように、清楚で繊細な、日本人バレリーナならではの気品を強く感じています。 ただ、余りに上品だがゆえに?、インパクトが薄いと感じた人もいたようです。隣の席で見ていたダンサーの渡邉順子さんが 「主役が引き立たない。上手なコールドの前で踊ったら、もっと良く見えたでしょうに」と言っていました。コールドバレエが不揃いだったので、観客の目が上品な仕草の大滝さんに集中できなかったということでしょうか。でも私は満足でした。大滝ようが、オデットを、しっとりと、心を込めて踊ってくれたからです。

そして第3幕。黒鳥オディールと王子のグラン・パ・ドゥ・ドゥ。大滝ようのオディールは、第2幕のオデットよりも、さらに気品がありました。 オディールは悪魔ロットバルトの娘ですから、もっと悪魔を思わせる、色気のある、妖霊で、どぎつい踊りでないと・・・と言う向きもあるかもしれませんが、私にはそれはどうでもよいこと。私は、あまり誘惑!,誘惑!といった悪魔的なオディールは好きでなく、大滝ようのような、気品のあるオディールの方が好きなのです。 ハッと息を呑むアチチュードのポーズ、ギリギリ極限まで耐えた独り立ちのバランスの良さ、180度にまで足が上がって少しも気品を失わないアラベスクの美しさ・・・・、大滝ようは、アダージョとヴァリエーションに関しては、非の打ち所がないほど完璧でした。少なくとも私はそう思いました。こんな大滝ようの踊りに、私は息を呑んで見とれていました。
アダム・クーパーが「舞台には魔物が居る」と言っていました。本番の舞台ではプロでも思わぬミスが出るということなのです。 主役の女性が一人でオデットとオディールを踊りぬくのは、精神的にも体力的にも至難なことです。オデットとオディールを別の人が踊る演出もあるほどです。アダージョとヴァリエーションを踊って体力を使い果たし、残る力を振り絞ってコーダに挑むバレリーナを魔物が狙っていました。 女性ダンサーのテクニックの最大の見せ場、32回のグランフェッテ・アントュールナンの難技。 大滝さんは、左足を軸にして、トゥの先をしっかり床に付けて、フェッテを回し始めました。 軸足のブレもない正確な回転を続け、快調に半ばの16回あたりから観客の賞賛の拍手が沸き起こりました。拍手がどんどん大きくなって、30回近くなって観客の興奮が絶頂に達した時、魔物が大滝さんに襲いかかったのです。 「あと少し、頑張れ!!」と心の中で叫んだその時、軸足のトゥの先が大きく左へ流れました。 思わず「危ない!!」と思ったのも束の間、次の回転の最中、軸足が崩れて右足が床に着き、回転が止まってしまったのです。 観客の拍手がピタリと止み、オーケストラだけが淡々と演奏を続けました。 でも、大滝よう、すぐ気を取り直して踊りを再開、しっかりと第3幕最後まで踊り抜いたのです。懸命に踊るバレリーナの健気の姿・・・、会場は、暖かい大きな拍手に包まれました。それにしても、もう一歩のところで思わぬアクシデント、ショックだったことでしょう。

第4幕が始まるまでの15分の休憩時間、私は心配でした。 大滝ようが足は痛めてはいないだろうか、第3幕のショックが第4幕に影響しなければ良いが・・・・。 でも、彼女が舞台に登場した途端、この心配は杞憂に終わりました。 小柄で華奢なバレリーナは、一回り大きくなったように見えました。 大滝ようは、開き直ったのか、第2幕、第3幕に比べ、むしろ伸び伸びと踊っているように思えました。 清楚な気品はそのままに、踊りも演技も、体当たりといった感じの気迫が加わったように感じました。 決して逃がすまいと追いかけてくる悪魔ロットバルトを振り切り、「さあ、来い!!」と身構える王子の胸めがけて飛び込んだオデット。 あわや転落と思ったほどスリル満点でした。 大滝ようの決死のダイビングをがっしり受け止めた王子の青木崇も流石でした。

それにしても、悪魔ロットバルトの小林洋壱は踊りも演技も見事でした。踊りはダイナミックだし、王子に翼をもがれ、死に至るまでの迫真の演技にはびっくりでした。 東京シティバレエ団の新鋭・小林洋壱の力強い踊りには以前から注目していました。彼は所属のバレエ団以外のダンサーともよく共演をしており、 最近では2008年11月「エリアナ・パブロワを偲んで」というバレエ・コンサートで、今回主役の大滝ようさんと組んで、 ショパンの「枯葉と詩人」という曲を踊りましたが、この時もサポートというよりも強引なホールドという感じでした。 「まかしとけっ!」と言わんばかりに、細い大滝さんのウェストをガシッと掴み、放り上げて肩上にリフト。 続いて、大滝ようのビスチェ部分を腕で抱えてグイッと持ち上げ、長身にものを言わせ、小柄で華奢な大滝ようをビュンビュン分回す・・・。文字通り「枯葉」が舞うように振り回された大滝さんは、懸命に耐えていました。

「白鳥の湖」の第4幕が、これほど感動的で盛り上がったのは珍しい。フィニッシュの観客の拍手は怒濤のようでした。 演出を担当した、元東京バレエ団プリンシパルl夏山周久氏の指導の成果でしょうか。 フィナーレのカーテンコール、オデット/オディールという大役の責任を果たした大滝よう、思わずこみあげてきたのでしょう、涙ぐんでいるようでした。第3幕のアクシデントがあったからこそ、第4幕を最後まで踊り抜いた喜びは、より大きかったに違いありません。心から労をねぎらってあげたい。以前からファンでしたが、今日の舞台を見て、精神的にも成長した大滝ようさんを一層好きになりました。またいつか彼女の舞台を見たい。 「バレエは私の『素(す)』です。踊ることは、体で自分を表現すること、自分を演じないこと、正直な自分でいられるということ。」と語っていた彼女。 スリムな容姿、清楚な美しさ、溢れる気品というバレリーナの資質を武器に、またニュージーランドでの貴重な経験を生かして、大滝ようさんが、一層大きく羽ばたいてくれることを願っています。
 
この公演は、大バレエ団による公演のような、豪華さはありませんが、とてもよくまとまっていて非常に好感を持てました。ダンサー一人一人が、一生懸命に演じている気持ちが伝わってきて、見終わったとき、とても爽やかな気持ちになれました。小さな公演には時としてキラッとした輝きを見いだすものです。 また、小さな公演にもかかわらず、録音テープではなく、生のオーケストラの演奏だったのは有り難かった。 最近の生のバレエの演奏は、オーケストラが音を外すようなひどいものが多いのですが、堤俊作指揮、俊友会管弦楽団は、アマチュアのオーケストラで編成こそ大きくはないものの、 しっかりとした演奏で、安心して聴けました。ダンサーもさぞ踊りやすかったことでしょう。ともあれ、2009年の初の素敵なバレエのステージでした。ダンサーの皆さん、スタッフの方々、素敵な「夢」をありがとう、お疲れ様でした。

オデット/オディール:大滝よう、王子:青木崇、
ロットバルト:小林洋壱、王妃:尾本安代、道化:末原雅広
演出・振付:夏山周久、堤俊作指揮、俊友会管弦楽団

(社団法人)日本バレエ協会、関東支部神奈川ブロック自主公演
2009年1月17日 神奈川県民ホール

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