43号                                                           2001年4月

 

 

書店員はスリップの夢を見るか?

 当店の男性書店員は、ワイシャツにネクタイで日々働いている。が、あのネクタイ、仕事中になんともジャマそうなのだ。本をよっこいしょ、と持てばだらんと垂れ下がってひっかかるし、本とすれるからすぐダメになるし。で、考えたのだが、書店員男子は全員蝶ネクタイにしませんか?オシャレでかわいく、実用的だと思うんだけどなあ。名づけて「書店員蝶ネクタイ推進運動」!どうっすか?(笑)

 書店の仕事って、実はほこりまみれになるし、肉体労働で汗はかくし、本や段ボールでこするしで、服がすぐにダメになってしまうのだ。紙で手も切るしね。本当はエプロンで軍手はめるのがいちばん機能的なのですよ(ついでに言えばマスクもしたいぞ)。なにかカッコイイかつ実用的な制服のデザインはないものだろうか。

 

今月の乱読めった斬り!

『遠い約束』☆☆☆☆ 光原百合(創元推理文庫、01年3月刊)

 光原百合、待望の新刊!最初見たときは、野間美由紀のマンガ表紙にちょっと違和感を感じたが、読み始めて納得。まさにこの表紙っぽい、コミカルで軽〜いタッチのミステリなのだ。内容は、ひとことで言うなら「ミステリファンが書いた、ミステリファンのためのミステリ」といったところだろうか。このミステリをこよなく愛する主人公は、ずばり著者自身の投影であり、同時に読者自身である。ミステリ大好き人間なら誰でも、「うんうん、この気持ちわかるよ!」とうなずいてくれるのではなかろうか。

 「大学に入学したらミステリ研入部!」そんな夢を抱いて無事浪速大学に入学した主人公、吉野桜子。まんまと入部したミステリ研は3人の先輩(皆非常に個性的な男性)のみの弱小クラブだったが、とにもかくにも彼女のキャンパスライフがスタートした。

 桜子の大叔父の遺言の謎を解く、表題の「遠い約束」3部作と、その合間に起きるミステリ研での小さな騒動をはさんで、大学生活の季節は流れていく。…ううむ、正直言って、めっちゃうらやましい!(笑)いいなあ、楽しそうだなあ、ミス研!合宿で密室騒動が起きたり、延々とミステリ談義したり、大学合同のコンベンションがあったり、さらには遺言解読。魅力的な先輩に囲まれて、おいしいぞお、桜子ちゃん。くそお、私も大学時代に入ればよかったなあ、ミス研。や、もちろん現実はこんなにおいしくないだろうけどさ(笑)。

 ポップで軽いノリの中にも、ほろりとさせられたり、ほんわかとあったかな気持ちにさせられるところが心ニクイ。ほのかな恋がからんでたりするあたりも微笑ましく、このあたりの味付けは実にいいカンジ。ミステリを介した、年の離れた友情とも呼べる大叔父とのエピソードなど、ぐっと胸がつまる。彼女の描く人間の機微は、どれも悪意がなく、温かで心地よい。嫌な人間さえすっぽりと大きなまなざしで包み込んでしまうのだから。著者の「ミステリを書くこと」や、「謎」に対する志もほの見え、その姿勢はまことにもって清々しく気持ちがいい。

 全てのミステリ読みに楽しんでもらえること請け合いの一冊。ラストの一行がじんと心に染みる。

『それいぬ』☆☆☆☆ 嶽本野ばら(文春文庫プラス、01年3月刊)

 退廃的な少女趣味どっぷりの小説『ミシン』(小学館)の著者のエッセイ。が!読み始めて愕然。こ、この方、オトコの方だったんですか〜〜〜〜!!大人になってもピュアな乙女心を失わない、稀有な女性だと思っていたのに〜!

 ものすごく、ものすごく読者を限定する本。正直言って、万人にはオススメしません(笑)。とりあえず、冒頭の「お友達なんていらないっ」だけ試しに読んでみてください。これが「乙女」を選別するリトマス紙でございます。「げげげっ」とあわてて本を閉じてしまった方、残念でした。これ以上読み進む必要はございません。そして「こ、これは私のための本かもしれないっ!」と思った方、あなたは合格です。これは私とあなたのための本です。美しく、気高く、根性ワルな乙女の世界へようこそ!(独断と偏見ですが、大島弓子と長野まゆみがお好きな方もオッケーだと思います)

 「正しい乙女になるために」という副題そのまま、ナルシス度200%の、彼の「乙女哲学」がとうとうと述べられている。いやいや、まったく恐れ入る。男性なのに、生半可な女性よりずっと少女の気持ちをよくわかっていらっしゃるのだ(というより、この方、中身は女性よね)。思い込みで築き上げた美と夢の世界にどっぷり浸り、正しいのは空想の世界で歪んでいるのは現実の周囲のほう、と強引に決めつける。リボンとフリル満載のお洋服をこよなく愛し、ミッフィーを愛し、江戸川乱歩や大島弓子に耽溺する。ロマンティックで上品で、クラシカルで我侭勝手、ああ、これこそ「乙女」なり!

 彼は少女特有の心の歪みを「それでこそ乙女、そのまま突き進みなさい」と絶賛、後押ししてくれるのだ。私がかつて感じていて、同時に後ろめたく思っていたこと全てを。もしこれを10代の頃に読んでいたら、間違いなくハマりまくり、開き直り、心のバイブルとして肌身離さず持ち歩き、人生を誤っていたことであろう(笑)。あぶないところでした。

 とにもかくにも、私は野ばらちゃん信者であることをここに告白しよう。同志求む!

『鱗姫』☆☆☆☆ 嶽本野ばら(小学館、01年4月刊)

 『ミシン』(小学館)に続く、小説第2作目。前作よりさらにパワーアップした「野ばらちゃんワールド」が堪能できる。仮に「森奈津子」というジャンルがあるとするなら(笑)、これは「嶽本野ばら」というジャンル、といっても過言ではなかろう。それほど他に類を見ない、ぶっ飛んだ小説である。彼の趣味を全部、白雪姫の魔女のぐつぐつ煮えたぎる鍋にぶちこみ、できあがった物語、といった趣。どろどろです(笑)。でもこれがツボ、な人には非常に楽しめる話なんだなこれが!

 主人公の女子高生は、校則に反してるとさんざん怒られながらも、お肌のためにと日傘をさして通学するという、中原淳一ばりの時代錯誤な美意識を持った娘。ある日、彼女は、しばらく前から中年男のストーカーにつけ狙われていることを兄に告げる。が、彼女はもう一つ、誰にも言えない重大な秘密を抱えていたのだった…。

 著者の徹底したレトロな美意識、耽美趣味、エログロ、少女特有の残酷さ、倒錯趣味などなどがてんこ盛り。が、それが実に上手く「小説」という形に仕立て上げられている。いやいや、なかなかのストーリーテラーだよ、野ばらちゃんは。少女期におけるあらゆる趣味と妄想に走りまくった小説。ユーモアの隠し味も絶妙。

 主人公の性格形成に大きな影響を与えた叔母を筆頭に、この物語の登場人物たちは皆、現代とはズレた美意識を持っている。それはもう、読んでいて思わずぷっと吹き出してしまうほどの滑稽さだ。でも、ふと思うのだ。今の世の中にはびこる美意識って、そんなに正しいものだろうか?ガングロ化粧や海外ブランドあさり、肌を露出しすぎのスタイルなどなど。それらにきっぱりと背を向け、周囲からどう思われようと自分の美意識を貫く彼らは、ある意味非常に勇気ある、まっとうな考え方の持ち主ではないだろうか?

 などと思ってしまうこと自体、私も少々彼に毒されているのかもしれない(笑)。

 の乙女心が理解できる方には堪能できる話です。どっぷりひたれます。そうでない方は少々びっくりなさるかもしれませんが(笑)、それなりに楽しめると思います。

『MAZE』☆☆1/2 恩田陸(双葉社、01年2月刊)

 うううん、今まで読んだ恩田陸作品の中では最も不満足な出来。謎が謎を呼ぶ、という中盤までは非常に面白く、ドキドキハラハラの展開だったのだが、ラストの着地点が不満。書き方もあまりに曖昧すぎな気が。これだけでは読者はちょっと納得できないと思うのだが。

 ジャンルでいうならミステリ、でいいのだろうか。アジアの西の果て、なにもない荒野の丘にぽつんとそびえ立っている白くて四角い建造物。ここに迷い込んだ多くの人間が、そのまま消えてしまっているという。これを調査すべく、4人の男性が降り立った…。

 ひょっとしてホラー?と思わせるほど、わっと驚く恐怖な展開があったり、雰囲気の盛り上げ方はいつもながら実に長けていて、果してその先は?とページを繰る手が止まらない。

 キャラの立て方も相変わらずうまい。これがのちのち思わぬ効果を生んでるところなどは、さすがである。でも女言葉の恵弥というキャラはやはり違和感が残る。彼が女言葉をしゃべる理屈は理解できる。そのポリシーを書きたくて登場させたのかもしれないが、やっぱり普通のキャラでよかったんではないか、とちらりと思わないでもない。彼の存在があまりに目立つので、物語の焦点はこっちなのか?と気を取られるほど。でも実際の焦点は、もちろん建造物の謎の方である。

 で、その謎のオチがあまりにあまりで残念。もうちょっとうまく掘り下げて書けば、すっごいSFになったのかもしれないのに。恩田陸の「曖昧さ」という短所がモロに出てしまった作品かもしれない。

 

 

このコミックがいい!

 『プラネテス』1巻(幸村誠、講談社モーニングコミックス)

 一読して、猛烈に感動。宇宙への夢と憧れを、こんなにリアルな感触で描いたコミックって、ほかにあるだろうか?

 宇宙船に乗って、地球の周りに漂うデブリ(宇宙空間に漂うゴミ)を拾う仕事をしている3人の宇宙飛行士の物語。それぞれの事情や、宇宙への想いが、実に泣けるのよ、いいのよ!しかも非常にリアル。妙に現実的。夢物語という気がしない。

 登場人物は皆、不完全な人間だ。私やあなたと同じように。決してヒーローなんかじゃなく、悩みをいっぱい抱えた等身大の人間だ。もがきながらも一生懸命にはい上がろうとする。そのまっすぐさ、爽やかさが胸を打つ。 

 そして何より、宇宙で生きることに悩んだりつまづいたり、孤独に怯えたり恐怖にかられたりしながらも、やっぱり彼らの心は宇宙(そら)に向かっている。目線が地面でなく、空を見ているのだ。そこが私たち読者の、宇宙への憧れをかきたてるのだ。とにかく素敵よ、すごいよ、わくわくするよ!ああ、やっぱり行きたいね、真っ暗で無限に広い宇宙の海へ。だって、私たちだって立派な宇宙人だもの!

 

特集 SFセミナー特別編 カナダSFの世界

 2001年4月29日(日)、青山のカナダ大使館にて、SFセミナーの特別編として『カナダSFの世界』が開催されました。 

 14:00スタート。柏崎玲於奈さんの司会。カナダ大使館の女性の方と、SFセミナー実行委員長の永田さんがご挨拶。

14:10〜15:00、「カナダSFの現在」。パネラーは向かって右から山岸真さん、北原尚彦さん、加藤逸人さん、司会の井手聡司さん

 英語圏のカナダSFに限定してご紹介いただきました。カナダではフランス語で書かれたSFも多く、盛んに読まれているそう。さらにはSFファンダムも活発で、ワールドコンが開催されたこともあるそうです。

 有名なカナダ出身の作家として、年代順に『スラン』や『宇宙船ビーグル号』で有名なヴァン・ヴォクト、アンソロジー編者として名高いジュディス・メリルや、ジュブナイルSF作家のスザンヌ・マルテル、モニカ・ヒューズ、ダグラス・ヒルなどの名が挙げられました。新しい作家では、ロバート・J・ソウヤー、ウイリアム・ギブスン、ガイ・ゲイブリエル・ケイ、マーガレット・アトウッドの名が挙げられ、その著作も紹介されました。

 最新の注目作家では、巨大凶悪サンタSFということで会場を沸かせた(笑)カール・シュローダー、ジャマイカ系作家のナル・ホプキンスン、ファンタジー系のショーン・スチュアートなどが紹介されました。

 カナダの作家は、アメリカに紹介されて評価されるという傾向がある、などの話は初耳でした。また、方向に迷いがあるアメリカSFに比べ、カナダSFはストレートな内容が多く、また主人公がスーパーヒーローではなく等身大の人物で、大人の作品という印象があるそうです。要するに読みやすく親しみやすい、ということでしょうか。英語文化とフランス語文化が混在しているということもあり、多彩なテイストの作家が出ているのも特徴だそうです。


  3:00〜4:00、「ジュディス・メリルという人がいた」。パネラーは右から浅倉久志さん、森優さん、山野浩一さん、司会の牧眞司さん。

 彼女はベトナム戦争に反対して1968年にカナダに移住してきたそうです。70年に日本で開催された「国際SFシンポジウム」で来日しており、日本とも縁の深い方だそうです。彼女が来日したときの興味深い裏話(半村良の英訳話など)が、その当事者である森さんらから、いろいろ披露されました。また、彼女は政治に関心が強く、日本に来た頃にはすでに反戦活動にハマっていたそうです。SFに興味があったのは、その前くらいだったとか。

 アメリカはストレートにはイギリスSFを読まない傾向にあり、彼女はアメリカがイギリスSFに関心を持てるよう、間を取り持つかのごとく紹介していて、これは彼女の大きな功績だそうです。アンソロジーを編集するためには、よい読者であり、同時によいレビュアーであることが必要で、彼女はこの点非常に優れた方だったそうです。

 活動的で大胆でありながら、同時に繊細で優しいところもある、彼女の隠れた素顔が浮き彫りにされました。


 16:00〜17:30、「ロバート・J・ソウヤー インタビュー」。聞き手は野田令子さん。英語によるインタビューで、会場では同時通訳の翻訳機を使って拝聴しました。

 ソウヤー氏のSFとのかかわりは古く、6歳のスタートレック体験に始まり、10歳くらいで『タイタンの反乱』(アラン・E・ナース)を読み、その後アシモフにハマったとか。SFファンダムにも縁が深く、高校の時にそこで現在の奥様にお会いしたそう。ずっと密かにSF作家になりたいと思っていて、しばらくはジャーナリズムの世界でライターをしていたが、30代直前に思い切ってSFの道に進んだそうです。

 「ソウヤー氏の作品は「知性」にこだわっているという印象を受ける」という野田さんのコメントを受けて、「はい。現実的に考えて、私の生きてる間にひょっとしたらファーストコンタクトや人工知能が実現する可能性はあると思う」とおっしゃり、A.I.について「人間がその扱いをマスターしないうちに、人間よりも高度な知性を持ったものを作ってしまうのではないか」という恐怖、今は野生の動物などよりも人間そのものが危険ではないかと語っておりました。

 また、コンピュータが未来を予測したり、人間の意識をコンピュータに入れることについてもいずれは可能だろう、というコメントも出ました。E.T.の存在については、コンタクトできる可能性は低いかもしれないが、そのコミュニケーションについてはかなり困難で、長い時間を要するでしょう、とおっしゃっていました。もしそれができたら、地球人とはおそらく全く異なるであろう異星人の考えを聞いてみたい、と話しておりました。そもそもSFというのは、全く異なる見方を導入するものだから、と。

 また、著作『スタープレックス』に出てくる「人間原理」についてのコメントとして、「宇宙が機能するには、知性が必要なのではないかと密かに考えている、もしかすると全ての知性が宇宙の創造にかかわるのではないか。もしそうなら、知性を持った生物というのはとても大きな特権と責任を負っているといえるだろう。人間の心が何か意味あるものだと思いたい」、と述べておられました。『フラッシュフォワード』についても「人間が未来の選択肢の決定権を持っていると思いたい、それならやはり決定には責任を持たねば」と述べておられました。

 未来については、「国」というものが存在しなくなっているのでは、世界中の人間が「隣人」になっていてほしい、と仰っていました。宇宙開発についてはどのくらい進むかわからない、とのことでした。個人的未来については、書きたいものをこれからも書いていくそうです。

 会場からの質疑応答では、本のデザインに関してや(日本のブックデザインは非常にいい、と絶賛しておられました。オンライン書店では中身でなく、表紙だけで判断されることに憂慮を感じておられるとか)、科学の本をたくさん読んでサイエンス・テクノロジ^を日々研究しているとか、小説のジャンルについて、自作の映画化などなどの興味深い話がたくさん出ました。

 カナダはとても人口の少ない国で、そこではどんな小説も一般書として売られているそうです。もちろんソウヤー氏もSFというくくりではなく、普通の作家として知られているそうです。「文学は文学です」という言葉が印象的でした。また、カナダはとても平和な国で、イギリスとフランスという二つの文化が、内戦なしに融合したという素晴らしい歴史を持っており、多文化がうまく効率的に機能している国だそう。そのことが、「SFは地球全体の文学です」という彼の大きな考え方の源になっているのかもしれません。


 この後すぐ17:30より、会場の外でレセプション、とソウヤー氏には偽って、実はサプライズバースディパーティが!彼がスピーチをはじめようとするやいなや、スタッフがクラッカーの嵐を浴びせ、会場から拍手!そしてセミナースタッフ発注の恐竜型の超ビッグなバースディケーキ(1メートルくらい?)に驚く彼の周りで、全員で「ハッピーバースデー」を合唱。カナダ大使館からのご好意で、とてもおいしいカナダ産の白ワインと赤ワインが配られ、ワインと先ほどのケーキ(中身はチョコレートケーキ)でみんなとてもご機嫌。なごやかで楽しい雰囲気のパーティでした。

 いつもながら、楽しいセミナー(特別編)でした。スタッフの皆様、カナダ大使館の皆様、ソウヤーさん、本当にありがとうございました!

 

あとがき

 ネットではあちこちで話題になっていましたが、映画「クレヨンしんちゃん モーレツ!オトナ帝国の逆襲」は、噂どおりの傑作でした。まだ観てない方は、ビデオになったらぜひ。昔を懐かしむのもいいですが、ほどほどにして、明日のことをもっと考えなくちゃなあ、と少々苦い気持ちになりました。未来を決めるのは今の私たちですものね。

 なお都合により、しばらくの間、「ダイジマンのSF出たトコ勝負!」は休載させていただきます。(安田ママ)


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