『遠い約束』☆☆☆☆ 光原百合(創元推理文庫、01年3月刊)
光原百合、待望の新刊!最初見たときは、野間美由紀のマンガ表紙にちょっと違和感を感じたが、読み始めて納得。まさにこの表紙っぽい、コミカルで軽〜いタッチのミステリなのだ。内容は、ひとことで言うなら「ミステリファンが書いた、ミステリファンのためのミステリ」といったところだろうか。このミステリをこよなく愛する主人公は、ずばり著者自身の投影であり、同時に読者自身である。ミステリ大好き人間なら誰でも、「うんうん、この気持ちわかるよ!」とうなずいてくれるのではなかろうか。
「大学に入学したらミステリ研入部!」そんな夢を抱いて無事浪速大学に入学した主人公、吉野桜子。まんまと入部したミステリ研は3人の先輩(皆非常に個性的な男性)のみの弱小クラブだったが、とにもかくにも彼女のキャンパスライフがスタートした。
桜子の大叔父の遺言の謎を解く、表題の「遠い約束」3部作と、その合間に起きるミステリ研での小さな騒動をはさんで、大学生活の季節は流れていく。…ううむ、正直言って、めっちゃうらやましい!(笑)いいなあ、楽しそうだなあ、ミス研!合宿で密室騒動が起きたり、延々とミステリ談義したり、大学合同のコンベンションがあったり、さらには遺言解読。魅力的な先輩に囲まれて、おいしいぞお、桜子ちゃん。くそお、私も大学時代に入ればよかったなあ、ミス研。や、もちろん現実はこんなにおいしくないだろうけどさ(笑)。
ポップで軽いノリの中にも、ほろりとさせられたり、ほんわかとあったかな気持ちにさせられるところが心ニクイ。ほのかな恋がからんでたりするあたりも微笑ましく、このあたりの味付けは実にいいカンジ。ミステリを介した、年の離れた友情とも呼べる大叔父とのエピソードなど、ぐっと胸がつまる。彼女の描く人間の機微は、どれも悪意がなく、温かで心地よい。嫌な人間さえすっぽりと大きなまなざしで包み込んでしまうのだから。著者の「ミステリを書くこと」や、「謎」に対する志もほの見え、その姿勢はまことにもって清々しく気持ちがいい。
全てのミステリ読みに楽しんでもらえること請け合いの一冊。ラストの一行がじんと心に染みる。
『それいぬ』☆☆☆☆ 嶽本野ばら(文春文庫プラス、01年3月刊)
退廃的な少女趣味どっぷりの小説『ミシン』(小学館)の著者のエッセイ。が!読み始めて愕然。こ、この方、オトコの方だったんですか〜〜〜〜!!大人になってもピュアな乙女心を失わない、稀有な女性だと思っていたのに〜!
ものすごく、ものすごく読者を限定する本。正直言って、万人にはオススメしません(笑)。とりあえず、冒頭の「お友達なんていらないっ」だけ試しに読んでみてください。これが「乙女」を選別するリトマス紙でございます。「げげげっ」とあわてて本を閉じてしまった方、残念でした。これ以上読み進む必要はございません。そして「こ、これは私のための本かもしれないっ!」と思った方、あなたは合格です。これは私とあなたのための本です。美しく、気高く、根性ワルな乙女の世界へようこそ!(独断と偏見ですが、大島弓子と長野まゆみがお好きな方もオッケーだと思います)
「正しい乙女になるために」という副題そのまま、ナルシス度200%の、彼の「乙女哲学」がとうとうと述べられている。いやいや、まったく恐れ入る。男性なのに、生半可な女性よりずっと少女の気持ちをよくわかっていらっしゃるのだ(というより、この方、中身は女性よね)。思い込みで築き上げた美と夢の世界にどっぷり浸り、正しいのは空想の世界で歪んでいるのは現実の周囲のほう、と強引に決めつける。リボンとフリル満載のお洋服をこよなく愛し、ミッフィーを愛し、江戸川乱歩や大島弓子に耽溺する。ロマンティックで上品で、クラシカルで我侭勝手、ああ、これこそ「乙女」なり!
彼は少女特有の心の歪みを「それでこそ乙女、そのまま突き進みなさい」と絶賛、後押ししてくれるのだ。私がかつて感じていて、同時に後ろめたく思っていたこと全てを。もしこれを10代の頃に読んでいたら、間違いなくハマりまくり、開き直り、心のバイブルとして肌身離さず持ち歩き、人生を誤っていたことであろう(笑)。あぶないところでした。
とにもかくにも、私は野ばらちゃん信者であることをここに告白しよう。同志求む!
『鱗姫』☆☆☆☆ 嶽本野ばら(小学館、01年4月刊)
『ミシン』(小学館)に続く、小説第2作目。前作よりさらにパワーアップした「野ばらちゃんワールド」が堪能できる。仮に「森奈津子」というジャンルがあるとするなら(笑)、これは「嶽本野ばら」というジャンル、といっても過言ではなかろう。それほど他に類を見ない、ぶっ飛んだ小説である。彼の趣味を全部、白雪姫の魔女のぐつぐつ煮えたぎる鍋にぶちこみ、できあがった物語、といった趣。どろどろです(笑)。でもこれがツボ、な人には非常に楽しめる話なんだなこれが!
主人公の女子高生は、校則に反してるとさんざん怒られながらも、お肌のためにと日傘をさして通学するという、中原淳一ばりの時代錯誤な美意識を持った娘。ある日、彼女は、しばらく前から中年男のストーカーにつけ狙われていることを兄に告げる。が、彼女はもう一つ、誰にも言えない重大な秘密を抱えていたのだった…。
著者の徹底したレトロな美意識、耽美趣味、エログロ、少女特有の残酷さ、倒錯趣味などなどがてんこ盛り。が、それが実に上手く「小説」という形に仕立て上げられている。いやいや、なかなかのストーリーテラーだよ、野ばらちゃんは。少女期におけるあらゆる趣味と妄想に走りまくった小説。ユーモアの隠し味も絶妙。
主人公の性格形成に大きな影響を与えた叔母を筆頭に、この物語の登場人物たちは皆、現代とはズレた美意識を持っている。それはもう、読んでいて思わずぷっと吹き出してしまうほどの滑稽さだ。でも、ふと思うのだ。今の世の中にはびこる美意識って、そんなに正しいものだろうか?ガングロ化粧や海外ブランドあさり、肌を露出しすぎのスタイルなどなど。それらにきっぱりと背を向け、周囲からどう思われようと自分の美意識を貫く彼らは、ある意味非常に勇気ある、まっとうな考え方の持ち主ではないだろうか?
などと思ってしまうこと自体、私も少々彼に毒されているのかもしれない(笑)。
彼の乙女心が理解できる方には堪能できる話です。どっぷりひたれます。そうでない方は少々びっくりなさるかもしれませんが(笑)、それなりに楽しめると思います。
『MAZE』☆☆1/2 恩田陸(双葉社、01年2月刊)
うううん、今まで読んだ恩田陸作品の中では最も不満足な出来。謎が謎を呼ぶ、という中盤までは非常に面白く、ドキドキハラハラの展開だったのだが、ラストの着地点が不満。書き方もあまりに曖昧すぎな気が。これだけでは読者はちょっと納得できないと思うのだが。
ジャンルでいうならミステリ、でいいのだろうか。アジアの西の果て、なにもない荒野の丘にぽつんとそびえ立っている白くて四角い建造物。ここに迷い込んだ多くの人間が、そのまま消えてしまっているという。これを調査すべく、4人の男性が降り立った…。
ひょっとしてホラー?と思わせるほど、わっと驚く恐怖な展開があったり、雰囲気の盛り上げ方はいつもながら実に長けていて、果してその先は?とページを繰る手が止まらない。
キャラの立て方も相変わらずうまい。これがのちのち思わぬ効果を生んでるところなどは、さすがである。でも女言葉の恵弥というキャラはやはり違和感が残る。彼が女言葉をしゃべる理屈は理解できる。そのポリシーを書きたくて登場させたのかもしれないが、やっぱり普通のキャラでよかったんではないか、とちらりと思わないでもない。彼の存在があまりに目立つので、物語の焦点はこっちなのか?と気を取られるほど。でも実際の焦点は、もちろん建造物の謎の方である。
で、その謎のオチがあまりにあまりで残念。もうちょっとうまく掘り下げて書けば、すっごいSFになったのかもしれないのに。恩田陸の「曖昧さ」という短所がモロに出てしまった作品かもしれない。