『ホテルカクタス』☆☆☆1/2 江國香織(ビリケン出版、01年4月刊)
童話のような、ファンタジーのような、なんともいえない不思議な味わいの物語。
ホテル・カクタスという名の石造りのアパートに住んでいた、3人の交流を描いた物語である。が、実はこの3人がちと奇妙なのだ。引用すると、「3階の一角に帽子が、二階の一角にきゅうりが、一階の一角に数字の2が住んでいました。」というのである。何かの比喩だろうか?と思うでしょ。でも、ホントに帽子ときゅうりと数字の2なんですよ。きゅうりは体がまっすぐだから椅子に座れないとか、ね(笑)。
その3人が、ふとしたきっかけで仲良くなり、きゅうりの部屋に集まっては飲み物を飲んでおしゃべりするようになる。楽しくも淡々とした、彼らの日常がつづられていくのだ。3人は皆、ユーモラスなほどに個性的でマイペース。ほかのふたりと全然違う。でも、その違いを認め合い、尊重しあっている。そのお互いの距離の取り方がなんともいい感じなのだ。ときには一緒にいることに疲れたりもするが、でもいないととても淋しく感じてしまう、友達。
ああ、今わかった。これ、江國版『くまのプーさん』なんだ!彼らの、自分の思うまま飄々と生きているところや、それでも友人として仲良くやっていってるところなんかがよく似てる。どこか哲学的なところも。
そこここに入ってる挿絵も素敵。懐かしさと、そこはかとない哀しさを感じさせる1冊。本棚の隅にそっと入れておいて、ふとした時に読み返してみたくなるような本。
『ぶたぶたの休日』☆☆☆☆ 矢崎存美(徳間デュアル文庫、01年5月刊)
ぶたぶたシリーズ、第3弾。これは書き下ろし新作である。相変わらずの山崎ぶたぶたが、やってくれます!(笑)
3つの中篇と、その合間合間に挿入された「お父さんの休日」の、計4篇が入っている。今回の職業は、占い師と、定食屋手伝いと、刑事。と、お父さんね(笑)。
さすがに3冊目だと、最初読んだときほどのインパクトはない。でもやっぱり、可愛さ炸裂である。ああ、ぶたぶたの作った「甘酢揚げなす定食」、食べてみたいー!草野球してるとこ、見てみたいー!ラストの話の、レストランでのぶたぶたの家族の一挙一動を、周囲の客がかたずを飲んで見守るところなんかもう爆笑!!だって、そのお客さんたちの気持ちがよくわかるんだもん!
相変わらず、ぶたぶたはなんともいい味を出している。ぶたぶたと出会い、話すだけで、ひとはだんだん素直になってゆく。ぶたぶたには、ひとが何かと闘いながら生きていくうちに知らず知らずのうちに身に付けてしまった固い鎧を、そっと外す何かがあるのだ、たぶん。そして、いつのまにかどこかに置き忘れてきた大切なものを思い出す。それは、…柔らかで無垢な、そのひとの本当の心だ。
出会った人々をほんわかと幸せな気持ちにしていく、ぶたぶた。ユーモラスで温かくも、ちょっと切ない溜め息がもれる、現代のファンタジー。ぜひシリーズ化して、どんどん書いていただきたいものだ。ねえ山崎ぶたぶたさん、今度のお仕事、本屋さんやらない?(笑)
『Y』☆☆☆☆ 佐藤正午(ハルキ文庫、01年5月刊)
佐藤正午の作品を読むのは、これが初めて。これはかねてから評判の高い作品で、ずっと気になっていたのだ。確かに、あっという間のイッキ読みだった。
ひとことでいうなら、まさに『リプレイ』日本版。時間SFというよりは、この手法は時間ミステリだな、と思っていたら、解説によると著者は大のハヤカワ・ミステリファンだそう。実に納得。『ジャンプ』(光文社)がミステリ方面で評価されてたのも、なんとなくうなずける。
と同時に、これはなんとも切ないラブストーリーでもある。SF方面の方なら、これを読んで『クロノス・ジョウンターの伝説』(梶尾真治、ソノラマ文庫NEXT)を思い出すかもしれない。が、味わいは全く異なる。先ほど述べた「ミステリタッチ」というのもあるが、カジシンがこちらが照れてしまうほどのピュアな青さを持っているのに比べ、佐藤正午はもっと大人を感じさせる。人生をある程度の時間歩んできた大人の、諦めや侘しさが感じられるのだ。これは、そんないい大人である主人公の友人が、まだ恋愛にさえ発展していないある女性を救うために、時間を飛び越えてしまうという話である。
「アルファベットのYのように人生は右と左に分かれていった―。」本書の初判本の帯には、そう書かれていたそうである(解説より)。誰でも一度は、こういうことを考えたことがあるだろう。「もし、あそこで別の道を歩いていたら?」「もし、あの時イエスと答えていたら?」「もし、あの電車に乗らなかったら?」そして、その時どきの小さな選択によって、人の運命は右と左に分かれていく。これは、その右の道を歩んでしまった主人公の友人が、時を越えて左の道を選びなおし、人生をやり直す話である。そして、その選択が、周囲の人間の運命の歯車をも、微妙に狂わせて行く…。
なんともいえず、しみじみとした余韻を残す物語である。甘く、どこかほろ苦い。これは、自分の人生をふと振り返る年齢になった大人にこそ読んで欲しい、時間小説の傑作である。運命や人生など、いろいろなことを考えさせられる、奥深い物語だ。
それでも人は、今この道を生き、いまこの瞬間においても、次の道を選びつつ生きているのだ。
『フラッシュフォワード』☆☆☆1/2 ロバート・J・ソウヤー(ハヤカワ文庫SF、01年1月刊)
『さよならダイノサウルス』を読んだときにも思ったのだが、ソウヤーの書く物語はとてもストレートだ。まさに直球ストレート。ストライクゾーンにずばんと切り込む、速球だ。SFが苦手な人でも、ノープロブレム(私も未だに科学的理屈はよくわかっていません(笑)。それでも十分楽しめます)。ノンストップの面白さ、読者をぐいぐいひきこむストーリー展開のうまさが魅力である。
ここではあえて、SFを読み慣れてない方向けに、この本を紹介してみようと思う。とにかくまあ、スイスの科学研究所で、なんかの実験をしたと思ってください。で、それがなぜか失敗して、世界中の人間の意識が数分だけ、21年後の未来に飛んでしまった。つまり、一瞬だけ、自分の未来の姿を見てしまったわけ(詳しい理屈は考えなくていいです。そういう話、と思ってくだされば)。
ここで世界中を挙げての大騒ぎが持ち上がる。主人公は今まさに婚約するところだったのに、21年後には他の女性と一緒にいるのを知って愕然とする。主人公の同僚は、21年後のニュースで、自分が殺されたと報道されているのを知る。果して誰に?世界中の人々が、その垣間見た一瞬をもとに、実にさまざまな行動を起こすのだ。
問題の焦点はただひとつ。「未来は変えられるのか?」である。あの21年後の未来は改変不可能なのか、それとも未来は無限に選択する事ができるのか?
答えはもちろん、ご自身でお読みになってみてくださいませ。SF、というよりは、人間の運命や、生き方について考えさせられる物語。長さも苦にならないので、ご安心を。つるつる読めます。
『臨機応答・変問自在』☆☆☆☆ 森博嗣(集英社新書、01年4月刊)
あの森助教授が、大学生のあらゆる質問に答えるQ&A集。何と彼は、講義の出席の代わりに毎回生徒に質問をさせ、次週に自分が答えたプリントを配布してるという。試験はせず(希望者のみ実施)、成績はこの質問の内容で評価するってんだから、全くもって型破りじゃないですか!実に彼らしいというか。
これがまあ、実に面白いのだ。質問と回答、というシンプルなやりとりが、これほどまでに人間の思考を鮮やかにあぶり出すとは!まず質問者の側。質問の内容自体は言うまでもなく、その文章のレベルからだけでも、その人の程度というのがはっきりわかってしまう。あなおそろしや(笑)。しかし、本当に日本語が変な文章が多いぞ(笑)。って私も人のことは言えないが。
そして回答。ここにはあらゆる森博嗣の哲学、ものの考え方&生き方がくっきり出ている。そう、これは単なるQ&Aではなく、まさに彼の本なのだ。彼が何をどう考えているかがまるわかりなのだ。どんな質問にもびくともせず、彼は歯切れよくスパスパと切って切って斬りまくる。やー、なんという小気味よさ!そして、それがなんともシニカルなユーモアに満ちているのだ。読者を思わずニヤリとさせる知的愉快さ。森ファンなら拍手喝采だ。so cool!
さらに、これは森博嗣の教育論でもある。といっても、別に教育について、エラそうにひとくさり述べているというわけではない。教えるということ、教わるということ、学ぶということ、の彼の経験&定義を述べているだけである。が、この考えには激しくうなずいてしまった。ああ、自分がいったい何のために勉強してるのか全然わからなかった中学・高校の頃にこれを読みたかったなあ。渦中にいる時には理解できないかもしれないが。
(もうとっくに読んでらっしゃると思うが)森ミステリィファンには彼の思考をより深く知るための副読本として、ファンでない方には、既成概念を吹っ飛ばす知的読み物としてどうぞ。目からウロコがボロボロ落ちること、保証いたします。もし、「自分の考えとほぼ同じだ」という方がいらしたら…あなたにはミステリィが書ける、かもしれません(笑)。ああ、それにしても、このくらいすっぱり潔く生きられたら気持ちいいね。森さん、やっぱカッコいいよ!
『さよならダイノサウルス』☆☆☆1/2 ロバート・J・ソウヤー(ハヤカワ文庫SF、96年10月刊)
SFセミナー対策として、手にとった本。ソウヤー初体験。いやあ、読み始めて驚いた。すっごく読みやすい!ワタクシ的海外SF読了ペースとしては過去最速レベルかも。ノンストップアドベンチャーSF!
とにかく話の転がり方がスピーディで面白く、目が離せない。タイムマシンだ、と思ったら恐竜の時代にタイムスリップ、するといきなりそこで出会ったのは、言葉をしゃべる恐竜だった!?さらには(以下自主規制)。次から次へと出される驚天動地のネタに、次はどうなるかとドキドキハラハラ。ページを繰る手が止まらない。
病気で苦しむ老いた父についての悩みや、親友や妻との確執など、人間ドラマ的にも面白い。が、それらが他のネタも含め、すべてこの「SF」を形作るパズルのピースだったと気づいたときには仰天した。そう、これはあくまで、あくまでハードSFだったのだ。ラストのクライマックスには、思わずうなった。うーん、すごい!!そうきたか!!(ああっ、言いたいけど言えない!)
ネタバレになってしまうので、この感動を書きたくても書けないのが実につらい(涙)。とにかく、ソウヤーのあっと驚くアイデアにはやられました。既存の常識を見事にひっくり返される、この快感。話もシンプルでわかりやすく、SF初心者にもイチオシ。『ジュラシック・パーク』なんかより、ずっとずっと面白いよ!!
『スタジアム 虹の事件簿』☆☆☆☆ 青井夏海(創元推理文庫、01年4月刊)
最初は自費出版で発売されたもの。それが新保博久によって「本の雑誌」に紹介され、ミステリサイトで話題になり、ついに創元推理文庫に収録されたという経歴を持つ本。よくぞ文庫にしてくださいました!しかも創元で!これはまさに北村薫、加納朋子、もしくは倉知淳路線のミステリ。つまり、私の好みにどんぴしゃ!(笑)
私も野球にはかなり疎いほうだが、この東海レインボーズの女性オーナー、虹森多佳子には負ける(笑)。なにしろ、全くの野球オンチ。しかもいつも優雅なロングドレスにヒールで観戦に来るという、相当ユニークなお方。が、ちっとも嫌味がなく、むしろその上品でおっとりした雰囲気にいつのまにか周りが飲まれてしまう。このミステリの安楽椅子探偵は、なんとこの彼女なのだ。
観戦中にふと小耳にはさんだ話から、その野球の試合の経過をからめつつ、このおっとりした彼女がずばずばと謎を解いてゆくのは実に爽快。周囲の人々同様、読者もあっけにとられる見事な推理。この感じは確かに北村薫の「私」シリーズを彷彿とさせる。
が、すごいと思うのは、このミステリは野球の試合そのものが非常に重要なキーポイントだというところ。ミステリと野球、これをこんなにうまくひとつに絡めることができるとは!いやあ、この著者の手腕には脱帽。実に、実に面白い。もちろん、野球をあまり知らない方でも大丈夫。著者は非常に親切に解説してくれてますので。野球ファンには…言うまでもないでしょう。東海レインボーズを愛する登場人物たちに共感を覚えること間違いなし。
実にユニークな、それでいてどこかほのぼのした空気が漂う、読後感爽やかなミステリ。オススメ!
『模倣犯(上、下)』☆☆☆☆1/2 宮部みゆき(小学館、01年4月刊)
週刊ポスト連載3年、加筆改稿2年という渾身の力作。おそらく私の今年前半期のベスト1。期待を裏切らない傑作であった。宮部みゆきはやはりすごい。これだけの長い話を、全く飽きさせることなく、同じテンションでずっと読者を惹きつけて離さないのだから。もはや技術というより、何かを越えてしまっていると思う、彼女は。
これはとても不幸な物語である。読んでるのがつらくなるくらいに。日本中を騒がせた、とある残虐な犯罪の、その加害者と被害者たちの話。平凡でささやかな生活を営んでいたのに、いきなり不幸のどん底に突き落とされる被害者たち。そして、彼らを陥れその苦しみを見て喜ぶ、悪魔のような加害者。この2方向から、物語は書かれている。
ここには、善も悪も、とにかくさまざまな人間の感情がそれはもうたっぷり書かれている。読者は彼らにいちいち共鳴してしまうので、もう感情の波が胸の中で荒れ狂う状態になってしまう。特に被害者の苦しみ、悲しみの描き方はすさまじい。こんなにまで、こんなにまで、人は地獄に落とされてしまうのか。無慈悲な犯罪によって。それは、決して癒されることのない傷だ。殺された人間は、どんなに泣いてももう戻ってこないのだから。
本当につらい話だが、でもこの本をただ「暗いから」と避けてはいけないような気がするのだ。人間の中にある悪とはなんなのか、善とはなんなのか、人間の本当の強さとはなんなのか、正しいものとはなんなのか。著者はこの問題に、まっこうから勝負を挑んでいるから。そして、著者の答えはこの物語の中に明確に書かれている。彼女のポリシーは、いつもぴんと背筋が伸びていて、ゆるがない。迷いがない。混沌としたこの世で、何がまっとうで正しいかを承知している。「犯罪というのは悲しみしか持たらさないものである」という彼女の訴えが、静かに力強く、この物語からは聞こえてくる。
犯罪は全てを破壊する。そんな当たり前のことを改めて思い知るためにも、全ての人に読んでいただきたい傑作である。本の厚さに臆することなかれ。非常に読みやすいですから、その点はご安心を。むしろ、たっぷり読書の至福に浸れる喜びに酔いしれてくださいませ。