『クライマーズ・ハイ』☆☆☆☆ (横山秀夫 文藝春秋 03.8月刊)

 ううむ、横山秀夫、やはりうまい。プロのお仕事、見せていただきました。

 「1985年、御巣鷹山の日航機事故で運命を翻弄された地元新聞記者たちの濃密な一週間。」(帯より)

 主人公は40歳の古参記者、悠木。突然、日航機事故のデスクを任される。社内での男社会の確執、登山を予定していた友人の突然の病、家族とのすれ違い。彼はさまざまな問題といかに直面し、どう闘ったか。この激動の一週間と、現在の登山の状況が、交互に語られてゆく。

 手に汗握る現場の臨場感が、びんびんに伝わってくる。思わず、ページをめくる手も早くなってしまうほど。それにしても男社会が、かくもドロドロしているとは驚き。『グロテスク』(桐野夏生、文藝春秋)における女同士の確執とは全然違って、なかなか興味深かった。男社会の確執は、会社や家庭における面子やプライド、ということなのだろうか。自分の立場ゆえの苦悩。デスクであり、父親であり、夫であり、登山を通した深い友人であるという幾つもの立場に立ち、それぞれの位置で苦しむ主人公。これは中年サラリーマン読者にはたまらないだろう。随所に共感を覚えるところがあるのではないだろうか。ちなみに私がじんときたのは、P210の、昔を回顧する主人公。あの当時とメンバーは変わらないのに、10数年の間に立場は変わり、いつしか失ってしまったものを思うシーン。泣ける。

 でまたここに、息子とのぎくしゃくした関係の経過が実にうまく挿入されているのだ。もうホント、あざといほどにうまく。感動的に。

 人間描写といい、話の構成といい、もう文句のつけようがないです。優れたエンターテイメント。

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『王国 その2 痛み、失われたものの影、そして魔法☆☆☆☆ (よしもとばなな 新潮社 04.1月刊)

 「人は、人になぐさめられ、力を得ることができる。それだけは、山でも町でも変わらない。」

 2002年8月に刊行された『王国 その1 アンドロメダ・ハイツの待望の続編。いや、なんというか…驚きました。確かに第一部の話の続きではあるのだが、深さが全然違う。私の感受性が前と違っているのか?それはよくわからない。でもとにかく、びっくりするほど深い味わいの物語に変化しているという印象を受けた。それは、主人公のやっていることのせいではない。ストーリーが波乱万丈になったというわけではない。ただ…一文一文が、強く奥深く、静かに心に沈んでいくようなのだ。そう、この感じは…『海辺のカフカ』(村上春樹)を読んだときの感じとなんだか似ている。ストーリーよりも、そこに挿入されている言葉のひとつひとつに強い感銘を受けてしまう、といったような。

 ストーリーとしては、おばあちゃんと二人だけで、山奥で仙人のように暮らしていた女の子「雫石」が、再婚して外国に行くというおばあちゃんと別れ、都会で一人暮らしを始め、そこで楓という占い師や、真一郎という男性と出会う、というのが第一部。で、第二部の本書は、仕事で外国に行っている楓の留守中、雫石があれこれ思いながらひとりで暮らし、彼の帰りを待ち続ける、という、縮めて言ってみればただそれだけの話。

 なのに、ここにはなんという美しく強い言葉が静かにたくさん並べられているのだろう。彼女の都会での孤独、都会で生きること・山で生きることの違い、人とTVとの関係、人と人との心の繋がり、商店街のあたたかさ、そんなものが平易だが実にしんみりと沁みる言葉で書かれているのだ。

 最近のよしもとばなな作品には、傷ついた人が徐々に癒されていく過程を綴った話が多い気がする。そして本書も、主人公が周りの人間や自然などによって、ゆっくりと心の傷や環境の変化から立ち直っていく話である。その、静かに傷がふさがっていく様は、同時に読者の心をもやさしく癒し、清めていくのだ。

 続きがとても楽しみ。

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『九十九十九』☆☆☆1/2 (舞城王太郎 講談社ノベルス 03.4月刊)

 う〜ん、またまた舞城、超暴走!暴れすぎ!今までの作品の中で、最も暴走度が激しいかと。読者おいてきぼりにもほどがあるよ!わけわかんない!ちょっと一般人には薦めにくい…。清涼院流水系の新本格ファン、舞城ファンにはオススメですが。途中延々と続く見立て殺人の部分にはかなり辟易。単に私がそういうの苦手なだけかもしれないけど、つらかった。でも最後には舞城の話になると信じて読み続けたよ。もちろん彼は私を裏切ることなく、見事なラストで締めてくれましたが。

 ストーリーは説明のしようがないので、旭屋ネットダイレクトの紹介文から引用。 

 「苦しさを感じるなら、僕なんて愛さなくていいんだ」。聖書/『創世記』/『ヨハネの黙示録』の見立て連続殺人を主旋律に、神/「清涼院流水」の喇叭が吹き荒れる舞台で踊りつづける超絶のメタ探偵・九十九十九の魂の旅が圧倒的文圧で語られる。“世紀の傑作”はついに王太郎の手によって書かれてしまった!「ハァレルゥヤ」。

 舞城の小説は、いつもただひとりで、世界の果てを目指しているような感じがする。「小説」という荒野の、果ての果てのさらに果てに向かって書いているといったらいいだろうか。読者とか自分とか、そういうものはどうでもよくて、ただただ何かを突き詰めたくて書いてるように思えるのだ。本書は、特にその傾向が顕著に表れているような気がする。

 このひとはやはり、家族に何か特別な思い入れがあるように思える。とても強く痛く、切ないものを感じる。狂おしいほどに家族の愛を欲していて、いつもそれを求めて書いているというか。

 結局のところ、やっぱりこれも舞城の小説であって、全然ミステリでもなんでもなく、ましてや清涼院流水のJDCプロジェクトなんてどうでもいいといった感じ。設定として使われてはいるが、それは単なるガジェットで、実は舞城が主人公の内面をひたすらどんどん掘っていくという小説なのだ。帯にある「九十九十九の魂の旅」という言葉そのもの。読んでて感じるのは、いつもの彼特有の、どこか乾いたグロさと残酷さと、強烈な愛情と憎しみと。

 いやしかし、それにしてもなんと難解で複雑でくどい話だ!(笑)どこが現実でどこが物語?えっ、このひとはアレだよね?何、違うの??もう、脳みそぐりぐり。『暗闇の中で子供』を10倍くらい濃くした話、かな。あれよりも、もおおおおっとぐちゃぐちゃに翻弄されてしまうのだ。このくどさは、ある意味『コズミック 流』の、延々と密室殺人が続く形式とよく似ている。あえて意識してそのように書いたのかもしれない。

 あと、今まで書いた彼のネタが全部入ってて微妙にリンクされてます。掲示板「天の声」やら、お腹から本が出るやら。

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『重力ピエロ』☆☆☆☆ (伊坂幸太郎 新潮社 03.4月刊)

 おお、いいじゃん!『ラッシュライフ』に比べて、抜群に筆のノリがよくなってる。冒頭からいいじゃないですか。「春が二階から落ちてきた。」ですよ。ここで読むのをやめられる読者なんておそらくいまい。文章が実に粋なんですよ。彼独特の、なんとも洒落た文章。軽くて、品があって、歯切れがよくて、センスがいい。どう言えばいいのかなあ、まさに「粋」。

 話の内容としては、ミステリ+家族愛小説という感じ。というと、ああごめんなさい、どうしても舞城を連想してしまう。舞城を読んでなければ、ワタクシ的にもっともっとこの作家の評価は高かったと思う。

 レイプによって生まれたため実の父親が誰かわからない弟と、その兄と、ガンで余命いくばくもない父の物語。それに連続放火事件がミックスされて、物語は進んでいく。この混ざり加減が実に絶妙で、著者はやはり構成のうまい作家なのだなあと思う。ただ、今回はその構成で読ませるのではなく、家族愛のほうで読ませる。ミステリというより、「小説」といったほうが正しいかもしれない。(このあたりも舞城的。)

 この3人のキャラが実によい。皆イキイキと動き回っていて、魅力的。やることむちゃくちゃなのに、誰からもすぐ好かれてしまう格好いい弟、まっとうな兄、死期が迫っているのに淡々とした父。ちなみに『ラッシュライフ』に出てた人物がこれにもちょいと登場するのだけど、彼も抜群。このあたりの著者のお茶目っぷりもいい感じ。ストーカーの女の子や、ヤクザなどの他のキャラも、とにかく今回は登場人物全員◎!

 肉親の「血」の物語でもある、というよりそれが主題か。兄と弟、父と子、そして…と、このテーマの書き方はもう本当によかった。感動。他に言い方が見つからない。

 ラストのほうがちょっとくどいように感じたので、もう少し歯切れよくポンポンと話をすすめてくれたほうが好みかな。締め方は素晴らしい。

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『ラッシュライフ』☆☆☆1/2 (伊坂幸太郎 新潮社 02.7月刊)

 う〜ん、面白かったあ!!こういうミステリを読んだのは初めてかも!全く予備知識なしで読んだほうが楽しめるミステリかもしれない。未読の方はご注意。以下は既読の方のみお読みください。

 

 たくさんの登場人物の、それぞれの事情というか事件が個々に併走しながら綴られていく。これは恩田陸の『ドミノ』みたいに終わりに向かって人々が一箇所に集結していくのか?と予想してたら全然違った。折り紙のツルがあるでしょ?あの完成形からひとつずつ折りを戻していって、最後には一枚の紙になる、みたいな展開。もしくはこの表紙のエッシャーの騙し絵のごとく、どこまで歩いてもふりだしに戻る、といった感じか。いやあ不思議不思議!!驚きました!

 犯人当てにハズレて「騙された〜!」と感じるミステリはよくあるけど、これは全く違った騙され方。この小説じたいが大きな騙し絵なのだ。謎解きミステリではないミステリ。著者の恐るべき力量を感じた。底知れぬ力を秘めた作家かもしれない。

 ただし、惜しむらくは、この仕掛けがわかるまでがちょっとつらかった。個々のパーツが、読んでいてイマイチ乗れなかった。強欲画商とか、キャラが形骸化してて、いかにもというか。単に私がこのキャラを楽しめなかっただけかもしれないが。ただひとり、黒澤という泥棒のひとだけは抜群によかった。このひとが一番イキイキ動いていたように思う。

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