『ハサミ男』☆☆☆ 殊能将行 講談社ノベルス(99.8月刊)

うううむむむ。困った。こ、これは乱読の書きようがない。ミステリは紹介の仕方が本当に難しい。なんせ、どうやってもネタバレになってしまうのだから。

猟奇的な連続美少女殺人事件がおきる。彼女らは、みな喉にハサミを突き立てられた格好で発見されているため、その犯人は通称「ハサミ男」と呼ばれている。このミステリの主人公は、この犯人自身、「ハサミ男」である。

彼が3人目のターゲットに選んだ女子高生をねらっていたところ、なんと彼女は自分の犯行を真似た誰かに殺されてしまったのだ。彼は、その真犯人を探すはめになる・・・。

シリアル・キラーの内面の、狂気の世界に背中がぞくぞくする。トリックもお見事。すっかりだまされてしまった。実に気持ちのいいだまされ方。グウの音も出ない。

構成はしっかりしているし、ミステリとしては文句なしの出来のよさ。そこそこ面白かったのだが、ワタクシ的趣味でいうとあまり肌に合わなかったかな。なぜなら、主人公のシリアル・キラーに感情移入できなかったから(笑)。できたら私も異常者だって。私には狂気は理解できん。読んでても不愉快。ああ、でもここが逆に愉快なところでもあるんだけど。って意味わかります?私は、おそらく右脳で本を読む人間なのだろう(笑)。つまり、これは左脳を刺激する、論理的展開ミステリ(パズラーっていうの?)なのだ、と思う。すみません、真のミステリ読みじゃないので、うまいこと書けなくて。

こういった、パズル的趣向のミステリがお好きな方にはオススメ。ミステリの醍醐味を堪能できることと思う。さて、ハサミ男はいったいだーれだ?

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『蜂工場』☆☆☆ イアン・バンクス 集英社文庫(88.3月刊)

 u-kiさん溝口さんのレビューを読んで、一度読まねばと思っていた1冊。こ、これは…どう表現したらいいのだろう。一言でいうなら、まさにクレイジーな1冊である。ジャンル分けは実に難しい。いったい、どこに入るだろう。SF?ミステリ?純文学?ホラー?エンターテイメント?なんだかどれもそぐわない。まさにボーダー、あらゆるジャンルの境界線にいる1冊といえるだろうか。

 何がおかしいって、この表紙のタイトルの下にさりげなく小さな文字で書かれた「結末は、誰にも話さないでください」というセリフ。こんな本が今までに存在しただろうか?これだけで、食指をそそるではないか!いったいどんな結末が待っているのだろう?

 私の感想は、「だーいどんでん返しっ!」(笑)である。やられた〜。そう来たか!それだけは想像がつかなかった。夢にも思わなかったよ。これ以上はナイショね。

 主人公フランクは、16歳の少年。スコットランドの小さな島に父親と住んでいる。兄は、精神を病んで刑務所に入っている。ある日、その兄が脱走した。彼はフランクに、「いまから帰る」と電話をかけてくる。期待と不安でフランクの心は騒ぐ…。

 フランクの日常生活、過去の罪、兄の過去などが綴られてゆくのだが、なんとも奇怪でグロテスク。こいつこそ、どっか狂ってるよ!といった残虐な行動を読んでゆくうち、どうにも気持ち悪くて背中がぞわぞわしてくる。猟奇的な死の影が全篇に満ちている。

 と考えるなら、やっぱりホラーテイストなのかなあ。とにかく、気持ち悪さにかけては傑作(ほめてるのか?^^)。といっても、血がドバッと出たり、内臓がどうのみたいなのとは違うのだ。なにかこう、生理的に不快といったらいいか。こういうタッチが好きな方にはたまらないだろう。私にはちょっとアレだけど。

 う〜ん、これ以上はネタバレするので書けないな。とにかく、こういったクレイジー本(笑)がお好きな方はどうぞ。

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『群青の夜の羽毛布』☆☆☆1/2 山本文緒 幻冬舎文庫(99.4月刊)

 なんとも恐ろしい小説である。いや、べつにホラーではない。母と姉と妹という女だらけの家族の中の葛藤というか愛憎劇なのだが、これがドロドロ!夜10時からやってるドラマみたい。ちょっとミステリ的趣向も入ってるので、謎が気になってぐいぐい一気に読めてしまった。

 全く山本文緒って、どうしてこんなに女の裏の感情を描くことに長けているのだろう。これを読んだら、男性はまずオンナという生き物にぞっとするであろう。「ああもう、そこまで赤裸々に書かなくても!」みたいなとこまで、上野公園の蓮池のヘドロの中に手をつっこむようにして著者は女性の裏側を白日の元にさらしてゆく。中途半端でなく、ここまで徹底的に書いてくれると、かえって小気味よい。

 女同士の葛藤って実にコワイ。しかも、血の繋がった家族だから更にコワイ。これがただの他人ならすっぱり絶ち切ってしまうこともできるのだが、肉親という血の繋がりは、生きている限りどうやっても絶ち切ることができない。愛していながら憎んでいる。憎んでいながら愛している。この相反する2つの感情で編まれた縄によって、がんじがらめに互いを縛り、縛られあって身動きできない3人の母娘。この3人に長女の恋人がからんできて、つまり肉親の「愛」に恋愛の「愛」がからみ、事態は更に複雑になるのだ。

 この解説は、彼女の作品を「それでいて嫌な生々しさがなく、読後感は不思議なほどあたたかい。」と評しているが、私はとんでもない!と思う。彼女の小説はどれも非常に生々しく、読後感はちっとも暖かくなどなく、どんよりとした不愉快というか嫌な感じが残る。でも、読んでしまうのだな、山本文緒。なぜだろう?それは、彼女の描く「愛」の裏側に存在する毒を一度味わったらもうやみつきになってしまうからだ。毒は危険だ。体に悪い。心に悪い。だからこそ、たとえようもなく甘美なのだ。まさに中毒。この毒にしびれたくて、もっともっとあおってみたくて、私は彼女の作品を手にとってしまうのだ。

 さあ、あなたも彼女の毒を一服いかが?

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『MISSING』☆☆☆1/2 本多孝好 双葉社(99.6月刊)

 書評などで評判がよかったので、ちょっとさわりだけでも、と思って読み始めたら止まらなくなってしまい、するするっと読んでしまった。短篇「眠りの海」が94年に小説推理新人賞を受賞。これに、以後発表した4本の短篇を加えた本書がデビュー作である。著者は71年生まれ。若いなあ。でもなかなか力量のある方である。ひょっとしてひょっとすると、将来大化けするかも。

 とてもみずみずしくて、いい感性のミステリ。加納朋子あたりの路線の、男性版といった雰囲気。謎解きよりも、人間の心の傷に重点をおいたストーリーである。恋愛小説も一篇入っているのだが、どれもしっとりと味わい深い。しんと静かな気持ちになる。

 「眠りの海」は、海に飛び込んで自殺を図ったが失敗した三十男が主人公。波打ち際で気がつくと、そばに見知らぬ少年がいた。どうやらその子が助けてくれたらしい。自殺の理由をを尋ねる少年に、主人公は「人を死なせてしまったんだ」と答える。そして彼は、恋人の話を始める…。

 主人公と恋人の、愛情を求めながらもまわりを拒絶してしまっている、他人との間に透明なガラスが一枚あって隔てれらている、といった微妙で複雑な感情が切なくて、しんみりさせられる。思わずため息が出る。人間の心の表面でなく、奥にそっと隠してある感情を掘り下げるように、著者は書いてゆくのだ。

 「祈灯」も秀逸。幼少時にいっしょに歩いていた妹を交通事故で失って以来、自分が妹だと思いこんでいる女の子。が、それにはもっとずっと暗く深い理由があったのだ。彼女の心にずっと隠されていた痛みを思うと、本当にやりきれない。

 「彼の棲む場所」は最もブラックな話。テレビでもカリスマ的人気を持つ、温和な大学教授の心の奥に隠された、真っ黒な感情―憎しみと殺意。背中がひんやりとする話である。

 これからの活躍がとても楽しみな作家である。

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『盤上の敵』☆☆☆☆ 北村薫 講談社(99.9月刊)

 《まず、最初に申し上げておこう。この本を今から読もうと思ってる方は、この乱読をお読みにならない方が賢明である。極力ネタバレはしないよう、気をつけて書くつもりではある。が、まっさらな、先入観なしで読まれたほうがいいです!もったいないから!》

 最初、装丁と目次から、てっきりチェスにまつわるミステリだと思っていた。が、全然違った。というと語弊があるかな。一部、チェスがからんでいるといえばいえるのだが。ある事件を、チェスのゲームに例えて追い詰めて行くといった話なので。

 息もつかせぬ展開に、あっという間の一気読み。仰天。今までの北村薫像を覆された。すごい野心作!とにかく、作風が今までと全く違うのだ。 「これ、ホントに北村さん?」と、表紙を見直したくなったほど。

 主人公やヒロインの感情の繊細さは、いつもの彼らしい、文学的ともいえる描写である。が、その善良さに対峙する絶対的悪、といったものを描いたのはおそらく彼の作品の中で初めてではないだろうか。彼は、今までは性善説を唱えていたように思う。が、ここにきて、ついに彼は、その全く裏側を書いたのだ。情け容赦ない、理由も説明もできない、底のないブラックホールのような、絶対的な悪。なんの罪もないというのに、その悪によって壊れてゆく、無垢な魂。

 ああ、もうこれ以上は書けない!とにかく、ストーリーにまつわることは一切書けません、書きません。とにかく読んで!としか言えません。特に今までの北村薫ファンは必読。彼の初めての毒を味わってみて欲しい。それをどう感じるかは、あなた次第。

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『月の砂漠をさばさばと』☆☆☆☆ 北村薫 新潮社(99.8月刊)

 ミステリ作家北村薫と、あったかいコミックやイラストを描くおーなり由子がコンビを組んだ、実に素敵な1冊。このふたりの組み合わせは絶妙!ぴったり!ほのぼのした雰囲気がとてもいい感じ。装丁もグー。

 作家のお母さんと、小学生の娘のさきちゃんのふたりのささやかな生活が、流れる季節をからめて連作短篇として綴られている。とにかく北村さんのユーモア溢れる言葉のセンスの良さ(これは題名からもわかりますね)、なにげない日常から、ちょっとしたキラキラしたものを発見する感覚が実にいい!さすが、あの「私」シリーズを書いた方だけのことはある。モノを見る目は、あの日常派ミステリの感覚とどこか同じものがあると思う。

 ああ、それにしてもホント、このセンスの良さと頭の良さには脱帽。子供に「おはなしして」といわれて、こんなにしゃれた素敵なお話を作れるお母さんだったら、どんなにいいだろう!思わず羨望のため息が出てしまう。

 さきちゃんのかわいらしさ、お母さんの茶目っ気に、こちらの心までほわっとぬくもる、そんな1冊。プレゼントにもおすすめ。

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『落花流水』☆☆☆ 山本文緒 集英社(未刊、今秋発売予定)

 期待の山本文緒最新刊。集英社さんからゲラを頂いて、ひと足お先に読ませていただいた。これは、数奇な運命をたどったひとりの女性の一生である。面白いのは、7歳(1967年)、17歳、27歳と10年ごとの章に分かれて物語が綴られていることである。しかも、章ごとに語り手が違う。本人のみならず、その娘、幼なじみの男の子など、それぞれの立場が語るのだが、それが見事にくっきりと主人公の女性を浮かび上がらせている。

 私ごときががえらそうに言うのもなんだが、山本文緒は、本当に物語を書くのがうまくなったと思う。読みやすいし、登場人物のキャラはくっきり鮮やかだし、ということはつまり人間の心の描き方がうまいということだし、技術的には申し分ないといったところだろう。本当に上質の、こくのある老舗のチョコレートケーキといった感じか。(すみません、妙な例えで)

 この作品の内容については、この題名が全てを言い表している。『落花流水』。そう、主人公自身が水に落ちた花である。そして、彼女の人生は川の水に流されるがごとく、どこまでも運命のなすがままに流されてゆくのである。

 とにかくその彼女の遭遇する運命が波乱万丈で、ここまでいくとちょっとやりすぎかな、という気もしないでもない。あまりに現実離れしてしまうと、既存の読者の共感を呼びにくくなるのではなかろうか。今までの著者の作風は、どこにでもいそうな人間が主人公で、それがいつ遭遇してもおかしくないような、まさに自分のすぐ隣に存在していそうな物語、であったから。それに比べるといささか突飛な設定か。もちろん、これはこれで非常に面白く、ぐいぐい読ませるが。ただ、今までの彼女の小説のように「近く」はない。わりと、「ひとごと」として読める話。

 ラストもちょっと心残り。私も、主人公の本心を聞いてみたかった。これは、読者それぞれの想像に任せるということなのだろうか。ごく個人的感想を言えば、私は『恋愛中毒』のようなシンプルで強くストレートな話のほうが好みかな。『落花〜』の主人公は、ちょっと流され過ぎでは、という感がなきにしもあらず。

 肉親の血、親子の確執、男と女、夫と妻、などなどの深いテーマが盛り沢山の、思わずうーむとうなって腕組みしてしまうような小説。あなたは、彼女の生き方をどう思うだろうか?

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『ななつのこ』☆☆☆☆1/2 加納朋子 創元推理文庫(99.8月刊)

 第3回鮎川哲也賞受賞作。著者の作品では初の文庫化。めでたい!もっともっと広く読まれてほしい作家のひとりである。いわゆる「日常の謎」派ミステリを書かせたらピカイチの方。女性らしいやさしさと繊細さにあふれているが、その底に光る現実への冷静な目がぴしりと物語をひきしめていて、甘ったるさがない。

 これは7つの連作短篇集なのだが、形式的にもテイスト的にも北村薫の「私」シリーズを連想させる。なにげない日常から、普通の人なら見過ごしてしまうような小さな謎を掘り出し、それを話を聞くだけで名探偵役が解くというしくみ。主人公も女子短大生だし。が、この作品は話の作りがなかなか凝っている。主人公が感銘を受けた「ななつのこ」という本の著者にファンレターを送るのだが、その手紙にちょろっと近況(小さな謎)を書くと、その謎の解答が送られてくるというしくみなのだ。かくして、顔を知らないもの同士の謎と解答の文通が続く。

 ちょっとややこしいのだが、この劇中劇ならぬ物語中物語の「ななつのこ」という本の内容と、主人公の現実の謎とその解答という3つの要素の混ぜ方が絶妙。この破綻のないまとめ方、そしてそれぞれの章のラストのあっといわせる結末、さらに…これはネタバレなので黙っておきましょう。

 そして何よりこのミステリが味わい深いのは、著者が描いているのが、どんな謎にしろ「人の心のひだ」をテーマにしているからである。朝、道にスイカジュースがこぼれていた。ただそれだけの発端から、著者はこんなにも人間くさく、やりきれない人の心の複雑さを暴いてしまう。きれいごとでない、非情なまでの現実。が、それを温かなまなざしで受けとめ、大きく包み込むように描いている。「一枚の写真」などは、涙なしには読めない傑作。「白いタンポポ」は子供の心の繊細さが見事に書かれていて、この著者がただのミステリものではないことをうかがわせる。そう、加納朋子は人間の気持ちというものを核にすえて物語を書いている。だからこそ、それはただのミステリにとどまらず、読者の心を強く打つのだ。

 加納朋子入門には最適。彼女の作品を未読の方はぜひ!これを読んで面白かった方は、次に『ガラスの麒麟』を読むことをおすすめします。これも傑作!

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