『ハンニバル』続き

 …既読の皆様、ようこそ。といってもそんなにたいしたこと書けませんが。

 まずこの作品で最も意外だったのは、レクター博士がカッコよかったことである(笑)。『羊たちの沈黙』では、どうにも不気味で怖くて、精神構造が常人からはかけ離れていて、ゆえに次の行動がまるで読めない「猟奇の天才」にふさわしい人物描写であったように思う。できれば一生、お近づきになりたくないタイプ(笑)。彼が何をやらかすかが怖くて怖くて、そこの心理的ゾクゾク、がまさにサイコ・スリラーであったように思うのだ。

 が、『ハンニバル』では、彼は相変わらず頭が切れる人間ではあるのだが、「常人からかけ離れた」というのとはだいぶ雰囲気が異なる。著者は、レクターの行動、考え、意識をこと細かに噛み砕いて描写している。おお、凡人にも理解できるぞ、この心情!そう、レクターの人間臭さが丸出しなのだ。彼もトラウマを抱えたごく普通の(とまでは言い切れないか)人間だったのだ。彼は無意味な殺人鬼ではなく、ちゃんと彼なりのポリシーに基づいて生き、そして殺しているのだ。確かにそれは悪事ではある。が、何か妙に納得してしまうのだ。クラリスをイジメまくっているクレンドラーのほうが、よっぽど醜悪ではないかと思わせるほどに。レクターは、非常に膨大な知識と、優雅な教養と、上質のセンスを持った人間として描写されている。こちらが、その魅力に思わずくらくらする程に。

 この混沌とした世紀末において、何が「悪」で、何が「正義」なのか。「悪人」とは何を差すのか。そんな問いを、著者は読者に投げかけているのだろうか。

 また、今回の話は「人を食う」ということがしきりに何度も出てくるのだが、これも非常に世紀末的。でも、これって現実にあることだしなあ、最近は。ぶるぶる。この気持ち悪さは終始一貫して、読者をなんともいえぬ淀んだ気持ちにさせるのだが、怖いというのとはちょっと違う。

 第5話までは、ワタクシ的には非常に納得行くストーリー展開であった。レクターは異常な復讐者の拷問的殺人から間一髪で助かったし、クラリスも彼に助けられて脱出できたようだし、よかったよかった。が!第6話の展開には私は度肝を抜かれた。というか、この後どんでん返しがもうひとつあると思っていた。なのになのに、そこで終わりですか?ホントに?クラリス、キミはそれでいいのかああっ!

 ワタクシ的には、あっちの世界に行っちゃったままになってるクラリスに非常に驚き、(しかもあの晩餐!ひー!)彼女が覚醒するのを今か今かと待っていたのだ。彼女は、例えレクターが命の恩人であっても、どんなに魅力的な人間であっても、ゆえに結ばれても、その「罪」は許さないというポリシーを持った女性だと思っていたので。この点も、前述した「何が悪で、何が正義なのか」というところが混沌としている。彼女は、もう以前の価値観を捨ててしまい、新しい価値観によって自分を解き放っている。とても幸せそうではある、ふたりとも。でもこれでハッピーエンド???それでいいのか?混濁したまま、物語は幕を閉じる。

 できれば、また10年後にでも、トマス・ハリスの新作が読みたいものだ。彼はそのとき、時代をどのように描写するのだろうか。


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