AD物語II 第8話 「ロンゲスト・バースデー」
〜加藤いづみのオールナイトニッポンの想い出〜
BGM 「22才の別れ / 風」 C.I.〜
わたくしは、フリーのラジオディレクターでございます。
なぜ、フリーなのかと申しますと、
どこの会社にも入れなかったためであります。
・・・というか、正確に申し上げれば、
大学卒業の際に、どーしても、ADをやめるわけにはいかなかったからであります。
「女で人生が変わった」・・・よく聞くせりふですね。
今、これを読んでるあなた。
そんな経験、ありますか?
わたくしは、あります。
それが、大学4年の時なのであります。
つきあってた彼女にひどい目にあわされたのか・・・って?
まぁまぁ、聞きねぇ。
・
セピアンローゼスのオールナイトニッポン(以下、ANN)が終了して、
92年春から金曜2部で始まったのは「加藤いづみのANN」でした。
この番組の中では「アンティーク・メロディ」というコーナーが作られ、
毎回毎回、加藤いづみさんが、昔のフォークソングを歌っていました。
その歌声に私は惚れてしまったのです☆
彼女の声は、プロデューサーの高橋研さんをして、
「幸うすい歌にぴったり。」
といわしめるほど、フォークやアコースティックといったものに、
ばっちりはまるものでした。
また、彼女自身、すごく気のいいお姉さん、という感じで、
もー、わたくし、金曜2部のANNが楽しくて楽しくてしょうがありませんでした。
今でこそ「コバジュン」と呼ばれていますが、
つい最近まで、わたくしは「コバちゃん」と呼ばれる方が多かったのでございます。
その「コバちゃん」という呼び名をつけて下さったのが加藤いづみさんでありました。
ちなみに、わたくしが、どのくらい加藤いづみにのめり込んでいたかってぇと、
ファンクラブに入っちゃうくらい。
で、ございました。
・
そんな中、「加藤いづみのANN」スタッフ全員で、
「親睦会」と称して「焼き肉」を食べに行ったのでありました。
業界の人は、ほんとーに「焼き肉」が好きなのね。
で、その焼き肉屋さんのある町内では、
その日、夏祭りが、催されていたのでございます。
その店の名物「プルコギ」をじゅうじゅう焼いているとき、
加藤いづみさんが、ぽつりとつぶやかれたのです。
「お祭り、見に行きたいな・・・。」
・・・と。
ああ、これが、わたくしの人生の歯車がずれた瞬間で、ございまーす。
わたくしは、加藤いづみのANN・初代ディレクター「仁さん」より、
「加藤いづみに付き添って、祭り見物に行って来い。」
というお達しとともに、数千円を手渡されたのでした。
・
下町の夜祭りは、終盤にさしかかっており、
人出がある割には、どこか寂しい雰囲気。
提灯の明かりの下、わたくしたちは、夜店に顔をつっこんでいました。
もう、気分はすっかり哀愁でぇとであります。
仁さんから、軍資金をいただいちゃってます。
使わない手はございません。
ていうか、番組予算なんだけど。
わたあめを買い、あんず飴をなめ、金魚すくいに一喜一憂。
「ヨーヨーほしい・・・。」
ささやく、加藤いづみ。
子供用のプールに浮かんだ水ヨーヨーを一生懸命に釣る彼女と、
それを横でやさしく見守る彼氏。
夜店のオヤジの目にはそう映ったに違いありません。
え? そんなことない?
妄想?
いやいや、夜店のオヤジは、わたくしが手にしていたカメラを、
そっと取り上げると、こう言ったのでございます。
「お兄さん。彼女と写真とってあげよう。」
「へ?」
「いいから。いいから。」
「いや、あの、彼女じゃ・・・。」
「いいんだって。おじさんみんなわかってるから。」
「あのぉ・・・。」
「若ぇもんは、いいなぁ。がっはっはっは。」
「おじさん・・・。」
「バカ。泣くんじゃねぇ。泣けばカラスがまた鳴かぁ。」
一部、大幅脚色。
わたくし達は、夜店の前で、おじさんが構えるカメラに向かって、
二人仲良く、ピースしたのでございます。
四畳半フォークでございます。
60年安保でございます。
高度経済成長でございます。
大阪万博でございます。
東京オリンピックでございます。
オイルショックでございます。
ああ「青春」でございます。
わたくしは、思っておりました。
この女は、俺がまもる。
・・・と。
・
加藤いづみのANNは、その後、92年秋より、
月曜日のANN1部に昇格。
わたくしが大学4年の秋のことでございます。
就職戦線も終盤にさしかかっておりました。
しかし、わたくしの就職先は決まっておりません。
いや、就職するわけにはいかなかったのであります。
なぜかって?
決まっているじゃ、ありませんか。
加藤いづみのANNを
途中で放り出して、
就職するわけには
いかなかったからですよ。
「女で人生が変わった」・・・よく聞くせりふですね。
今、これを読んでるあなた。
そんな経験、ありますか?
わたくしは、あります(笑)
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